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海浜鉄道、暴走族、芋畑

 朝、目が覚めると知らない土地にいた。それもそのはずで昨日から茨城に入り水戸・勝田でやんややんやと酒を飲み腐り、意識を霞ヶ浦の叩き捨ててしまったのだ。鈍痛と鋭痛が入り混じった二日酔いの頭を支えながら起き上がると、白く清潔に保たれた壁が目に入った。そう言えば、昨日ホテルに戻ってからも酒を飲んでいた。それでこのひどい頭痛、さもありなんという言葉が頭をよぎる。
 時計を見やると六時半。早起きすることが習慣付いた悪癖が旅行の最中でも出るのはあまり好きではない。ここからもう一眠りできれば良いのだが、生憎一度目が冷めてしまうと二度寝ができない体質を恨む。しかし、起きてこのままダラつくのも性に合わぬ。したら、どうするか。そう言えば昨日、勝田駅で「ひたちなか海浜鉄道」なるものがあったったことを思い出す。あてはないが、行ってみるかと思い立ち霞ヶ浦天然水で身体を清め、勝田の駅に向かう。
 ひたちなか海浜鉄道の駅hあ少し特殊で、勝田駅ホーム内に始発駅がある。なので、勝田駅に入場→二番ホームを経由し「ひたちなか海浜鉄道 勝田駅」に入場→入場口で行き先を駅員さんに伝え料金を支払う→目的地へゴー。乗車するにはこのような手順を踏む必要があり、普段の乗車とは違う手順が少しだけワクワクさせた。電車はタイミングが良かったのかすぐにやってきた。一両だけの小さな電車。とてもコンパクトに収まったその様相は、すぐ隣を走っている常磐線にはない愛らしさがあった。早速乗り込み席に座ると重大なことに気がついた。ホテルにスマートフォンとカメラを忘れてきた。キュゥーン。
 過去の人間はカメラなどの記録媒体を持たず旅行に出ていたという。さらに言えば、行った場所で感傷を覚えたらその気持を短文に認める人間もいたという。そんなんやってたのは、松尾芭蕉ってんだけどね。行った場所でエモい気持ちになったら短い文章を拵える。インスタグラムだろうか。いや、そんなでもないと思うしなぁと考えながら、窓の外へと視線を向ける。暖冬の影響で未だ黄金色にならない紅葉や収穫を行っている畑、電車の速度に合わせて爆走している暴走族。秋に入りつつもどこか夏の装いを脱ぐことができない風景は、どこかエモたらしさを含んでいた。
 目的地である那珂湊駅に降り立つ。この駅は1913年に開業している木造の駅らしい。なるほどこれぞ趣など、しょうむないことを考えながら眺めているのだが、カメラが無いことにムズムズする。大概、写真を見ながら思い出しつつ文章を書くのだが、今回は写真無しで思い出しながら書いている。那珂湊駅の良さを十二分に伝えたいのだが上手くいかない。しかし、これだけはとおぼえていることは、鼻腔をくすぐる潮の香りとほのかに漂う木材の香り、百年前と同じ佇まいは、ここでしか体験できないものであった。体験王国茨城、広告屋がこの言葉を選んだ理由は那珂湊駅にあるのだろう。

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