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初夏、賛美歌を歌え

 最近気分が全く晴れることがなく、もさっとした霧やぐにゃっとした液体が頭の中で淀んでいる。それもこれも気分転換するタイミングが全くに無いせいと言える。
 最後に外出したのはいつであろうかを思い出す。ここでいう外出というのは、漫然とした気持ちで外へ出かければ、いきなり思い出したかの如く本屋や模型屋などに向かい、心此処にあらずといった顔をしながら棚を眺めては、欲しいかどうかもわからない商品を手に取り、おぼつかない足取りで店のレジスターまで運搬する、ということを指す。つまり、用事が一切ない行き当たりばったりの彷徨きのことを言うのだ。そういった外出をしたのはいつであろうか。重要なことやそうでないものが全くに詰まっていない空の脳を左右に揺さぶって思い出してみる。もしあるのであれば、スコーンと気持ちの良い快音が鳴り響くはずだ。
 意を決して頭を左右に揺さぶってみる。うぉんうぉんウォン₩㌆。平仲明信から強烈な右フックを貰ったかの如く、強烈に振り回してみた。揺れる。揺れる。揺れる。景色が揺れる。世界が揺れる。脳が揺れる。脳のバウンドで頭蓋骨が弾け飛びそうなくらい踊りだす。うは、うははは、結構愉快な気持ち。
 して、その結果はどうであったか。快音どころか怪音すらなにも音がしなかった。それどころか、耳の穴からちょろりちょろりと砂が溢れ落ちてきたのだ。音がしないどころか、耳から砂が溢れ落ちる。なぜ砂が耳から砂がを考える前に大事なことがある。この砂は一体全体なんだということだ。圧倒的に足りない知恵と叡智をかき集めて考えてみたところ、この砂は僕の脳の中に唯一存在していた知識や記憶、自我に直結する大事な感情なのかも知れないという答えにたどり着いた。つまり、僕の脳は正真正銘中身が空っぽの空虚な形骸化された臓器になり、ただただそこにあるだけの存在になってしまったということだ。しかも、これが偶発的なものでは無く、自ら頭を左右にブン振り回して引き起こした自発的な現象ということだから目も当てられない。せめて、卑猥なことを考えるだけの知識は残して置いてほしかった。
 なんの話であったか。もう思い出すことすらも難しい。なぜか淀んでいたであろう脳の中身も今やスッキリとしていて晴れやかな気持ちに移り変わっている。今なら電灯のない夜道を賛美歌・Hallelujah(ハレルヤ)を歌いながら練り歩くことすら出来そうだ。つか、実際に今やっている。電灯がない先が見えないくらい路地で練り歩いている。ハレルヤハレルヤと叫んでいると、どこか遠くで小汚さそうな野良犬が呼応したかだろうか、ねっとりとした鳴き声で吠えていた。それが妙に面白くなり、そのまま胡乱な顔で声を張り上げながら通りを歩き続けることにした。
 練り歩きの途中で気がついたのだが、予定のない外出をしているとなにかしら記録を残しているはずである。僕と言えば何かしらを購入した際に、意図無くスマートフォンで写真を取り、意図無くSNSにUPしたりする全くもって主体性のない行為に耽ることがある。であれば、スマートフォンに記録されている画像ファイルを確認することにより、いつ外出したのかを確認できる。なんという発想、なんという閃き、まさにナイス気づきということだ。自身の秀才っぷりに感激を覚え、賛美歌を歌うことを止め、天に向かってサムズアップをしてみた。なにも意味はなかったが、初めて主体性を感じるたかも知れない。
 早速スマートフォンのフォト機能を確認してみると、数え切れないほどの写真郡が一堂に介し舞い踊っていた。意味のわからん柿を食った時の写真や高齢店主がよぼよぼ過ぎて飯の提供まで40分はかかる店でカツ丼を食べた時の写真、なぜか串に刺さっているバームクーヘンを食べた時の写真、写真写真写真写真。あまりの膨大さに目眩を感じそうになっていたが、これら写真はどれもこれもがなにかしら意図が含まれて撮られた写真なのである。だからこそ、右に述べた意図が含まれていない写真とは対局の存在なのだ。そして、その意図のある写真の数が多いこと。一体意図のない写真は何処へ、と画面が焦げるほどに高速でスクロールし続けていると、一枚だけ輝いている写真を見つける事ができた。迅速に記録日時を確認してみると、4月とある。つまり、今から2ヶ月以上前のことになるということだ。
 これらのことから考えてみると、僕は2ヶ月以上も外出をしていないという結論が導き出される。2ヶ月も外出をせず、友人とも会ってもいない。そりゃ頭の中に霞もかかりますわな! と結論付けたところで、スマートフォンがスクロールの負荷に耐えることが出来なかったのだろうか、一つの煙を上げた後そのまま膨張し爆発。顔をスマートフォンの画面に近づけていた僕はそのまま強烈な炸裂に飲み込まれそのまま昇天。しかし、賛美歌・Hallelujah(ハレルヤ)を歌っていたおかげであろうか。そのまま天国へ直行することができ、脳の形骸化や外出、胡乱な顔で彷徨きなどは結構どうでもいいような気持ちになり、今は雲の上で30分100円で使用できるPCでこれを書いている。おお、Hallelujah(ハレルヤ)Hallelujah(ハレルヤ)。


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