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嘘のチャリ漕ぎ候

 あいも変わらず、エアロバイクという嘘チャリを漕いで運動量を稼いでいるのだが、一向に痩せる気配がない。それなりの運動をしているはずなのに丸の体系を維持している。どうしようもない矛盾がこの腹の中で渦巻いている。
 原因を考えてみると、二秒で思いついた。酒だ。酒というよりは食生活全体が問題があるように思える。其れも其のはずで、痩せるために始めたというよりは健康を維持するために始めたが故に、食生活の見直しなど行うわけでもなかったのだ。ただただ漫然と「運動をしていればいいのだろう」と嘘のチャリを漕ぎに漕ぎ続け、飲みたい酒を飲み、食べたいトンカツばかりを食べ続けていた。そうなるとどうなるか。丸っとした体型には似つかわしくない体力に溢れた酒飲みが降臨。全くもって理解し難いが、原因を探ると納得せざるを得ない。
 しかしながら、脂肪と体力以外に得たものは多少はある。其れは運動が好きな人間の気持についてだ。
 はっきりって、運動は激しく辛いことばかりしかない。こんなことをするぐらいであれば、酒を飲みながら机に向かってブツクサと空論ばかりを申し立てていたい。そんな安直な快楽ばかりに浸っていたいが、今日もチャリを漕ぐ。辛く激しく嘘のチャリを漕ぐ。なぜか。死ぬまで酒を飲み続けたいからである。そうではない。運動の続けると時折到来してくるトリップ状態を味わいたいが為にチャリを漕ぎ続けるのだ。
 辛く激しい運動をしていると、ものを考えることができなくなる。もっと具体的に言うならば、嘘のチャリを漕いでいる際、何を考えていると言えば、漕ぐべし漕ぐべしとチャリを漕ぐこと以外考えることができなくなる。この苦役があと何分で終わるのだとか、今どのくらいの距離を進んでいるのかとか、達成感を得るための情報を処理するための回路は既に焼ききれていて、「漕ぐ」それだけの行為に没頭するために脳が働いているのだ。これが続いていると、いつしか頭の中がぼんやりとしてきてチカチカと目の奥で小さな光が炸裂していく。この状態が続けば続くほど、いつしか辛く苦しいといった苦役が脳の中から消え去っていき、ぼんやりとした釈然としない感覚だけが残る。釈然としない感覚は気持ちががよく、なんと表すればいいのだろうか。まるでぬるま湯に半身を浸かる温度が身体をじんわりと上がってくる気持ちよさがある。これこそが運動により到れるトリップであり、運動が好きという人はこの状態を常に味わいたいからこそ身体を苦役にさらすのだと思う。
 本日も嘘のチャリを漕ぐのだが、右のトリップ状態に突入した瞬間、チャリから飛び降りそのまま駆けつけ三杯の如く杯を乾かしてみたいという気持ちが日に日に強くなっている。苦役により齎された快楽と酒により齎される快楽、この二つが和合すると途轍もない快楽を産むと思う。ぜひやってみようと意気込んでチャリを漕ぎ始めたところで、これこそが痩せない最もたる理由であると気がついた。ぐふふふふ。


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