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ショートショート5 『行くなっ。』

朝の8時半、ピピッと、目覚ましが鳴り僕はいつものように起き上がった。
遮光カーテンから漏れている何本もの光の光線で、今日の天気がきっと素晴らしいものになると、何か確信めいたものを感じた。
実際、外を見てみるとそこには、どこまでも続く綺麗な青空が僕を出迎えてくれた。
よしっ、と肩に力が入る。それと同時に、鼻をいっぱいに膨らませ、たくさんの空気を吸う。

*  

そんな僕の気持ちとは裏腹に、リビングでテレビを見ていた父と母は、僕が現れるなり眉を八の字にして、悲しそうな目で同時に視線を送ってきた。二人はすでに、何かを感じてとっていたのかもしれない。

「おはよう、よく眠れたか」
父が、八の字眉毛をサッと平行に戻し、平然とした口調で言ってきた。

「うん。バッチリだと思うよ。今は結構落ち着いてる」

「そっかそっか、それは良かった」

「朝ごはんはどうする?ご飯炊いてあるけど?」
母はまだ、困り顔を表に出しながら、何かを伝えたそうに僕に尋ねてきた。

「あー、でも今は大丈夫かな。食欲もあんまり無いし」

「でも、少しぐらい何か食べておいたほうがいいんじゃ無い?
ちょっとでもエネルギーつけておかなくちゃ」

「大丈夫だって。お腹空いたらその時何か食べるよ」

さっさと歯を磨きたいし、シャワーも浴びたい、友達に返信もできてないから早く返したいのに、両親たちはなかなか僕を放っておいてはくれない。
心配してくれているのだろう、そう感じる面もあるのだが、心配されるほどの年齢でも無いのだと心の中で石ころを蹴飛ばし、ほっといておいてくれ、そう思う。

「なぁ、今日本当に行くのか?もしかしたら天気が急に悪くなるかもしれないぞ。
雷とかもしかしたら大粒の雹とかだって」

ありえない、そんなこと。反論したい気持ちはあったが、言葉には出さず、父に視線だけ送る。

「そうよ、やっぱり今日は行かなくてもいいんじゃ無い。
道に迷ったらどうするの、帰ってこれるの?」

それもまた一興だろ。
そう思ったが言葉には出さず、ウンウンと、母に頷く。

「そうだぞ、何かしらの事故がお前に起こるかもしれない。
やはり今日は家にいた方がいいんじゃないか」

何かしらの事故って、事故とはそういうものだろう。
予想がつかないから不運な事故だったとなるんだろう。
あー、僕、今日は事故にあうから、保険って入ってたよね、うんよろしく、多分右足が軽く折れるかな。
ないない、右足も折れて欲しくない。反論したい気持ちを抑え、ウンウンと、父に相槌をうつ。

「もし人さらいにでもあったらどうするの?
大きな剣にスタンガンを持っていたらどうするの、袋に詰め込まれて、メキシコにでも飛ばされたら、あなた何かできるの」

いや、そんな場面に遭遇したら、僕はもう諦める。何もできないだろう。
しかも、なんなんだ大きな剣とは。日本刀とはまた違う、海賊が使っていそうな、丸みを帯びたサーベルソードみたいなやつか。誰がそんなのをこの時代に持っているんだ、明らかにそんなやつ怪しいだろう。
僕は一目散に逃げる。そんな怪しそうな漫画みたいな悪者を見つけた瞬間、踵を返して全力で逃げる。

手足を縛られ、麻袋に入れられて、裏のルートで海外まで運ばれ、そしてそこで奴隷として一生働かされる前に、そうなる前に、僕は全速力で逃げてやる。

心の中で、大声で反論したい気持ちを必死に抑え、また僕はウンウンと、頷き返した。

「母さんの言う通りだぞ。今日はやめた方がいい。
スナイパーの流れ弾が運悪くお前に当たったらどうするんだ。危ないだろう」

なにがいうとおりなんだ。
どうするんだって、それはもうどうにもできないだろ。
運が悪すぎる。スナイパーの流れ弾ってなんだ。
なぜ僕の近くに射撃手が潜んでいて、誤って引き金を引いてしまうんだ。
そんなことがあったら天国で自慢でもしてやる。
僕は凄腕のスナイパーに命を奪われたんだ、僕はもともと狙われるであろう人の盾となり、そして勇敢にも戦死したのだ、とかなんとか。

「そうよ、あなたはまだ若いのよ。輝く光る将来があるのよ、ここで終わるなんて、母さん耐えられない。お願い、今日はおうちにいて、ね」

母よ、僕のことをそんな風に思っていてくれてありがとう。期待通りの息子として、輝かしい未来を見せれるかどうか、僕には少し自信がないが。

「そうだぞ、生きてくれればそれでいいんだ。お前がいてくれればそれで父さんたちは幸せなんだ。頼む、もう一度考え直してくれないか、な」

父よ、あなたなんて息子思いの人なのだろう。
ありがとう、
そんな言葉を聞けただけで、僕は本当に幸せです。僕はあなたたち二人の元に生まれてこれて本当に幸せ者なんだ。

「そうよ、勉強もしなくていいわ。ずっと家にいてくれも構わない。あなたの準備が整うまで、あなたがまた一歩を踏み出せるようになるその時まで、私たちはずっと待つから。だから、それでいいから、あなたには生きていて欲しい」

ありがとう、母さん。
僕のことをそんな風に思っていてくれて。
この言葉があれば、僕はいつでも前へと進んでいける気がします。いつかどこかで挫けたとしても、挫折して心が立ち直れなくなってしまっても。
僕には家族がいる。そう思うと、きっとどんなことも乗り越えれる気がするよ。

「そうだ、お前が笑ってくれていれば、それでいいんだ。笑顔を見せられなくなってしまったら、笑顔を見せてくれる日が来るまで、ゆっくりと気楽に待っていればいい。いつかお前がまた、笑ってくれたら、それでいい。それが一番なんだ。」

「そうよ、疲れたら休んだっていいの。そんなに頑張らなくてもいいのよ、いつでもやり直せるの。無理しなくていいから、自分の心の声を聞いてみて。
もしもうだめだ、そう感じるなら、一回休んでいいの。周りの目とかではないの、あなた自身の声を聞いて、向き合って欲しい。あなたのことを一番理解しているのは、あなたなんだからね。」

母さん、父さん、ありがとう。なんと返せばいいのかわからない。
こんなにまで、僕を想ってくれて、そしてたくさん勇気が湧くような、人生の教訓の一ページに書き留める程のありがたい言葉をくれて、僕は幸せ者だなぁ、本当に。
ありがとう。
僕はきっと大丈夫だ。疲れたら母さんが言う通り、自分の声に耳を澄ましてみるよ。休憩が必要だったら、その時は存分に休ませてもらうよ。
他人の声なんて気にしないよ、一番大事な自分の声を聞いて、うんうん、そうだよなって、自分に語りかけて笑いあって、ゆっくりまた一歩目を踏むよ。
僕をここまで育ててくれて、本当に、ありがとう、父さん、母さん。

「父さん、母さん、ありがとう。そんなに僕を想ってくれているなんて。知らなかったよ」

「でもさ、僕はこれからバンジージャンプにいくだけだよ。近所の遊園地で。」

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