ショートショート9 『街の中華屋さん』
親父ぃー、仕込みの野菜、こんなもんでいいかな。
あれっ、これじゃ少ない、キャベツともやしまだ必要かな。
もう11時だよ、オープンの時間。
間に合わないって、あーもう、毎朝これやってんのかよ、すげぇな。
*
馬鹿野郎、お前、泣き言いってる暇あったら、さっさと野菜切っちまえ。
違う!キャベツの切り方はこうだろ!って何回言わせりゃいいんだ。
そんなんやってたら、店潰しちまうぞ
*
いらっしゃいませー、いらっしゃい〜。
「奥さん、チャーハンと野菜炒め」
はいっ、チャーハンと野菜炒めね。
「奥さん、こっちはラーメンと餃子」
はい、ラーメンと餃子ね。
「すいませーん、レバニラひとつぅ。」
はいっ、レバニラひとつねぇ。
「奥さん、こっちは… 奥さん、僕はこれと… すいません、ランチセットと…」
はーい、えーと…
お母さん。すごいな、これ全部一人でやってただなんて…
*
もっと、肩の力を抜いて。
お客さん、一人一人の目を見るようにしてみなさい。
ひとつずつ、丁寧にね。
感謝の気持ちを忘れちゃだめ。
大丈夫、あなたならきっとできるわ。
*
はいっ、チャーハンと野菜炒めあがり!
これ、ラーメンと餃子ね。
レバニラお待ちっ。
あれ、次なんだっけ。ランチセットか、あれどうやって作るんだったけ…
やばい、注文バンバン入っている。
親父、すげぇな。これ全部一人でやってたんだろう。
厨房の中一人で走り回って、何十何百ってお客に料理出してさ。大変だったんだな。
*
バカヤロウ、んなこと考える前に手動かせ!
ボサッとしてんなら、ここから出ていけ、邪魔なだけだ!
早けりゃいいってもんじゃねえんだ。早くてうまいが一番だ、客のことだけを考えろ!
*
いらっしゃいませー。
「ディナーセット二つね。あと生二つで。」
はい、ディナーセットに生二つ。
「昨日予約してたんだけど、座敷で、15人ね。とりあえず、全員分の生ね。」
はいっ、すぐにお飲み物お持ちしますね。
お母さん…やっぱりすごい。
夜は宴会にアルコールに、って大忙し。かだらがいくつあっても足りないわ。
*
そう焦らずに、お洋服にこぼしてしまったらどうするの。
ひとつひとつ丁寧にね。それだけやっていればいいの。
感謝の気持ちだけは忘れてはいけないよ。
忙しいのはお客さんあってのことだよ。いいことじゃないかい。
*
はいっ、餃子にレバニラ、チャーハン、エビチリっ。
ディナーは大皿だから量が大変だな、なぁ親父。
それに加えてつまみの小皿も増えて、気ぃ抜いたら何作ってるかわかんなくなる。
親父、これ全部一人でやってたのかよ。
こんな重い鍋持ち上げて。こんな暑い厨房走り回って。
やっぱすげぇな。敵わねぇわ。
なぁ、親父、また教えてくれよ。うまいチャーハンの作り方さ。
*
バカヤロウがっ!まずは足動かして、作るんだよっ。
長年やってりゃあいつかは覚えるんだ、まずは早く提供することだけ覚えろっ。
ぱぱっと作るんだ、チャーハンなんかお前パパッと作るのが一番だろうがっ。
こんなんじゃあ、いつまでたったって、お前には任せちゃおけねぇ。
なぁ、ばぁさん、そうだろ、こんなんじゃ心配でとっとと逝けやしねぇっ。
*
「お疲れさまー。今日も忙しかったわね。」
「あー、母さん、お疲れ、今日もありがとね。」
「やっぱり、お母さんお父さんたちはすごいのね。二人で全部こなしちゃうんだもの。」
「親父とお袋は昔からやっているからね、あの二人はなんにも喋らなくてもいいんだ、分かりあってるんだよ。」
「まさに阿吽の呼吸ね。ほーんとに、私たちも頑張らなくちゃね。」
「そうだなぁ。俺ももっと親父みたいに上手くて早い料理作れるように頑張るよ」
「私も。お母さんみたいに丁寧にお客さんと話せるようにならなくちゃ」
「二人で守っていこう、このお店をね。」
*
バカヤロウ、お前、そんなん言っている暇あったら、練習でもしろってんだ。なぁ、ばあさん。
まぁまぁ、ゆっくりとやってもらえれば、それでいいじゃないですか。
馬鹿野郎っ、そんな呑気なこと言ってたら、いつまでたっても逝けやしねぇ。
いつまでも、見守っててあげましょうよ。
いつまでもだぁ。あいつらはこっから先も、まだまだながいぞ。
*
店のカウンターで真剣そうに話している若い夫婦。
その後ろで若い夫婦の姿を優しそうに見つめている老夫婦。
店の隅のテーブルに、二人仲良く横に並んで座っている。
小さいシワシワの手と手を握り合わせながら、二人仲良く微笑んでいる。
私たちにもこんな時代があったねぇ。
カウンターで話していた男が何気なく後ろを振り返ると、綺麗な居待月が夜空を照らしていた。
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