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ショートショート9 『街の中華屋さん』

親父ぃー、仕込みの野菜、こんなもんでいいかな。

あれっ、これじゃ少ない、キャベツともやしまだ必要かな。

もう11時だよ、オープンの時間。

間に合わないって、あーもう、毎朝これやってんのかよ、すげぇな。




馬鹿野郎、お前、泣き言いってる暇あったら、さっさと野菜切っちまえ。

違う!キャベツの切り方はこうだろ!って何回言わせりゃいいんだ。

そんなんやってたら、店潰しちまうぞ




いらっしゃいませー、いらっしゃい〜。

「奥さん、チャーハンと野菜炒め」

はいっ、チャーハンと野菜炒めね。

「奥さん、こっちはラーメンと餃子」

はい、ラーメンと餃子ね。

「すいませーん、レバニラひとつぅ。」

はいっ、レバニラひとつねぇ。

「奥さん、こっちは…  奥さん、僕はこれと… すいません、ランチセットと…」

はーい、えーと…



お母さん。すごいな、これ全部一人でやってただなんて…





もっと、肩の力を抜いて。

お客さん、一人一人の目を見るようにしてみなさい。

ひとつずつ、丁寧にね。


感謝の気持ちを忘れちゃだめ。


大丈夫、あなたならきっとできるわ。




はいっ、チャーハンと野菜炒めあがり!


これ、ラーメンと餃子ね。


レバニラお待ちっ。

あれ、次なんだっけ。ランチセットか、あれどうやって作るんだったけ…


やばい、注文バンバン入っている。

親父、すげぇな。これ全部一人でやってたんだろう。

厨房の中一人で走り回って、何十何百ってお客に料理出してさ。大変だったんだな。





バカヤロウ、んなこと考える前に手動かせ!

ボサッとしてんなら、ここから出ていけ、邪魔なだけだ!

早けりゃいいってもんじゃねえんだ。早くてうまいが一番だ、客のことだけを考えろ!



いらっしゃいませー。

「ディナーセット二つね。あと生二つで。」

はい、ディナーセットに生二つ。

「昨日予約してたんだけど、座敷で、15人ね。とりあえず、全員分の生ね。」


はいっ、すぐにお飲み物お持ちしますね。


お母さん…やっぱりすごい。

夜は宴会にアルコールに、って大忙し。かだらがいくつあっても足りないわ。




そう焦らずに、お洋服にこぼしてしまったらどうするの。


ひとつひとつ丁寧にね。それだけやっていればいいの。


感謝の気持ちだけは忘れてはいけないよ。


忙しいのはお客さんあってのことだよ。いいことじゃないかい。





はいっ、餃子にレバニラ、チャーハン、エビチリっ。


ディナーは大皿だから量が大変だな、なぁ親父。


それに加えてつまみの小皿も増えて、気ぃ抜いたら何作ってるかわかんなくなる。


親父、これ全部一人でやってたのかよ。


こんな重い鍋持ち上げて。こんな暑い厨房走り回って。


やっぱすげぇな。敵わねぇわ。


なぁ、親父、また教えてくれよ。うまいチャーハンの作り方さ。




バカヤロウがっ!まずは足動かして、作るんだよっ。

長年やってりゃあいつかは覚えるんだ、まずは早く提供することだけ覚えろっ。

ぱぱっと作るんだ、チャーハンなんかお前パパッと作るのが一番だろうがっ。

こんなんじゃあ、いつまでたったって、お前には任せちゃおけねぇ。

なぁ、ばぁさん、そうだろ、こんなんじゃ心配でとっとと逝けやしねぇっ。



「お疲れさまー。今日も忙しかったわね。」

「あー、母さん、お疲れ、今日もありがとね。」

「やっぱり、お母さんお父さんたちはすごいのね。二人で全部こなしちゃうんだもの。」

「親父とお袋は昔からやっているからね、あの二人はなんにも喋らなくてもいいんだ、分かりあってるんだよ。」

「まさに阿吽の呼吸ね。ほーんとに、私たちも頑張らなくちゃね。」

「そうだなぁ。俺ももっと親父みたいに上手くて早い料理作れるように頑張るよ」

「私も。お母さんみたいに丁寧にお客さんと話せるようにならなくちゃ」


「二人で守っていこう、このお店をね。」




バカヤロウ、お前、そんなん言っている暇あったら、練習でもしろってんだ。なぁ、ばあさん。


まぁまぁ、ゆっくりとやってもらえれば、それでいいじゃないですか。

馬鹿野郎っ、そんな呑気なこと言ってたら、いつまでたっても逝けやしねぇ。


いつまでも、見守っててあげましょうよ。


いつまでもだぁ。あいつらはこっから先も、まだまだながいぞ。





店のカウンターで真剣そうに話している若い夫婦。


その後ろで若い夫婦の姿を優しそうに見つめている老夫婦。


店の隅のテーブルに、二人仲良く横に並んで座っている。

小さいシワシワの手と手を握り合わせながら、二人仲良く微笑んでいる。



私たちにもこんな時代があったねぇ。



カウンターで話していた男が何気なく後ろを振り返ると、綺麗な居待月が夜空を照らしていた。

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