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秋風のにおいと「僕ら」について

移りゆく季節を

刻々と刻む時計の針は

止まらないけれど

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これは、僕の大好きな曲「さよなら」の歌詞の一部です。

季節の変わり目に差し込みました。
暴力的だった日差しは、優しさを帯びて肌を撫でるようになりました。
風が運ぶ”におい”が、どことなく訪れた秋を感じさせます。

季節の移り変わりには、風情を感じます。
「四季を感じられること」は、日本人の特権なのかもしれません。

そして、この「季節とにおい」が”日本人らしさ”の根源なのだろう、と僕は思います。


近年、訪日する外国人が急増しています。
「観光大国」になりつつありますし、少子高齢化に伴う労働力の補填、という意味合いもあるのだろうと思います。

そんな中でも僕らはどうしてか、
「彼らと自分たち」を何故か見分けることができます。
特にアジア人と日本人は、顔立ちも骨格も似てるのに、です。

これは「直覚」の域です。
ヒラメとカレイの違いを一瞬で当てられるくらい、スゴイことです。
例えがビミョウかもです。(笑)

では、僕らは「直覚」を、どこで受け取っているのでしょうか?


ある著名な精神科医の方は、「日本人は過去の顔をしているから」と言われました。
外国人は”今か未来”の顔をしている、ということです。

日本人は、どちらかというと「後ろ向き」な国民性です。
これは、良くも悪くも、という意味です。
「天国にステージを進める」のではなく、「仏様の御許に帰る」といった帰郷の念は、とても日本人らしいな、と感じるわけです。

後ろ向きさはどこから現れているのか?
僕「季節とにおい」でした。


とくに最近だと、「秋風のにおい」。
このにおいを感じると、僕はどうしても「過去の記憶」にアクセスしたくなってしまいます。

脳の構造上、そうなっているからです。
五感の中でも唯一、「嗅覚」が人間の記憶の貯蔵庫である、「海馬」に情報を送ることができます。

(出展:https://studyhacker.net/columns/aroma-brain

僕は、秋風のにおいにいつも「高校生時代の文化祭」を感じます。
イニシアチブをとったり、特段思い入れをもって取り組んだわけではないのに、何故かいつも「文化祭」が思い出されるのです。

いつもは早く帰るクラスメイトが、みんな残って作業している風景。
黒板になにかを一生懸命書いたり、段ボールを切り貼りしたり。
そんな教室に差し込む夕日と、光線に映る舞い上がった埃。
鳴り響くチャイムの音。

こういうことを思い出すとき、僕はきっと「過去の顔」になっているのだろう、と思います。
「日本人らしさ」なのでしょう。

この「帰郷の念」に、儚さや美しさを感じるのが、日本人を日本人たらしめているのだろう、と思います。
中田ヤスタカさんの音楽は、僕にとって「後ろ向き」に広がっています。
彼の裾野はEDMですが、リズム重視の海外EDMとの違いは「日本人らしさ」にあると感じます。

古来より、日本人は「自然」と共に暮らしてきました。
「自然」と一口に言っても、災害も含みます。
台風が来たり、地震がきたりとか。

こういった、人間の力ではどうしようもできない”自然”と「調和」して生きてきたのが、日本人です。
たとえば、「空気を読む」というのは、”調和”を重んじる日本人ならではの価値観でしょう。


だから、僕にとって、日本人の特徴と言えば、「過去」と「調和」なのです。

「日本はもうだめだ」なんて言う人がいますが、資本主義に求められる力は、「未来志向」と「独立」ですからね。
そりゃあ無理だな、って思うわけです。

じゃあ、日本人らしい成功とは何なのか?って考えたときに、僕は「過去と和合」することだと思います。
「季節のにおい」で思い出される過去を「成功」にしてしまおう、ということです。


少し、カウンセリングの話をします。
今、日本では「ナラティブアプローチ」という手法が流行っています。


(出展はこちらの、秋田県立大学様の資料です。)

ナラティブアプローチとは、来談者の「物語」を通じて、その人らしい解決法を模索していく、というやり方なのですが、
ここでのポイントは、物語は「来談者」にしかないもの、ということです。

ナラティブアプローチでは、成功を2つに分類しています。
「外的成功」と「内的成功」です。
その中でも「内的成功」にフォーカスしたのが、この手法です。
だから、「来談者の物語」なのです。


この、「内的成功」という感覚が、僕らにフィットしていると感じます。
もっと広まればいいのにな、と考えています。

資本主義経済の中にいると、「みんなが羨むような生活!」とか「世間の目がどうとかこうとか」など、そんなことを考えてしまいます。
どれも「外的成功」です。

でも、きっと僕らが成功を感じるのは「過去」なのでしょう。
「こんな日々があったから今がある」
ってポジティブに思えれることが、重要なのだと思います。
「過去と和合」してこその、今を進む力です。


僕は、「ブランドとマーケティングとキャリア」について考えるのが好きです。
就活講座をやってるはずなのに、そんな投稿ばかりしてしまっています。
(もちろん、就活のテクニックの記事もあります!)

どれも違った分野のようですが、僕の中では、どれも一緒の括りです。
「人間探求」です。

「ブランド」とは”その人の原液”ですし、「マーケティング」とは”人がどう動くのか?”を科学的に捉えようとすることです。
「キャリア」とは”人が生きる”ということです。

ちなみに、今回の話は「人間探求」そのものですね。
僕の原液に当たる部分、なのかもしれません。


正直、「人間探求」なんてしたところで、短期的に良いことなんて何もありません。
年収が増えるわけでもないですし。(笑)

でも同時に、非常に重要なことでもあります。
短期的な利益ばかり追い求めていっても、過去が追い付かなくなってしまいます。
「過去の顔」をしている僕らは、人生の迷子になるのです。


これからも僕らは、四季の訪れと「におい」と過去に情愛をもちつつ、生きていくのだろうと思います。
少なくとも、僕はそうしながら生きていこうと思います。

「秋だから」書けた、そんな記事です。

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