100まで生きたい?
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100まで生きたい?

SOCIAL WORKERS LAB

人生100年時代。思ったより長く生きそうな私たちが、居ることのできる社会、生きたいと思える社会はどうすればつくれるのだろう?トークイベント「100まで生きたい?」では、65歳以上の高齢者が家を借りる際に直面する困難に挑む山本遼さん、「福祉の再構築」を掲げ老いや死に向き合いつづける藤岡聡子さんのおふたりとともに、対話を通してオモロイを模索しつづける福祉社会学者・竹端寛とSOCIAL WORKER S LABディレクターの今津新之助がホスト役を務め、これからの社会に前向きになれる道筋探索しました。

〈ゲスト〉

藤岡 聡子
ほっちのロッヂ 共同代表/福祉環境設計士
1985年、徳島県生まれ三重県育ち。人材教育会社を経て、24才で介護ベンチャーの創業メンバーに。2015年、「福祉の再構築」をミッションに株式会社ReDoを起業。「長崎二丁目家庭科室」「診療所と大きな台所があるところ ほっちのロッヂ」など、多様な人々が入り混じる風景を多数手がける。共著に『社会的処方』(2019、学芸出版社)など。

山本 遼
R65不動産 代表取締役
1990年、広島県生まれ。2012年に愛媛大学を卒業後、不動産会社に就職。2016年にR65不動産を法人化(株式会社R65)。高齢者向けの賃貸住宅を取り扱い、話題となる。「ガイアの夜明け」他、多数のメディアに出演。シェアハウス12棟に加え、日替わり店長のスナックも運営する。高齢者の住まい探しやまちづくりに関して世の中に発信し、貢献を続ける。

〈モデレーター〉

竹端 寛
兵庫県立大学環境人間学部准教授/福祉社会学者
1975年、京都府生まれ。大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。現場(福祉、地域、学生)とのダイアログからオモロイ何かを模索しようとする産婆術的触媒と社会学者の兼業家。 山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。著書に『枠組み外しの旅 ー「個性化」が変える福祉社会』『「当たり前」をひっくり返す』『脱「いい子」のソーシャルワーク』など。

超高齢社会に生きるひとりが、自分だ

 竹端さん:まず、今回はなんで「100まで生きたい?」ってタイトルにしたんですか?

 今津:超高齢社会というと自分から距離ができるけれど、「100まで生きたいか?」と問うことでより自分ごととして感じられるんじゃないかと思ったんです。実際このタイトルに興味をもって参加してくだった方が非常に多いようで。

 竹端:なるほど。「いくつまで生きたいんやろ俺?」っていうのと、「何して生きたいんやろ私?」っていうことを掛け合わせて問いかけたタイトルなんですね。

 今津:人生100年時代と超高齢社会というものの距離を再確認してみたいのもあるのかもしれません。そして、そういったお話をしてみたいと思ったゲストをお招きしました。それではさっそくゲストのおふたりに自己紹介していただきます。山本さんお願いします。

 200軒かけて5部屋しか見せてもらえない
めちゃくちゃやばい状況だった

 山本さん:本日はよろしくお願いします。「R65不動産」という、65歳以上の方に向けた不動産業を行なっています。この会社を立ち上げたきっかけは、もともと僕が不動産会社に勤務していたときに遡ります。ある夏の暑い日に、80代の方が来て「ここで不動産会社5軒目です」と言われたんですね。ショックだったので調べてみると、当時の国がとっているデータで、単身の高齢者には貸しませんって答えてる大家さんが4割。

民間のデータでは8割9割の大家さんが賃貸を断っていたんです。この方は5軒も回られて、ほとんどが門前払い。かわいそうだと思って探してみたところ、200軒くらいに電話をかけてお部屋をみれたところがたったの5軒でした。これ、べつに見たい物件が5軒じゃなくて、住める物件が5軒しかなかったんですよ。めちゃくちゃやばいなと思ってR65不動産を立ち上げました。

 R65不動産を立ち上げてみると、さっきは8割9割が断ってるという話だったんですけど、実は大家さんからの掲載依頼がたくさんありました。高齢者の賃貸のニーズはあるんですけど、具体的な解決方法がぜんぜんなかったんです。

 だから大家さんから言われるんですよね、「募集や掲載はお願いしたいんだけど、孤独死がこわいんです」と。実際、孤独死が1回おこると物件価値が下がり、募集にお金と時間がかかるようになり、入居者を選べない。誰でもいいから入れてしまうとまた事故物件になってしまうという負のループがあります。

「賃貸の孤独死には見守りを」って結構言われるんですけど、いままでの見守り機器は「見張り」に近いんですよね。部屋に監視カメラをつけるとか。でも誰も見張られながら暮らしたくないですよね。なので電気を切り替えるだけで見守りができるというサービスもつくりました。

65歳以上の賃貸ノウハウをシェアして
R65不動産がなくてもいい世の中をめざす

 山本:高齢の方は、若い方に比べて病気や精神疾患を患われることが多いのも事実。ゴミ屋敷、家賃対応、認知症で起こる近隣トラブルといったことを不動産会社だけでやるんじゃなくて、地域の包括支援センターや居住支援法人さんと一緒に対応しています。弊社も最近では居住支援法人指定の手続きをしているところで、ケアの領域にも近づいている側面がありますね。

 竹端:居住支援法人がどんなものなのか、簡単に教えていただけますか?

山本:居住支援法人というのは、国が定めている、その名の通り「居住の支援をする法人」です。たとえば、見守りを行なったり、不動産を紹介してくれたり、身元の保証をしてくれたり。このうちの2つを弊社ではすでにやっていたことなんですね。最近になって不動産会社さんと一緒に仕事ができるようになり、供給物件も増えてきたので、このタイミングに居住支援法人をとろうと考えました。困ったひとがたらい回しにされる前に見つけられたら、と思って取り組んでいます。

竹端:今後の展望もおきかせいただけますか?

山本:R65不動産の掲載法人は20都道府県で35社まで増えました。また、いろんな不動産会社さんにどんどん自分達のノウハウをお渡しして展開しています。地場の不動産会社さんも大きな不動産会社さんも、きちんと大家さんに高齢者の賃貸のリスクを説明できるようになれば、ぼくたちR65不動産がなくても成り立ちます。できることなら早く引退したい。最終的にはR65不動産がなくなることを未来に掲げてやっている事業者だと思っていただければと思います。

 竹端:ありがとうございます。つづいて藤岡さん、お願いします。

 環境の設計によって、ひとの生き方は変えられる

 藤岡さん:”福祉環境設計士”の藤岡です。いまは長野県軽井沢町にある、診療所のような「ほっちのロッヂ」という場所からこの会に参加しています。”福祉環境設計士”は、私が勝手につくった肩書です(笑)。なんでこういうことを名乗る必要を感じたのかを紐解くことが、みなさんの何かしらの参考になると嬉しいです。

さかのぼると、小6のときに父が亡くなり、「(人が亡くなることは)頭ではわかるけれど、心がおいつかない」っていう時期があり・・・、そうして、見事にグレて(笑)。高校は夜間定時制高校へ進みました。イメージ出来る方いるかもしれないですけれど、そこにいたのはヤンキーかオタクしかいない、悪の巣窟。究極なまでの限界突破な粒ぞろいたちです(笑)それこそ100歳まで生きたいっていうよりも、20歳まで自分が生きてるかどうかもわからない状況に置かれていたわけです。同じ15歳は1人だけ。でも、だからこそ、自分と同じひとがいないっていうことが、生きづらさや困難を抱えていた自分にとって、ものすごい救いになったんですね。究極なまでの限界突破な粒ぞろいたちのおかげです。

そんなことがあって、「環境の設計によって人の生き方は変えられるんじゃないか」みたいなことを15歳でなんとなく感じていたんだと思います。

それから時が経ち24歳、新卒2年目の2010年に、友人から「一緒に老人ホームやらへん?」と誘われて、老人ホームを創業メンバーとして立ち上げました。当時もいまもそうなんですけど、私は資格ゼロなんです。”永遠に素人”。だからこそ、「老人ホームに老人しかいないのは変じゃん」って思っているわけです。当時は、いちばん縁のなさそうな人たちを老人ホームに集めて、まちの人に場をひらく、というようなことをしていました。「ここ老人ホームだけど、アーティストが来たり芸大生がいたりして、高齢者と話してるらしい」みたいな、そういうふうに広がればいいなと思っていました。

 私はいま3人の子どもがいます。いちばん上の子どもの妊娠がわかったときに母親の末期がんがみつかり、キャリアを横において家に軸をおいた時期もありました。そのとき私たちは東京で暮らしていて、たまたま知り合った仲間が「ゲストハウスの一階にカフェをつくったんだけど、まちのひとを集めたい」と相談を受けたのが「長崎二丁目家庭科室」。まちのお父さんやお母さんの得意なところを、もっとみんながフューチャーできる場所があればといいなと思ってつくりました。高齢者に学ぶとか堅いものじゃなくて、ベテランに学んじゃおう!みたいにもっと軽やかになめらかに(人と人の)関係性がつくりたくて。

ラベルを貼り替えて価値を再配置する

 藤岡:この”家庭科室のようなもの”に取り組んでいるときに、いま一緒にやっている紅谷という変な医者と出会いました(笑)。紅谷と私を引き寄せてくれたのは、長野県軽井沢町で学校をつくろうとしている方だったんですね。教育の起点となる場所に、まちのお父さんやお母さん(いわゆる高齢者)、いろんな状態のひとたちも混ざっちゃう。好きなことをする仲間として出会えるような環境をつくれないかと話し合ってできた、それが「診療所とおおきな台所があるところ ほっちのロッヂ」です。

ほっちは地名、ロッヂは森小屋。「おなかが痛かったら」、「休憩したかったら」、「だれかと出会って話がしたかったら森小屋に行こう」。そういう環境がつくれたら嬉しいなって思っています。症状、状態、年齢という区切りでひとが出会うのではなくて、好きなことをする仲間としてここで出会う、集う、自分にとってさまざまな「〇〇な場所」であってほしいですね。

竹端:ラベリングされることに違和感があるんですね。ヤンキーとか問題児って言われるひとを「粒ぞろい」と言い換えるだけでぜんぜん印象が変わります。おそらく藤岡さんのしてきたことは、場をひらくだけでなくて、ラベルの貼り替えとか、価値の貼り替えとか、そういうことなのかなという気がするんですけどいかがですか?

 藤岡:このひとは「要介護3で認知症うんぬんで」って言った瞬間に、粒ぞろいの個性がなくなっていく現象のようなものが、ものすごい苦手なんですよ。これは私がいちばんされたくないこと。何々のひとだよねって言われることは一時期とてもしんどかったので。だからラベリングされた言葉を変換することにはとても意識していますね。これはこういうもの、と思われているものを再配置するというか。

ビジョンを掲げても、働き手が共鳴してないとハリボテに

竹端:ただ老人ホームの話でも、たしかにごちゃまぜは美しい。だけど、それで入居者さんが落ち着いて過ごせるの?専門性も必要でしょ?みたいなことはたぶん言われてきたと思うんです。実際にやってみてどうですか?

 藤岡:結局、働き手自身が「自分がこの環境をつくりたい」って思わないとできないんですよね。共鳴する働き手と一緒にやらないとハリボテです。そこはすごく気をつけてて、働き手がやりたいと思った瞬間にいかにコンセプトを投じれるか、あるいはあと押しできるか。環境をつくりだすというのは、そういう合いの手みたいなことも非常に大切だと思いますね。

竹端:自分のビジョンを持てませんっていう大学生が多いですが、藤岡さん自身はどのようにしてビジョンを見つけてきたんでしょうか?もうひとつ、ほかのひとの話を聞いてしまったら、引っ張られしまい自分のビジョンがモヤモヤになったりしませんか?

 藤岡:ビジョンややりたいことなんて、なくてあたりまえじゃね?って思うんですよね。本当に。私は夢とか志は、べつになくてもいいと思っています。ただ、私はずっと不足感を感じているんです。なくしちゃったものはもう得られないから、それを埋める何かを自分の中に持たないと自分が生きていけないんですよ。不足感を自覚してるから、ひとの意見にも引っ張られません。

 自分のために、おもしろがる

 竹端:藤岡さんに質問きています。タワーマンションに住む子供たちが、コロナ禍で虐待、ネグレクトなどで精神的に病んでいるといわれています。こういうところに家庭科室があればいいなと思うけれど、タワーマンションで「長崎二丁目家庭科室」みたいなことはできるのでしょうか?

 藤岡:場所は選ばないはずだし、都市部のほうがよっぽどひとが来ますからね。実は軽井沢町は、ある種タワーマンションみたいなものなんです。地元のひと、移住してきたひと、夏だけ来るひと。それぞれ属性の異なるひとのコモン(共有できる場)をいかに見つけられるか。そんな現場をつくる仲間を募ることが大事ですよね。あと「誰かを救ってあげたい」という意識より、自分のためにやる感覚も大事です。

 竹端:その仲間ってどうやってつくるの?どうすればひとがついてくるのか、山本さんにお聞きしたいです。

 山本:ネーミングは大事だと思っていて、「ほっちのロッヂ」というネーミングも、すごい軽やかですよね。ここで「ケアをしている」ということがあまり考えられないというか。事故物件ってあるじゃないですか。そもそも事故物件って何が事故なんだろうなっていろいろ考えたときに、いちど自然死のあった物件だけを集めたサイトをつくったんですよ。当時、自然死は事故なのかどうかという議論はなく、それなら自然死だけを集めたサイト「ポックリ物件.com」をつくろうと。事故物件じゃなく、前住んでいた方がポックリいった物件、つまり、最後まで住みたかった物件なんですよね。実際サイトには約300件くらいお問い合わせがきて、ネーミングの効果ってあるなあと思いました。
 

誰かに任せてうまくいかないくらいがちょうどいい

 竹端:おふたりは「とるべき責任」と「とれるはずのない責任」をきちんと分けているように感じます。おふたりが考える「とるべき責任」と「とれるはずのない責任」を言葉にしてもらいたいです。

 藤岡:とるべき責任は、自分の人生においての責任だけだと思っています。働き手が職場でいかに自分に自信をつけて、いかに幸せに働くかということにも責任をとりたいところだけど、そこは自分で取ろうねっていう気持ちですね(笑) ケアの仕事は、いわゆる患者と呼ばれるひとたちの人生の責任をとることではない。別に線引きをしたいわけじゃないけれど、それぞれが自分の人生に責任をもつっていうことは、ケアを行う人と人の関係性ににおいてめちゃくちゃ大事だと思うんですよ。いかに他者の苦しみを自分の苦しみと思わないようにするかって、本当に大事ですね。

 山本:仕事って、物理的に時間があるとぜんぶできちゃうんですよ。スタッフに任せないっていうことができちゃうので、自分がこれ完璧だって思っているものを言語化して、あるいは行動に起こしてやっちゃうんですけど、それでは結局疲れます。だから誰かに任せてうまくいかないくらいのほうがちょうどいいんじゃないかなと思いますね。とるべき責任ととれるはずのない責任の境界線はマジで難しいですね。モヤモヤしながら今日は帰ります(笑)

竹端:深刻な問題を深刻にしてたら深刻になるだけで、いかにおもしろがれるか。貼り替えたらおもしろいものいっていっぱいあるのに、既存の枠やいまの現状だけをみて落胆しすぎているんじゃないかと、あらためて思いました。ラベルを貼り替えて、自分が地道にできる一歩をちょっとやってみるだけで、案外おもろいことの穴はあくんちゃうかな。そうして、おもろいの輪が広がっていくんちゃうかなと、おふたりの話をきいてて思いました。ありがとうございました。


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ソーシャルワーカーズラボは、これからの社会をつくろうとするソーシャルワーカーどうしが出会い、関わり合い、問い、学び合う社会実験プロジェクトです。noteでは、人口減少社会を生きるわたしたちに必要な社会観や働き方の先駆的な探求と実践についての記事を掲載しています。