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Gratis と grattis の咄

みなさん、こんにちは。
Yamayoyamです。
クリスマスがあっけなく過ぎてしまって、もうすぐお正月です。時間が経つのが年々早くなってる気がして、今後が不安でしかたないです。

以前の記事で、ドイツ語とスウェーデン語には、綴りが同じで発音も似ているのに意味が違う言葉があってややこしい、という小咄をしました。Giftsaft が槍玉に上がってましたね。今回の小咄では gratis と grattis の咄をしようと思います。

スイスの住宅街を歩いているとよく見かける光景にこんなのがあります。

モノが詰まった箱や、たまにタンスや椅子などの大物が、道端に放置(?)されています。よく見ると「gratis!」と書かれた紙切れが添えられている。

このマガジンではあまり取り上げてきませんでしたが、スイスは物価が高いです。モノによっては隣国の倍。同じオンラインショップの同じ商品が、ドメインがスイスの「.ch」に変わった途端、隣国ドメインのショップの倍の値段で売られているのを目にしたときは、イリュージョンマジックを見たような気分になりました。国境・ドメインを越えるとプライスタグの数字が二倍になる、というスイスマジック。

だから、モノを大切にしようという気持ちがいつにも増して強くなります。物価が高いということは、家賃や保険料などの固定費も高い、というわけなので・・・。

それが背景かどうかはわかりませんが、こんな風に、自分は要らなくなったけどまだまだ使えて捨てるのがもったいないモノに「gratis!」の紙を添えて道端に置く習慣がスイスにはあります。自分には不要になったモノだけど、それを必要とする人に新しい持ち主になってもらおう、ということなんですね。

さて、この「gratis」、どこかで似たような言葉を見たような聞いたような気が、すご~~~くしたのです。

スイスに来る前、私はスウェーデンはストックホルムに住んでいました。ストックホルム大学で博士課程の学生を4年ちょっとやっていたんですね。在籍させてもらってた学科では、ことあるごとに「grattis!」という言葉を聞きました。

お誕生日に「grattis på din dag!」
博士論文の公示の日にプロセッコを開けて「grattis!」
博士論文の諮問大会が終われば「stort grattis!」
誰かが昇格すると「stort grattis!」
何か良いことがあると「grattis!」

もう、おわかりですね。
そう、「grattis!」は「おめでとう」という意味。

T が一個多いけど、gratis にすごく似てるなぁと思ったんです。

だから、「誰か貰ってってね」という品々に「gratis」と添えられているのが、最初は奇異に映りました。よく見ると「t」が一つしかないから違う単語なんだけど、綴り方が違うだけで同じかと長いこと思っていました。貰ってくれる人に「おめでとう」なんかいな?「こんなステキなモノがタダで見つかっておめでとう」的な何かなんだろうか?とかアホなことを暫く考えていたのですが、間もなくしてドイツ語の gratisは「タダ・無料」という意味だと学びました。「タダだし持ってってね」ということなのでした。

この gratis、綴りも気になるし更に調べてみると、同じく「無料で」の意味のラテン語 grātis を借用したものだそう。 もっというとオリジナルのラテン語では grātis というよりgrātīs(もしくは gratiis)と綴られて、gratia 「好意」の複数奪格形。「Ex grātia」(この場合 grātia は単数奪格形です)と表現されることもあり、「好意から」という意味。「義務ではなくて好意で差し上げるのでタダ」ということですね。

この「タダ」の grātis はドイツ語のみならず、様々なヨーロッパの言語に借用されたり引き継がれていて、英語でもgratis「タダ」、スウェーデン語でもgratis「タダ」、ポルトガル語でも grátis「タダ」、イタリア語でもgratis「タダ」。

って、スウェーデン語にも(英語にも!) gratis があったんかいな!という展開なんですけど、t が一個か二個かは小さいけれども大事な違い。Grattis なら「おめでとう」だけど、gratisなら「タダ」。発音も実は違うんです。Grattis「おめでとう」は「グラッティス」、gratis「タダ」は「グラーティス」くらいに発音します。スウェーデン語では母音の後に子音が二個重なっていると、それは直前の母音が短いということ。後に続く子音が一つだけなら、その母音は長いです。

じゃあ、t が2個の grattis「おめでとう」はどこから来たかって?
スウェーデンアカデミーのオンライン辞書で調べてみたんですけど、動詞「gratulera お祝いする」の語根部分「grat-」に接辞「-is」がくっついた間投詞で、1925年からスウェーデン語で使用例が確認できるみたいです。御年96才の言葉なんですね。元になった動詞「gratulera」自体、ラテン語「grātulārī お祝いする」に由来し、結局 grātia「好意」と同じ語根から作られた言葉。両方とも印欧祖語の動詞語根 *gʷerH- 「賛美する」に遡るのだそうです(※1)。なるほど、タダの「gratis」とよく似ているのにはちゃんと理由があったんですね。「おめでとう」の grattis がスウェーデン語で切り貼りされて作られたところが、タダの gratis とはだいぶ違う歴史的な経緯です。

さて、路上にgratisなモノを放置するのは、厳密に言うとスイスでは実は違法なんだそうです・・・!
でも、物価高のせいでしょうか(←Yamayoyamの個人的な思い込み)、わりと許容されている習慣です。ただ、もし引き取り手がなかなか現れなかった場合は、一週間を目安に持ち主が責任を持って撤収するのが暗黙の了解なんだそうです。かく言う我が家も、小さな棚と椅子一脚を拾ってきたことがあります。二つとも今でも現役。それから絨毯を買い換えたときに、古いのを「gratis」の紙とともに家の前の角に出したことも。出して2時間後くらいにはもう誰かに引き取られていました。ちょっとしたご近所物々交換システムみたいなものです。これがなくなってしまうと困るかもなぁ・・・ということで、違法だけど許容されているのですね。

そうそう、ご近所物々交換のちょっと面白い話を知人に聞いたことがあります。
まあまあ使い古したけどまだイケそうな「入れ物」をその知人が家の前の角に「gratis」の紙とともに出したときのこと。ほどなくしてその入れ物は誰かに貰われて行ったのか、姿を消しました。それから約2年後、近所を散歩していると、「gratis」の紙とともになにやら見覚えのある入れ物が・・・。どうやら次の持ち主もその入れ物をそのまた次の人に譲ろうとしていたのでした。それから数日後に同じ場所を通ると、その入れ物はすでに新しい持ち主を見つけたのか、姿を消しておりました。この調子で行くと、その入れ物は知人の近所をグルグルグルグル巡っていくことになりそうです。そう考えるとなんだかちょっと面白いですよね。こうやって近所をグルグル巡っているモノがけっこうあるのかもしれません。

グルグル回るのはモノだけじゃなくて季節もですね。行く年、来る年。もうすぐ新しい年が巡ってきます!
みなさま、どうぞ良いお年をお迎えください。

今回が年内最後のブログのお届けです。今年始めたてホヤホヤのブログですが、ご訪問ありがとうございました。とても励みになりました。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

Yamayoyam


※1  Michiel de Vaan(編)Etymological Dictionary of Latin and the Other Italic Languages, Brill 2008, p.271。

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