結局、バッティングって…
▌バッティングで大切なこと
これまで野球の現場でいろいろな選手を見させて頂いて、上はプロから下は小学生まで、どんなレベルにおいてもバッティングで大切なことは、以下の4点です。あくまでも私見ゆえ御批判は甘んじて受けますが、この4点だけは外せないと考えています。
1.眼と手の協調性(ハンドアイ・コーディネーション)
2.インサイドアウト
3.骨盤傾斜と仙腸関節の柔軟性
4.軸足と前足の使い方(特に前足)
1.眼と手の協調性(ハンドアイ・コーディネーション)
これについては、何よりもまず静止視力がある程度良くないといけないのですが、視力が0.7~0.8を下回るとかなりボールが見づらくなるので(個人差あり)、何らかの矯正が必要になります。乱視が入ればなおさらです。
見ての通りバッティングは、動いているボールをバットの芯で捉えなければならず、眼と手の協調性がなければ、どんなに良い打ち方をしていても高が知れていますし、最もセンスの問われるところだと思います(できない人はできない)。
俗に言う動体視力(スポーツビジョン)だけをトレーニングしても、バットの芯にボールが当たらなければ何の意味もないわけで、やはりこれに特化した練習が必要になってきます。いくつか例を挙げてみましょう。
① ボールを見送る練習(打たない練習)
② 細い棒で小さいボールやバドミントンのシャトルを打つ練習
③ 穴バットを使った練習
④ パンチングボールやフレックスボールを使った練習
まず①については眼慣らし練習。ボールを点ではなく線で捉えることが目的です。ただボールを見るのではなく、あくまでも打ちに行く形で「割れ」を作って見送ることが重要です。目が慣れてきたら、イメージでは打ってもかまいません。カウントやランナーの状況などを加えれば、良いイメージトレーニングにもつながります。これは意外とやられていない練習方法です。
次に②は、すでに取り入れているチームも多いでしょう。今では専用のグッズも売られています。まずは置きティーから始めて、パートナーに近い距離から投げてもらったり(正面)、いろいろな方向(真上や真横など)から球出ししてもらったりするなど、徐々に難易度を上げていきましょう。
③の穴バットは一目瞭然。バットの芯に相当する部分に穴が空いており、ここにボールやシャトルを通す練習グッズです。バントの練習にも使えます。
最後の④は、実際のバッティング動作からは離れてしまいますが、お子さん向けには良いのではないでしょうか。パンチングボールについては、社会人野球でも練習や試合前の時間に取り入れている選手もいるので、実際の動画を御参照下さい(2019年の都市対抗野球にて)。
また、フレックスボールについては下の動画のような感じです。ボトムハンドだけでなく、トップハンドでもおこなうことを強くお勧めします。
2.インサイドアウト
これは1.と同様上肢の動きになりますが、バッティングにおいては極めて重要な技術です。特に逆方向への飛距離を伸ばすためには絶対不可欠となります。
まずは、車のハンドルを使ったインサイドアウトのイメージづくりから。
ハンドルを時計に見立てて、左手を9時、右手を3時の位置で握ります(小指と環指で握ると自然に脇が締まる)。右打者なら右に、左打者なら左にハンドルを回します。右打者の場合、右手がトップハンド、左手がボトムハンドになりますので、ハンドルを右に回すと、トップハンドは6時の位置、ボトムハンドは12時の位置にそれぞれ移動します。その際重要なのがトップハンドです。トップハンド側の脇を締め、肘がお腹に密着するように動かします。脇が開いてしまったらNGです。逆にボトムハンド側の脇は開いてもかまいません。
さらに、エクササイズリング(ダイソーで400円→直径34cm)などを使えば、下半身の動きも入れながらインサイドアウトの練習ができます。もう少し径の小さい輪投げ用のリングでもかまいません(径の小さい方がベターです)。その際、トップハンドの手のひらは上を向き【palm up】、ボトムハンドの手のひらは下を向きます【palm down】。
次に、バットを使った練習方法です。ティー台にボールを置き、ボールにグリップエンドを向ける、あるいはグリップエンドでボールを打つという練習【knob to the ball】です。この練習方法については賛否両論あるようですが、あくまでもインサイドアウトの習得を目的とした練習方法ですので、くれぐれも誤解のなきよう。
また、下の動画は、以前テレビ朝日の報道番組で放送された大谷翔平選手(日本ハム在籍時)のバッティングに関するインタビュー映像です。「ボールをバットで転がす」という表現で説明をしていますが、これはまさにインサイドアウトの極意です。インサイドアウトができなければ、こんな芸当あり得ません。
おまけ動画:大谷選手ではありませんが、ボールをバットで転がして、二度打ちしている実際の映像はこちらです。
いかがでしょう?インサイドアウトの理解は深まりましたか?バッティングにおいてとても重要な技術ですので、ぜひ取り組んでみて下さい!
3.骨盤傾斜と仙腸関節の柔軟性
骨盤傾斜については、「野球の基本動作と骨盤傾斜の関係 Part2」でも述べた通り、後傾はNGです。骨盤後傾→かかと荷重→円背・猫背→肩甲骨・股関節が使えない、という負の運動連鎖は、バッティングにも良い影響は与えません。
骨盤に関して加えて重要なのが、仙腸関節の柔軟性です。元々あまり可動域の少ない関節ゆえ、柔軟性という言葉が適切かどうかは賛否の分かれるところかもしれませんが、動かないよりは少しでも動いた方が良いという解釈で捉えて頂ければと思います。
仙腸関節の可動性を高める方法として、以前の記事で骨盤歩きを紹介しました。前方に進むことはよくやられていると思うのですが、意外とやらないのが、逆向きの後進です。前進の際には仙腸関節が前方に回旋する(腸骨が仙骨から離れる:内旋)のがメインで、後進の際には後方に回旋する(腸骨が仙骨に近づく:外旋)のがメインとなります。骨盤歩きをおこなう際には、前進だけでなく、後進も必ずおこないましょう。
次にお勧めしたいのが、骨盤分割エクササイズです。内容的には骨盤歩きと変わりませんが、場所を取らずにできます。バランスボールの上に座っておこなうのが一番良いのですが、なければ回転いすでもかまいません。
やり方は、バランスボールまたは回転いすに正しく座り(坐骨座り)、一方の仙腸関節を前方に回旋(内旋)させ、同時に一方の仙腸関節を後方に回旋(外旋)させます。要領としては、坐骨でバランスボールや回転いすを回すようにエクササイズをおこないます。
では、この骨盤分割エクササイズを、バッティングの動作に置き換えて考えてみましょう。
右打者の場合、構えから軸脚の股関節に体重を乗せる際、右の仙腸関節を後方に回旋(外旋)させると、股関節がガチッと嵌まる感覚が得られるはずです。もし、ここで仙腸関節が固まったままだと、骨盤全体が右(時計回り)に回ってしまい、上半身にも少し捻りが加わります。投手から見ると、打者の背番号が構えのときよりよく見えるようになるでしょう。これを良しとするか否かは意見の分かれるところかもしれませんが、上体の捻りがあまり大きくなってしまうのは無駄な動きであり、その後の動作に影響が出ます(速球に振り遅れる、内角球に詰まるなど)。
仙腸関節もうまく使えれば、軸脚股関節への乗りがさらに良くなり、蓄えられる力も増します。無駄な上体の捻りも最小限に抑えることができるのです。あとはスイングに移行するタイミングで右の仙腸関節を解放し、今度は右の仙腸関節が前方に回旋(内旋)しながら体重移動(並進)。それを受け止める左の仙腸関節が後方に回旋(外旋)していきます。
それが骨盤全体の回転、さらには下背部→上背部→肩甲帯→上肢の順に回っていく原動力となるのです。外からは見えにくい動きですが、知っていると知っていないのとでは大きな違いです。プロの選手でも、このことに気づくのは引退間際であることが多く、もっと早くから実践していれば、もしかしたら選手寿命が延びていたかもしません。
まずは上述の動きができるようになるまで反復し、習得したら、バランスボールに座った状態で置きティーをやってみましょう。ほとんど仙腸関節の動きだけで、どれだけボールが飛ばせるかやってみて下さい。
4.軸足と前足の使い方(特に前足)
最後は足の動きです。足の動きにもいろいろな考え方があるので、あくまでも私見としてお読み頂ければと思います。
個人的には軸足よりも前足を重視しますが、未だに「軸足回転」という言葉がまことしやかに囁かれているのが信じられません。まあ、その辺にはあえて触れませんが…。
では、まず軸足の動きから。
以前、少年野球の現場で、しきりに「軸足を回せ!回せ!」という声かけをしている指導者を目にしたことがあります。その理由を聞いてみたところ、「そうしないと腰が回らないから」という答えが返ってきました。確かに、間違ってはいないのですが、当たらずとも遠からず。全部引っ張りに行くならその指導方法でも良いでしょう。しかし、たとえ小学生とは言え、レベルが上がってくると投手のコントロールも良くなり、球速も上がってきます。それで外角の低めが打てるでしょうか?しかも強い打球を逆方向に…。
そのせいなのか、高校に行っても、大学に行っても、軸足つま先の回し方がワンパターンの選手を少なからず見かけます。投手は決め球として外角低めにたくさん投げてくるのに、そのコースの率が上がらなければ、打者は自ずと伸び悩みます。
では、どうすれば良いのでしょうか?
右打者の場合は基本的に、内角はレフト方向へ、真ん中はセンター方向へ、外角はライト方向へ、それぞれコースに逆らわずに打てと教わります。当然、打つポイントも違ってくるわけで、外角に行けば行くほど、捕手寄りになっていきます。それでもし軸足のつま先が早く回ってしまったら、果たして外角球をうまく捌けるでしょうか?
そこで、軸足つま先の回し方も、コースや打つ方向によって変えるべきなのです。
一つ実験をしてみましょう。選手にボールインパクトの体勢を作ってもらい、打つポイントを外角、打つ方向を逆方向にそれぞれ想定します。そして、軸足つま先を完全に回したときと、完全に回さずに母趾と母趾球で地面を押したとき(下の写真のように)とで、パートナーがバットの芯を手で押して力比べをしてみると、どうなるでしょうか?
答えは明白。後者の方が押す力が強いに決まっています。つまりはそういうこと(ボールに力が伝わるということ)なのです。もちろんボールインパクトのあとなら、つま先は完全に回ってもかまいません。
プロ野球の世界では、「軸足は回すな!」と指導されるコーチが現にいらっしゃいます。勝手に付け加えさせて頂くなら、逆方向に打つ場合は…ということです。阪神タイガースの岡田監督は、1回目の監督時代に「軸足の内くるぶしにも眼を付けろ!」と指導されていました。わざわざ眼のシールを作って貼らせていたほどです。それくらい大切だということですね。
軸足は、コースや打つ方向に応じて、つま先の回し方を変えましょう!
続いて前足の動きについて。
通常、前足はステップの際、バットを構えたときの足の向きと平行に踏み出すよう指導されます。しかし、日本でもアメリカでも、成績の良い打者を観ると、スタンスやステップ幅に違いはあれど、前足のつま先が少し開いていることに気がつきます。それはなぜなのでしょうか?
下の図は右打者を頭上から見た模式図。上段が基本通り前足を平行に踏み出した場合、下段が前足のつま先を少し開いて踏み出した場合です。実際にやって頂ければわかるのですが、ステップの際、骨盤は投手方向へ移動しながら回っていくわけですから、股関節はどんどん内旋の度合いが強くなっていきます。
ということは、上段の場合は骨盤の回転が途中で止まってしまい、腰の入りも中途半端に。あとは上半身任せということになるわけですが、一番厄介なのは、つま先の向いた方向と同じ方向に膝も向くため、もしこれでタイミングを外されてしまうと、腰のラインで体が折れて、上体だけが投手方向に突っ込んでしまうのです。つまり、膝が使えないからそうなるわけですね。
では、どうすれば良いのか?その解決方法が図の下段です。答えは簡単。前足のつま先を少し開いて踏み出せば良いのです。そうすれば、骨盤の回転が途中で止まることはなく、腰の入りも深くなります(下の動画参照)。さらに、前足のつま先が少し投手方向に向くようになるため、打ちに行ったとき膝が使えるようになるのです。これで上体だけが前に突っ込むことも回避できます。まさに一石二鳥。やらない手はありません。
もちろん、つま先を開くにも限度があります。図の上段を基準(0度)にすると、投手方向に45度というのが上限ではないでしょうか。ステップの方法は投手と同様で、接地は足の内側から、形は toe out/knee in 。上体の回転と共につま先と膝が同じ方向に向く、という動きの流れです。
ボールインパクト後は、さらに前足のつま先が開いてもかまいません。最近では、前足のかかとを支点につま先を浮かして回す選手もよく見かけるようになりました。これは、体重移動の順番が、軸足→前足→軸足となるからです。MLBでは、ボールインパクトの瞬間に軸足が地面から離れる選手も少なくないのですが、強く踏み込んだ前足に体重がしっかり乗っている証拠でもあります。だから、決して軸足回転ではないのです。フォロースルーの写真だけを見れば、そう言いたくもなりますが、まったく的を射ていません。
さらに、下の動画も御覧下さい。前足がいかに大事かがおわかり頂けるかと思います。
▌結局、バッティングって…
なんだかんだ言っても、結局バッティングというのは、野球という競技の中ではあくまでも受け身であって、投手がボールを投げてこなければ成り立ちません。しかも、どんなに頑張っても10本中7本はミスショットするという、極めて難しい技術動作なのです。投手の投げる変化球のトレンドによっても変わってくるし、近年は、極端な守備シフトによって生まれた”フライボール革命”などという大きな変革もありました。さらに2023年のシーズンからは、そういった極端な守備シフトが禁止されるため、それもまたどうなるかわからないという、無常の生き物なのです。
また、下の図は、打者の反応時間を示したものです(healthlab-sports.comより改変)。
投手の手からボールがリリースされたことを認識するのに約0.1秒、打つか打たないかを選球・判断・反応するのに約0.24秒、それぞれかかると言われており、18.44mから投手のエクステンションを差し引いた距離を仮に17mとすると、130km/hの場合、到達時間は約0.47秒となるため、打つと判断した際に残された時間、スイングに必要な時間は約0.13秒しかありません。139km/hを超えると、0.1秒を切ってしまうわけですから、理論上はそれ以上の球速は打てないということになってしまいます。
しかし、実際は160km/hを超えるボールでもプロの選手は打ち返せるわけで、選球・反応の速さとスイングスピードに加えて、予測という能力が必要になってくるのです。あとはもういかにして動作の無駄を省いていくか、そのためにどうやって身体をトレーニングしていくか、というところにつながっていくのでしょう。
▌まとめ
この記事の最後に、打者のタイプと究極のバッティングについて述べます。
詰まるところ、打者のタイプは以下の3つに分けられるのではないでしょうか。
構えから前足を踏み込んでスイングするまでにおいて、
① 下半身と共に上半身(+頭)もある程度投手方向に移動するタイプ:イチローなど
② 骨盤から下が移動し、上半身(+頭)が少しだけ投手方向に移動するタイプ:大谷翔平、村上宗隆などほとんどの選手
③ ほとんど前脚だけが移動し(骨盤の動きはわずか)、上半身(+頭)が移動しないタイプ:松井秀喜、アーロン・ジャッジなど
バッティングの原動力として、①は体重移動の比重が大きく、逆に③は回転の比重が大きい打ち方になります。そして②は両者の中間。どれも一長一短ありますが、①は線の細い体型の選手、③は体が大きくて背部の筋力が強い選手にそれぞれ向いているようです。
どれをめざすかは、体型や筋力、スピード、チームに何を求められているかなどを十分考慮して決めるべきでしょう。骨盤傾斜や姿勢に問題があるなら、まずはそこから直していかなければなりません。それを飛び越して枝葉の技術ばかりを追い求めるのは、木を見て森を見ずの愚行です。
そしてさらに、究極のバッティングを挙げるとすれば、それはやはり往年の名選手、バリー・ボンズでしょう。禁止薬物の使用で殿堂入りは叶いませんでしたが、個人的には後にも先にも彼のバッティングこそ究極だと考えています。
彼のバッティングで特筆すべきは、ほとんど体重移動がないことです。最初から頭の位置は体の中心より少し前にあり(1)、わずかにステップはしているものの(2)、構えからほぼ腰の入りだけでスイングを始動しているため(2~3)、通常の後ろから前ではなく、むしろ前から後ろへの戻し動作でボールを打っているのです(3~4)。
だから、よほどタイミングを外されない限り、前に突っ込んでしまうようなことは起こりません。予備動作がない分、相当の筋力がないとなかなかできる打ち方ではありませんが…。
まさに、メカニックが唯一無二の究極のバッティングなのです。
追記:ちなみに彼が40歳のとき(2004年シーズンオフ)、Get Sports(テレビ朝日系)のインタビュー(聞き手は栗山英樹氏)では、バッティングで気をつけていることは?の問いに対して、「体の中心でしっかりバランスをとることだ」と答えていました。意外とシンプルですが、非常に奥の深いコメントだと思います。
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