休日に河川敷のグラウンドにどこからかフラリと現れ、特に興味もない野球の試合を缶ビール飲んだり肩肘ついて横になりながら、ボンヤリ見つめるおっさん
大してやることもないし(ありすぎて現実逃避する必要があったとも言える)、誰かと会って話す気にもならず、でも家にいるのも手持ち無沙汰な感じで、あ、ちょっとめんどくさいけど近くの公園にでも行って、誰かが野球でもやってれば暇つぶしになるな、ま、なんもなければそれはそれで。
初夏の休日。そんな具合の成の果てに、僕は河川敷にあるグラウンドの観客に座って少年野球の試合を眺めながら、絶対に体に良くないお菓子を食べたり、飽きたら昼寝をぶっこいたりしていた。
ゆるゆるのリラックスモードをぶち壊すようにドキン! と一発心臓が波打ち、カッ! と目が見開かれた。鋭いファウルボールが股間を直撃したわけではない。
気づいてしまったのだ。
ひょっとしてこれは、もしかして今の僕は、「休日に河川敷のグラウンドにどこからかフラリと現れ、特に興味もない野球の試合を缶ビール飲んだり肩肘ついて横になりながら、ボンヤリ見つめるおっさん」なんじゃないか、と。
小学生の頃にはソフトボールを、中学生の頃は熱心に野球をやっていたから、見ず知らずのおっさんが、見ず知らずなのになぜか僕たちの試合を悠々と、どうでもいい感じで眺めているのをいつも不思議に思っていた。
その後もテレビや映画や現実世界の中で、なぜか自分の人生の端っこのほうにチラ見えし続ける、恥ずかしがりの妖精のような存在。
毎回同じ人じゃないのにどこかしら共通するところがある。服とかそういうのじゃなくって、なんというか雰囲気。だらしないっちゅーか、浮世離れしてるっちゅーか、「完全なる日曜日」を体現するかのような、ゆるすぎる空気感……。
大人になってからはそんな彼らに羨望すら抱きながら、いつしかこんな風に問いかけるようになった。
一体なにがどうなったらそんな感じになるの? 家族は? 趣味は? 他にやることないの? 楽しいの? 悲しいの? 人生に絶望して全部どうでもよくなっちゃったの?
けれど自分自身が「休日に河川敷のグラウンドにどこからかフラリと現れ、特に興味もない野球の試合を缶ビール飲んだり肩肘ついて横になりながら、ボンヤリ見つめるおっさん」になってみてはじめて分かったのは、いやいや、そんな羨望も疑問も無意味。なろうと思ってなれるような甘いものではありませんよ? という冷酷な事実だ。
国家資格や巨大な絶望が必要なわけでもなく、さまざまな必然と偶然が重なり、おそらくは四十代以降の人生のある瞬間に、導かれるようにやって来た運命の場所で、え? あ、おれ、なっちゃってる! と突然気づくのである。
「なろう」はなくって「気づく」。そして「なっちゃう」。イメージ的には超能力者の目ざめに似ている。「どうしちまったんだ俺は……夢でも見てんのか……俺に、こんな力があったなんて……!」(『AKIRA』より鉄雄の名セリフ)。
プロ野球選手になることと、「休日に河川敷のグラウンドにどこからかフラリと現れ、特に興味もない野球の試合を缶ビール飲んだり肩肘ついて横になりながら、ボンヤリ見つめるおっさん」になっちゃうのとでは、どちらが難しいのだろうか。
ググってみると、育成選手も含めた日本野球機構(NPB)の登録選手は毎年900人程度のようだ。その中で一軍選手として華やかな舞台で活躍できるのはほんの一握り。いやあ、厳しい世界だ。
一方、休日にボンヤリ見つめるおっさんが、全国に900人もいるとは思えない。
その実数を把握するためには、おそらく人生をかけて取り組むくらいの、自力で日本地図を完成させた伊能忠敬並の覚悟と労力が必要だろうし、莫大な費用を投じて調査会社かなんかに依頼をしたとしても、あまりにも調査対象がボンヤリしすぎていて、正確な数を叩き出すのは無理なんじゃないだろうか。
もちろん僕には人生をかける覚悟も莫大な資金もないから、直感的に<1休日当たりの全国総動員数:500人>と仮定してみる(もし異論があれば是非とも人生をムダにしたり、大金をムダづかいして正確な数値を教えて欲しい)。
一目瞭然。休日ボンヤリおっさんへの道はプロ野球選手を超える超難関、選ばれし者だけがくぐり抜けることができる狭き門だったということか。
プロ野球選手が少年たち憧れの、夢のような存在であるのは間違いない。ならばボンヤリおっさんは夢すらも超越する神のごとき存在……ということになる。
衝撃的な事実だ。ある意味、あの一見だらしない感じに騙されていたのかもしれない。
人を見かけで判断してはいけないという教えはやっぱり恐ろしく正しい。
初夏の休日。僕がボンヤリ見つめた少年野球の風景はとても心地のいいものだった。
コーチや大人たちが偉そうじゃなくって、真剣さや厳しさの中にもいつも笑いがあって、「勝つこと」や「上手になること」にトチ狂っていない感じがした。
そんなんがいい。楽しくやるのが一番だぜ、ベイベ。そしていつの日か「なっちゃう」ことができればこっち側においで。
申し分のない神デビューだったと思う。