No.C えんとつ町のプペルから受け取れるメッセージ性

 みなさん、いかがお過ごしでしょうか。私は、明日から始まる社会復帰に向けて、準備を進めておりました。具体的には、スーツの準備や会社に持っていくものの再確認、上司への安否報告、読書をしておりました。明日のスタートで最高のスタートダッシュが切れるように、睡眠時間もしっかり取っていきます。採用も目標は達成しましたが、入社予定辞退数がいる可能性もあるので、アフターケアと採用人数の確保を全力で取り組めるようにしていきます。

 今日、映画「えんとつ町のプペル」を見にいきました。公開当日の12/25にオンライン披露挨拶付きのを見に行きましたが、もう一度、どうしても見たくなり、今日観に行きました。
 感想として、3回目を観にいくことが確定したのですが、メッセージ性と考察含め、アウトプットしたくなったので、ここに書かせていただきます。

 あらすじは、絵本やインターネットにアホほど転がっているので、超省略させていただきます。
 えんとつ町で煙突掃除屋として働いているルビッチという少年が、ひょんなことから出会ったゴミ人間プペルと一緒に煙突の煙の先にある星を見にいく物語です。

 この物語で一貫していることの一つに、批判されるシチュエーションが1vs複数であること。世間としてイレギュラーなこと「えんとつ町で星があることの主張、ゴミ人間への理解、夢を見ることなど」では、必ず主張する側は一人で、批判する側は複数人で表現されています。これは、原作の作者であり、制作総指揮である西野亮廣さんのシチュエーションを照らしているのかなと思いました。
 また、主題歌の中で「巡り巡る物語」という歌詞がある通り、このことは、歴史がモチーフになっており、この映画は、煙で鎖国を表現し、煙突掃除屋のメンバーを開国派として、異端審問官側を攘夷派として、ルターは徳川慶喜、ブルーノとルビッチを坂本龍馬っぽく描いたのかなと考えました。そして、スコップの話から、この鎖国と開国、反乱と封鎖はある周期で循環しており、その循環の最中で、このストーリーが起きたのではないか、そう考えると辻褄が少し合ってくるのかと思いました。
 ストーリーとは関係ありませんが、スコップは一度、上空の煙を晴らそうとするブルーノの計画に乗ったが、失敗した。だが、ちょっと晴れたのをアントニオが見て、星への希望を持った。星があることを確信したブルーノは、奥さんの病気を直すために海に出ようとしたところ、異端審問官にやられたのではないかとも考えました。これは流してもらって結構です。

 この物語のメッセージとは、ルビッチとプペルが初めて一緒に煙突に登った時に流れたブルーノの言葉だと思います。夢に向かって信じ抜く。信じ続けたら、気づいたら周りに同士が集まっている。それが友達である。だから、周りに何を言われたとしても、自分で信じたものを信じ抜け。これがコアメッセージなのではないかと思いました。
 
 私も、自分の信じた道を信じ続けていきます。
 今日も読んでくださいまして、ありがとうございました。
また、明日。


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