見出し画像

コロッケ【あの日の電車で】

ああお腹がすいた
朦朧とした胃腸が騒ぐ
コロッケはいかが〜
コロッケはいかが〜
威勢のいい男性の声が聞こえてきた

ショーウィンドウに綺麗に並べられた
コロコロした丸いコロッケたちは
なんとなく寂しそうだった

牛肉コロッケ
かぼちゃコロッケ 
グラタンコロッケ
じゃがいもコロッケ
半熟卵のコロッケ
コロッケ コロッケ
コロコロ コロコロ

ぎゅるん ぎゅるん
美味しそうなコロッケを眺めるうちに
自分の胃が収縮するのが分かった

「どれにします?お姉さん。今なら五個で五百円にしますよ」
大きな声が胃の音を掻き消す

「あ、じゃあ全部一個ずつ五個で」
「まいど!物分かりがいいねぇ」

その言葉にピクッと私の何かが動いた
怒りとも抵抗とも言えない小さな何か
十四歳のあの気持ち 
大人になってのあの気持ち

「やっぱり、残っているもの全部で」
大きな声の持ち主はびっくりして目を丸くした

ぴったり50個の物分かりのいいコロッケたち
ひとつずつ従順にパックに詰められていく
ついさっきまでの「物分かりのいい」私のように

ゴトンゴトン ガタンガタン
お腹をすかした20時の電車
窓に映るたくさんの疲れた顔が電車の速さでぼやける

吊り革を持つ私の右手には力が無く
だらんと垂れた左手のコロッケは
電車に合わせてコロンコロンと揺れていた

心がふっと落ち着いた時
急にコロッケが重みを増して
私は思わず袋の中をじっと覗いた

気づかないうちに
私の手は自然とパックの中に伸びていた
そして冷めたじゃがいもコロッケを素手で掴み
立ったままムシャムシャほおばった

周りを見渡すと羨む表情は明らかだった
ギュルンギュルン ギュルルンギュルンギュルン
胃の中の音が合唱のように私に迫る
思わず袋の中に引っ張られるように
カボチャコロッケを取り出した

「ひとつ、どうですか?」
手に持った瞬間、揚げたてに変わった
ああ冷めていなくてよかったと思った

隣に立っていた疲れたおじさん
湯気を立てるコロッケを
ありがとうと手に取ると
むさぼるようにムシャムシャ食べた

「ひとつ、どうですか?」
牛肉コロッケはおばさんの手で揚げたてに変わった
お礼も言わずに、でも大事そうに食べ始めた

個性あふれるコロッケたちは
次々と勝手に行きたいところに向かった
顔を上げると車両の全員が揚げたてのコロッケを食べていた

軽くなった袋を持ってスキップで降りた
駅のホームに立って振り返ると
満足そうに十本の指を舐め回す人たちが
遠くにぼやけて消えていった

手にぶらさがる袋の中には
従順な5個のコロッケが残っていた
私は袋の中を見つめてつぶやいた
「物分かりがいいねぇ」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?