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目撃 1

私の両親は私が中学の時に離婚した。
それから、母と二人暮らしは決して経済的に裕福ではなくて、授業料免除の特待生の制度がある私立高校に進学した。
父には反発した学生時代だったし、経済的な負担を軽くするには、丁度良かったと思っている。
まあ、そこでは成績良ければバイトも可能だったし、高校生でありながらいろんなアルバイトを経験できたのは社会経験にプラスになっていた。
弟は中学二年の時に母親が亡くなった。その後父と二人暮らしで過ごしはじめたけれど、もともと弟にしてみたら実父じゃないし…しかも、仕事人間の父は上手くやっていけなくて、父の方が頭を下げる形で私に同居を提案した。
大学も単位さえとれれば良かったし、父の所で生活すると下宿費用も軽減されるので、内心快く表面上は仕方ない風を装いながら父の住んでいるマンションに移った。
その時の弟は、大人しい中学生。
第一印象は柔らかい雰囲気、年齢よりは幼い顔立ち。本当に中学生?と思ったところである。
クラスでもどちらかと言えば大人しいタイプだと思う。そんな弟だから、突然現れた姉に対して警戒感が強かったのだろう。あまり口数も少ない。
でも、義弟?は料理が得意だったようだ。
母親譲りなのか…中学生の割りに凝った料理を作ったりする。
「美味しい」と、毎夕食にそんな言葉が出てしまう。
そんな時は弟も嬉しそうな表情をしていた。
同居しはじめると仕事人間の父は、エンジニアでもあり長期出張で海外にも出るようになる。
そんな時は、弟と二人きりの生活が続いていた。
弟は、食事の用意のほか、掃除や洗濯などの家事も自分からしてくれるので、結構一人暮らしよりは楽をしていた私。
まあ、二人きりの姉弟という関係は大切にしたいし、いろいろと世話もしてくれる弟には感謝している。
いつか、弟に彼女が出来るまでは、上手くやっていけたら…と思っていた。

その日、大学の授業が午後から休校になり、重い生理痛で体調がすぐれなかった私は、いつもより早く帰宅した。
玄関扉を開けると弟の靴が有った。中学校での部活はやっていなかったのである。
南向きの窓の大きな部屋が弟の部屋だったが、ここはもともと弟の母親が使っていた場所。
私にとっては、なんとなく入りにくい部屋なので、この部屋は扉を開けることは無かった。姉と弟といえども、プライバシーは守るのが日常のルールであり、もちろん私の部屋も勝手に扉を開けられることは無かった。
ノーシンを飲みたくてリビングに向かう時、弟の部屋の前を通りながら少し開いてる扉から中が覗けた。
(ただいま…)とでも、声をかけながら通れば良かったのだが、腹痛がひどく声出すのも面倒な私は素通りして、部屋の中の弟を見かけたのである。
そこには、全身が写る大型の鏡の前で花柄のワンピース姿を見ている女の子がいた。
驚きで声も出ない。
(誰?)
しかしよくみると、その顔は弟である。
イヤリングまでつけたその姿は、どう見ても女の子だった。
見てはだめだと思いながら、思わず立ち止まってしばらく覗いてしまう。
(えっ、あのワンピース…誰の?)
見たことのないレディース。もともと父と弟の男世帯にレディースの服は私が持ち込んだものだけ…
よく見ると、ベッドの上に何枚かのスカートとブラウスも見える。
どうやら、一人で出かける前に何を着ていこうかと悩んでる女の子のようでもあった。
少し、身体を斜めにしてみたり、身体のラインを気にしている弟。
その仕草は弟というより、妹を見ているようだった。
どれくらいの時間それを覗いていたのだろう…
数分だったのか、10分ほどだったのか…
このまま、覗いているのがバレると互いに気まずい気がしたので、私はそっと玄関に戻る。
もう一度、靴を履いてからわざと扉を開けて大きな音をたてて聞こえるように声をかけた。
「ただいまぁ」
バタバタとした音をわざと立てながら、自分の部屋に向かう。
荷物をおいて、ジャケットハンガーにかけたタイミングで奥から返事が聞こえた。
「あっ、おかえりなさい~」
返事があるということは行っても大丈夫なのだろうと、リビングにむかうと弟は何食わぬ顔でテレビを前にゲームのコントローラーを握っていた。
「早いね…」
「うん、ちょっと体調不良…」そう言って、ノーシンを口に入れて水を飲んだ。
ソファーに座り何気にテレビ画面を見てみる。
「あっ…くそっ…」
平静を装っているのだろうか…ゲームをしながら、そんな言葉が普段より出ているような気がした。
そんな弟の横で、横顔を見てみた。
じっくり見たことが無かったが、やっぱり線が細いしカッコ良いというより可愛いと思える。
私の高校時代からの恋愛遍歴からしても、こういうタイプは嫌いじゃない。でも、姉と弟だからなぁ…という考えが頭によぎる。
しかしなぜ、あんな風にワンピースを着ていたのだろうか…
たまたま、文化祭か何かの余興なのかもしれない。
クラスの誰かに借りたものなのだろう…と思うことにした。
しかし、それなりに似合っていたのが気になっていたし、あれで髪を伸ばしたら妹としても通用しそうな気がした。
「あっ、くそぉ。やっぱりラスボスがクリアできないなぁ」
そう言って、弟はゲームのコントローラーをテーブルに置いて立ち上がった。
「夕食…何にする?体調すぐれないなら、一人で材料買いに行ってくるけど…」
「ありがとう。食欲あまりないし…なんでも良いわ…簡単なもので。」
「解った。行ってくるね。」
そう言って、マイバックを手に部屋を出ていった…

そんなことがあった日から数週間が過ぎたころ、決定的な事を目撃し、私は正直驚きとともに、弟との関係を再構築することとなった。


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