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目撃 2

弟が自分の部屋で花柄のワンピースを着ていたのを目撃した私は、そのことは弟の名誉のためにも口外する事は避けてきた。
数日が経ってから、覗いていたことを知られると、なぜ覗いていたのか…という説明も必要になり、あえて気づかないふりをするのが得策だと思ったからだ。
まあ、たまたま学校かなにかの余興なのだろうと思うことにしていたので、深く考えないことにして数週間が過ぎていた。
土曜日に開催される大学の記念講演を聞きに行く予定で、朝から家を出ていた。
キャンパスに到着すると、不思議なことに思ったほどの人がいない状況だった。
それでも、E棟の会場に向かって進む。
扉の前に張られた講演中止の案内を見つけた。
「えっ…」
思わず声がでて、慌ててメールチェックする。
いくつもの、お店からのダイレクトメールが溜まっていたメールフォルダーの中に、講演中止のメールがあるのを見つけた。
「しまった…」
登校までした時間が無駄になった上、キャンパス内に他の友人が来ているはずもなく、家に戻るしかなかった。
なんか、ヤケ食いでもしたい気分で駅に戻る。
駅前の個人ケーキ店の中で並んでいる人を見て、思わず連れられて中に入ってしまった。
弟の好きな苺ショートのほか、シュークリーム、チーズスフレ、チョコケーキ、モンブラン、抹茶…目につくものをついつい声かけてしまう。
持って帰って二人で食べたら…きっと喜んでくれるだろう…という気がした。
二人にしては多すぎるケーキも、昼と夜とに食べれば良いか…なんて考えながら自宅マンションの玄関を開けた。
「ただいま…」
ケーキの箱を片手にリビングに向かう。
「休講だったし、ケーキ買ってきた。食べるでしょ?」
リビングの扉を開けてそう声をかけた。
一瞬、目を疑う。
リビングに入って目の前にセーラー服の女の子が後ろ向きに立っていたからだ。
「えっ?」
その声に振り返ったのは弟だった。
部屋に見知らぬ女の子がいると思って、驚いた私はそれがセーラー服を着た弟だとわかると二度驚いた。
「……」
無言の弟はその場で下を向いていた。
私は、ゆっくりとテーブルにケーキの箱を置く。
何から声をかけていいのか、頭の中でぐるぐるといろんなことを考えていた。
紺のプリーツスカートに長袖セーラー。
襟と袖口には、赤い三本のライン。スカーフも赤いセーラー服を着ていた弟。
そのセーラー服に私は見覚えがあった。
私の通っていた中学校の制服。
(えっ…なんで、私の制服?)
深呼吸しながら、心落ち着かせて私は口を開いた。
「あのね…」
「……」
それ以上は私も何から話せばいいのか疑問を持っていた。
「ごめんなさい…」
最初に話したのは弟の方だった。
「それ、私の…?」
コクリと頷く弟に状況は理解した。
弟は、父親が長期出張で帰ってこないことを良いことに、私が大学に行っている間に、私の中学時代のセーラー服を見つけて、部屋で過ごしていたのである。
そもそも、部屋のクローゼットの中じゃなくて、衣装ケースに片づけていたはず…それを引っ張り出した…ということだ。

なんで、私のセーラーを着ているのか。
なんで、女装しているのか。
弟は女装趣味の変態なのだろうか。
女の子の格好が好きなのか。
それとも女の子だという性自任、いわゆるLGBTなのだろうか。
セーラー服を着て、何をしようとしていたのか。
この前のワンピースについても、確認しなければ…

聞きたいことは沢山あった。
叫びたい気もするし、何してるの!!
と怒っても良かったけれど、あまりにも驚く出来事で、私は逆に冷静に話をすることが出来た。
「私の部屋、勝手に入ったの?」
「うん。ごめんなさい…」
「姉弟でも最低限のプライバシーはあるわよ。プライバシーって中学生だしわかるよね。」
「はい…」
「なんで……、セーラー服を着ているの?」
思い切って単刀直入に聞くことにした。
「お姉ちゃんの…だから」
「私のだから?」
務めて冷静に聞いていることに安心したのか、弟はゆっくりと話を始めてくれた。
「うん。お姉ちゃんのだから、…お姉ちゃんに包まれているような感じがして、そんな風に過ごしたかったの。」
「他にも…私の服着ていたの?」
あわてて首を横に振る。
「セーラー服だけ。他のは持ち出していない、無くなっていたらバレると思うし…」
つまりは、セーラー服を衣装ケースから持ち出して、自分の手元に置いていたということらしい。
クローゼットや普段使っている箪笥から、服が無くなっていたら確かに気づく…かな。もしかしたら気づいていないかもしれないけれど。
「女の子の恰好がしたいの?それとも、女の子になりたいの?」
「わからない…でも、女の子の恰好すると落ち着くの」
「……」
どういう感情なのか、いまだにわかっていないし迷ってるのだと思う。
私も理解するのに時間がかかる。
「……他にも、着ていたでしょう?ワンピースとか」
「えっ…」
驚いているのを見ながら、私はソファーに腰を下ろした。
弟はそばで立っているし、どうしていいのか…という表情をしていた。
「花柄のワンピースを着ていたのを知ってるわ。」
下を向いたまま黙っていたが、思い切って顔をあげて私を見た。
「ワンピース着てたよね。私のじゃないし…あれ、誰かのを盗んできたの?」
「それは…」
弟は観念したのか、少しづつ自分の感情を自分で確認するように話し始めた。
ワンピースは亡くなった母親の物で、母親に愛されてた時を自分で表現しているということらしい。
どうやら、単に女装したいとか、レディースの服に興味あるだけでなく、幼く欲していた愛情の延長戦にあるようだった。
当然、私のセーラー服も私に包まれていたいという感情から…と言っている。
まあ、その言葉を信じてあげないといけないのかもしれない。
教室で立たされている女子生徒を見上げている教師の気分で、弟の話を一通り聞いていた。
改めて見てみると、線が細くて中性的な顔立ちだと思っていたけれど、こうして見てみると女子生徒に見えてくるから不思議だ。
こりままじゃ、街中を連れ出しても、弟というより妹と言っても通用しそうだと思った。
「だいたいわかったわ。」
「……ごめんなさい」
「ようするに、女の子の恰好になると安心する…ってことよね。」
「そうかもしれない。」
「セーラー服も似合ってるし…ちょっと胸が寂しいけれど…」
と言って、弟の胸を指さした。
「それは…」
「ブラとかインナーはどうしてるの?」
私は立ち上がり、弟の胸元を引っ張って見た。
「何もしてない。」
胸元から覗くと、無地のTシャツが覗いていた。
「これじゃぁねぇ…」
そう言って、私は自分の部屋から、今は使っていない古いスポーツブラを取り出した。
「これつけてごらん。」
「えっ…」
私は弟にスポーツブラを手渡す。
「どうせ、使っていないやつだし…」
「……」
「そもそも、セーラー服を勝手に着てるんだから、今更恥ずかしがっても…」
そう言われて、弟はスカーフを抜き取り、胸当てのスナップボタンをパチパチと外した。
前ファスナーを下ろしてセーラー服の上着を脱いで、Tシャツを脱ぐ。
顔の線が細いと思っていたが、身体のラインも細かった。
まだ中学生だし、胸のふくらみが無いのは、発育の遅い女子中の身体に見えている。
乳首を隠すように脱いだ弟の仕草は女の子のそれだった。
スポーツブラの肩紐に腕を通して、頭から被る。
「まだ、駄目ね…」
カップの隙間があるので、それだけでは形が整っていない。
パッドが無いので、ストッキングを丸めてブラのカップに詰め込んでみた。
ようやく、胸のふくらみが形作られる。
「さっ、上着を着てごらん。」
言われるがまま、セーラー服の上着の袖に手を通し、整えていく。
それほど大きくない胸のふくらみが中学生女子ぽく着こなしていた。
「ほら、鏡見てごらん。」
そう言って、弟を洗面所へ連れ出した。
鏡の中にいるセーラー服姿の中学生女子を見て、嬉しそうな表情をしている弟。
「可愛いJCよね」
「…うん」
私は元々、線の細いタイプの男が好みだったし、ガッチリとした体格の男より、弟のような中性的な子が好みでもあった。
私は以前から、カッコいい男より、可愛い男で、仔犬のように甘えてくるようなのがタイプ。お人形のような男を私の思い通りにできたら…と常に考えていた。
そういう意味では、弟のような子は私の中ではストライクで、弟じゃなければ付き合っていたかも…と同居し始めたころから考えていたのである。
今、目の前の鏡の中にいる弟は、いわゆる男の娘だけれど、その考え方や仕草が物腰優しい女の子であり、見ていて可愛いと思えた。
「なに、見とれてるの?」
私は鏡の中の弟に話しかけた。
「これが、ボク?」
「だよねぇ…」
鏡の中の自分を確かめるように、斜めや横向きで、胸元の大きさを確認している。
「胸があるだけで、一気に女の子みたい…」
「じゃ、きょう一日、女の子で過ごしなさい。今から、女の子ね。」私はある意味、意地悪ぽく言ってみたが、弟自身は嫌がる様子もなかった。
「うん。そうする。」
怒られていた…という感覚から、認めてもらえたという安心感からか、見つかった時よりは穏やかな表場をしているギャップに笑ってしまった。
「ケーキ食べようか…」
「食べる!」
「なら、お皿用意して」
そう言って、二人でリビングに戻る。
テーブルにあるケーキの箱をあけて真っ先に取り出したのは、苺ショート。
やっぱり、弟のお気に入りである。
私はモンブランを取り出し、二人で並んで食べ始めた。
「ねえ、女の子の姿でいるってことは、好きなのは男の子なの?」
何口かケーキを食べた後、ふと気になったので尋ねてみた。
口の横にクリームをつけたまま首を横に振る。
「じゃぁ、好きな女の子はいるの?」
少し顔が赤くなる。
これは、誰かいるのだろう…と想像できた。
「いるのでしょう?」
「…いる。」
「そっかぁ…好きな女の子いるんだ。」
私は、弟の口の横についたクリームを指で拭い、その指をペロリと舐めた。
弟と一緒に暮らし始めて、プライベートな事にはなるべく深入りしない様に過ごしてきたが、ようやく弟の恋愛感情の一部を見つけた気がした。
それを知って、複雑な感情が心の中にモヤモヤと湧き上がってくる。
そもそも、弟に彼女が出来たら応援しなきゃ…と漠然と考えていたのだが、そんな時が来たら…程度に考えていた。
それが、一気に現実的になると、何とも言えない感情が私を包んでいた。
なんとなく、その弟の好きな女の子に嫉妬という感情。
「もう、告白したの?」
「……」
「黙っているということは、コクったけれど返事待ち?」
「まだ、言ってない。言って嫌われたら…って不安になってる。」
「そういうことか…」
理解力ある姉を演じる為に同意するような返事をする。
しかし、弟にはもう少しそばにいてほしい…という感情が、その見知らぬ女の子と近づいて欲しくないとも思った。
「そうよねぇ、嫌われるかもね。家でセーラー服着てる男だと知られたら…」
「あ、そんなこと言わないで。恥ずかしい。」
本当に恥ずかしいのだろう、顔が赤くなっていく。
「言わないでって言っても、黙って姉のセーラー着てるじゃないの。」
「そうだけど…」
泣きそうになっているのが可愛い。思わずフォローする。
「私は似合ってる…って思うから、そういうのも良いと思うし…」
「ほんと?似合ってる?」
「まあ、ね。そこで立ってごらん。」
言われてゆっくりと立ち上がる弟。
私は上から下まで弟のセーラー服姿をマジマジと見てみる。
確かに、似合っていると改めて思う。
「…スカートめくって見せて。」
「えっ? …恥ずかしいし。」
突然の言葉に戸惑っている。
「インナーはどうしてるの?見せてごらんよ。」
「普通だよ。」
「普通って…良いから見せなさい。」
少し強い口調で指示をすると、おそるおそるプリーツスカートの裾を手に持ってゆっくりと持ちあげた。
スカートの下には紺色のトランクスを穿いている弟がいた。
「ふ~ん。やっぱりそれじゃぁ、変よねぇ」
「だから、普通だってば…」
「ケーキも食べたことだし、買い物に行こう。」
私はそう言って、立ち上がると弟の手をとった。
「買い物行くなら、着替えて…」
「はぁ?きょう一日女の子で過ごすのよね。そのままセーラー服でお出かけするのよ。」
「えっ、え~」
私は、驚いているのを気にもせず、そのまま玄関に手を引いて向かった


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