年間3桁映画を観た男が選ぶ2021年映画ベスト10
※当記事は12/22にtwitch上で配信した『年間3桁映画を観た男が選ぶ2021年映画ベスト10』のプレゼンの際に使用したメモ書きを手直しして記事化したものです。話し言葉をそのまま文字起こししている為読みづらい部分があるかもしれませんがご了承ください。
またtwitch上に配信のアーカイブも残っていますので時間のある方、ラジオ感覚で聴き流したい方は是非そちらもご覧ください。
当記事は有料設定してありますが全文無料で読めます。記事や配信を見て面白いと思ってくれた方は記事の購入やクリエイターサポートで支援頂けると今後活動していく上で非常に励みになりますのでよろしくお願いします!
前書き
お疲れ様です、SWDです。
2021年ももうすぐ終わりますが、皆さんはこの一年いかがだったでしょうか。
私はというと昨年末に某ウイルス陽性が判明し年末年始を丸々病室で過ごしたり、3年程勤めた会社を色々あって退職したりと様々な不運が重なり大変な年でした。
そんなこともあり比較的自由な時間が多かった一年だったのですが、これを機に観たかった映画を纏めて観ようと発起しまして、年間200本鑑賞を目標に新作旧作問わず映画を観て、感想を纏めてきました。
これだけ映画の感想を書いておきながら、形に残るようにアウトプットしないのは勿体ないと感じたので『年間3桁映画を観た男が選ぶ2021年映画ベスト10』と題しまして、僕が個人的に「これは歴史に残る傑作だ!」と思った作品10本をランキング形式で、ついでに「これは最悪だ…」と思ってしまったワースト作品を2本紹介させて頂きたいと思います。
僕は普段マジックザギャザリングというカードゲームをプレイしていまして、映画に興味が無いという方には申し訳ない記事になりますが、既にNetflixやAmazonプライムなどの各種配信サイトで配信されているものもございますので、年末年始のおうち時間の参考にしていただければと思います。
というわけで、まず僕が今年映画を何本観たかを発表したいと思います。今年観た本数は…
新作81本、旧作119本の計200本鑑賞致しました!
まあ多く観たからと言って偉いとは全く思いませんし、本数の中には配信で流し見したものから複数回観たものまで様々ございますのでご参考までにといった感じなんですが、今年の初めに目標として掲げた200本は何とか観れたということで、個人的には満足しております。
基本的にはTwitterで感想を書くようにしているんですが、Filmarksという映画レビューサイトではTwitterに書き逃した映画のレビューやより詳しいレビューも上げていますので、もし今回の配信で興味を持ってくれた方はそちらもフォローして頂けると有難いです!
何点か注意事項があります。
・批評、考察ではなくあくまで素人の感想です。
・TOP10で挙げた映画が合わなかった人、逆にワーストで挙げた作品を楽しんだ人を否定するわけではありません。
・最近になって映画を見始めたにわかファンなので的外れなことを言うかもしれませんが温かい目で見守っていただけると幸いです。特に過去の有名作品やシリーズモノは抜け落ちてるものが多いので正当に評価できてないものが多いです。
・多くの方が作品を視聴して既に魅力が語りつくされたであろう作品に関しては今回ランキングから外させていただきました。あくまで自分の言葉で皆さんに紹介したいもの限定という感じです。(例 シンエヴァンゲリオン、花束みたいな恋をした等)
・ネタバレについては基本避けますが、内容を全く入れたくない!という方はご注意ください。
というわけで前置きめちゃくちゃ長くなってしまいましたが早速ランキングの方、発表していきます!
第10位 『聖地X』
早速参りましょう、第10位はこちら!『聖地X』
こちらは岡田将生さんと川口春奈さん主演の邦画ですね。監督は『サイタマノラッパー』シリーズ『AI崩壊』などの入江悠監督でございます。
いやー来ましたね!こちら11月公開の作品なんですが滑り込みでランクインしてきました。直前まで他の作品と競ってたんですが、どうしても入れたい!という感じでねじ込ませて頂きました。
物語は川口春奈さん演じる要という女性が結婚相手の男に風俗や不倫に生活費を500万円も使い倒されてしまい、岡田将生さん演じる兄の輝夫が住む韓国の別荘に逃げてくるところから始まります。これが凄い豪邸なんですが、この兄がお金持ちで有能かというとそうではなく、むしろ逆ですね。小説家になるという夢を追いかけながら両親が残した莫大な遺産で生活している、いわばニートなんですがそこも少し物語に絡んでくるといった感じです。
そんな中、要の夫が突然韓国に現れるんですね。今更何しに来たんだと問い詰めると、どうやら要と過ごしていた記憶が抜け落ちているみたいだと。しかも日本の職場に確認すると夫は普通に働いているようだと。一体これはどういうことなんだ~っていう話なんですが…これだけ聞くとなんのこっちゃって感じですよね。
とにかくネタバレをせずに一言で面白さを説明しろと言われると難しい上に、人によっては何が面白いの?と言う人もいるかもしれないくらい賛否が分かれる作品なので手放しでオススメはできないかな、という感じでこの順位なんですが…個人的にはもっと上位にしてもいいくらい愛すべき作品だと思いました。
この映画、説明が難しい要因としてジャンルを一つに絞れないというところがあるんですね。
宣伝や予告などではドッペルゲンガーがテーマのホラー映画という風にパッケージングされているんですが…実際蓋を開けてみるとスリラー、サスペンス、ミステリーの要素もあり、SFの要素もあり…何より観終わった後には上質なコメディを観たような、そんな後味も残る不思議な作品だったんですね。『世にも奇妙な物語』っていうオムニバス形式のドラマがありますけど、あれの2時間版っていうのが分かりやすいかな。
映画を観た僕からすると、予告はおろかこのポスターすら詐欺だろ!と思いますけども(笑)いい意味でね。
あと僕が今まで見たことのある映画だとホラー映画の巨匠、黒沢清監督の『散歩する侵略者』という映画が近いなーと思ってたら、原作が今作と同じ劇団イキウメさんということで驚きました。
『散歩する侵略者』は地球にやってきた侵略者達が人間の概念…“家族”“仕事”“友情”“愛”などの概念を奪っていくという話でこちらもめちゃくちゃ面白いSFサスペンスなんですが、今作『聖地X』もそういったSFの要素があるんですね。
というのも、今作は近年のJホラーの流行である「事故物件」や「土地に住む呪い」といった極めてオカルト的な題材を扱っていながら、その解決自体は凄く理詰めで行われるんですよね。
理詰め、といっても実際の科学に基づいた理論ではなくあくまで劇中設定に基づいた嘘科学といった感じなんですが…もしかしたらこの呪いってこういう理屈で成り立ってるんじゃないか?という仮説を立てて実験と検証を繰り返していく一風変わったホラーなんですね。
劇中でも「所詮データでしかない」という印象的な台詞がありますけども、所謂オバケ、霊的なものに対してどこか俯瞰的な目線が保たれているのが面白いポイントです。
霊的なものがどのようにして人間の心に現れ、目に映るのか、その過程を僕たちに分かりやすく見せてくれるような非常に新しい試みをしているんですね。
そしてそんな難解で攻めた設定に説得力を与えているのがオール韓国ロケで行われたというビジュアルの豪華さですね。
原作では全て東京が舞台になっているらしいんですが、いるはずのない夫が何故か目の前にいる、という不気味さが更に強調されていますし、異国に迷い込んでしまった不安感というのもプラスされていて良い改変だと思いました。呪いを祓う為に祈祷師を呼ぶシーンとかもあるんですけど、その辺りの異文化に触れてしまった感も『ミッドサマー』などのカルトホラーに通じる辺りだと思います。
何より岡田将生さんと川口春奈さんの美男美女っぷりが韓国の街並みに映えるんですよね!
岡田将生さん、今年は『ドライブマイカー』や『Arc』といった作品でも素晴らしい演技見せてくれましたがこの作品でより好きになってしまいました。
今作、人間的に歪んでたり難があるキャラが多いんですがどこか憎めないキュートさがあって岡田将生さん演じる輝夫はその筆頭ですね。小説や映画に詳しいオタクな主人公の輝夫がオカルトに圧倒されることなく、最終的にはそのオカルトを利用して問題を解決していく、というのが非常に痛快なんです。
そんな歪んだキャラ達がドッペルゲンガー騒動を通して少し人間的に成長するようなラストも良いですね。観終わった後は誰もが考えさせられるような普遍的なテーマもあったりして…どんだけジャンルを詰め込むんだって話ですけども。
ちょっとこの作品に関してはネタバレ避ける為に抽象的にならざるを得ないんですが…とにかく上映中ずーっと変で、ずーっと気持ち悪くて、ずーっとおもしろー!って笑顔で観てられるようなそんな映画でした!
間違いなく人は選びますが、声出して笑っちゃいそうになるようなシーンもいっぱいある楽しい作品です!所謂スプラッター的なグロも全く無いですし、ホラーが苦手という方ほど先入観無しに観て欲しい内容になってますので是非ご覧ください!
第9位 『ラストナイト・イン・ソーホー』
続いて参りましょう、第9位はこちら!『ラストナイト・イン・ソーホー』
はい、公式のあらすじとかだともう少し踏み込んだ内容に触れているんですがひとまず伏せておきます。
こちらは先日公開されたばかりでまだ劇場でもバリバリ流れてる最新作ですね、なので少しでも気になっていたという方はこの記事を閉じて今すぐ劇場に観に行って欲しいくらい、それくらいネタバレに注意していただきたい作品でもあります。
僕自身は殆ど事前情報無しで2017年公開の傑作『ベイビードライバー』などで有名なエドガー・ライト監督最新作ということで鑑賞致しましたが…ミュージカルとカーチェイスアクションをミックスさせた『ベイビードライバー』を作った監督らしい、それでいて新機軸に挑戦している、複数のジャンルを横断する上質なエンタメ作品として楽しみました。これもまたジャンル分けができない系の作品ですね。
まあ、「あくまでエンタメ作品として」ですが…というカッコ書きをした上でネタバレに気をつけつつ紹介していければと思います。
物語は田舎町に住む60年代カルチャーが大好きな少女エロイーズが憧れのロンドン、ソーホーという街のデザイン学校に入学するところから始まります。
夢を叶えるために故郷を離れロンドンのデザイン学校に進学したエロイーズですが、憧れていた街でいきなり都会の洗礼を受けてしまうんですね。
タクシーの運転手にはセクハラされるわ、意地悪で性に奔放なルームメイトは寮で勝手にパーティを始めて男を連れ込んでくるわ…想像していた大学生活とは違う!となるわけですね。そして啖呵を切って出ていった手前お母さんにも悩みを話せない…という田舎の純朴な少女が悩む序盤の展開です。
エロイーズ、そんな環境に耐えかねて寮を移って借りた下宿で、毎晩自分が60年代のソーホーで歌手を夢見るサンディという女の子になっているという、不思議な夢を見るようになるんですね。
夢の中で憧れの時代にタイムスリップすることができたエロイーズは夢の世界に生きるようになっていくんですが、次第に夢で起こったことが現実にも影響していき、どんどんと精神が蝕まれていくという…少し説明しただけで要素が多い作品でございます。
冒頭新聞紙で作ったドレスに身を包んだエロイーズの素晴らしいダンスシーンから始まる今作、ミュージカル映画?青春映画?と思う方もいるかもしれません。勿論その要素もあるんですが、上映時間が経つにつれタイムスリップSF、スリラー、ホラー、ミステリーと様々なジャンルが混在していくんですね。
僕が特にその中でもこれは!と思ったのはフェミニズム映画としての要素ですね。女性の恐怖、女性が男性から受ける視線の恐怖を描くフェミニズムホラーとしての要素が色濃いかなと思いました。
エドガー・ライト監督自身、この映画を作った経緯として自身の母親のエピソードを語っています。僕は自分が生まれる前のロンドンや60年代のカルチャーが大好きなんだ、ということをお母さんに語ったところ当時ソーホーで男性に嫌がらせをされて怖い思いをしたという話を聞いたそうなんですね。
今を生きる自分たちにとっては「古き良き時代」でも当時を生きた人間、特に女性の視点で見るとそうではなかったのでは?という疑問からこの映画を製作したそうです。
実際ソーホーという街は輝かしいショービズの中心地でありながら、同時に一つ道を挟んだ裏通りではストリップクラブや売春宿が蔓延る悪の巣窟だったという話もあります。日本でいうと…新宿歌舞伎町のもっと酷い版と言えば分かりやすいでしょうかね?
ともかく、監督が愛するカルチャーへラブレターを捧げつつ、同時に過剰なノスタルジーを抱いて過去を美化することへの警鐘も鳴らしているのが本作『ラストナイト・イン・ソーホー』です。
また今作、モチーフとして鏡というアイテムが印象的に映ります。
冒頭のタクシーのシーン、車のミラー越しに運転手の男がエロイーズの脚を見ながら酷いセクハラをしてくるという場面に顕著ですね。能動的に「見る」男性と、受動的に「見られる」女性の関係です。
映画においてこういった「見る/見られる」の関係が逆転する瞬間が最もスリリングだというのは有名な話ですが、今作でのエロイーズは夢の中でサンディという女性と同化しながら自分からは行動を起こせないという特殊なキャラクターなんですね。サンディを「見る」立場でありながら同時にサンディとして「見られる」立場でもあると。
この辺り、ちょっと僕の説明が上手くないので伝わってるか怪しいんですが、とにかくそういった鏡を利用した「見る/見られる」の関係が中盤以降の展開でどのように変化していくのか、という視点で見てみても面白いんじゃないかなと思います。
ネタバレ無しで話せるのはここまでですかねー…あとは前述したミュージカルシーンの音楽やダンス、60年代のロンドンの街並みを再現した美術も勿論素晴らしいですしね。
あ、言い忘れてたんですがこの映画、激しい光の点滅があるシーンがございますのでそういうのが苦手な方は注意して欲しいのと、題材的にしょうがないことではあるんですが…性暴力のシーンというのも結構直接的に描かれてる部分がありますので少し覚悟が必要な辺りです。
後はホラー描写についてですが、所謂ジャンプスケアと呼ばれるものですね。静かな画面からいきなりワッ!と大きな音が鳴ってびっくりさせるようなものが多いので、苦手な方は注意してください。結構この映画の感想で新感覚のホラーだったっていう人も多いんですが構成や設定が新しいだけでホラー描写はかなり古典的なものですね。
その辺りホラー描写が物足りなくて評価を落としたって方も中にはいるんですが、僕は別の部分でモヤモヤしたところがあって…というのを含め、セットで紹介したい作品がありますのでこのまま8位行きたいと思います!
第8位 『最後の決闘裁判』
というわけで第8位はこちら!『最後の決闘裁判』
監督はエイリアンシリーズやブレードランナー等数多くの作品を手掛けてきた巨匠リドリー・スコット監督でございます。
はい、というわけで『ラストナイト・イン・ソーホー』の流れからもう一つ、女性映画の傑作を紹介したいと思います。
この映画、今回取り上げるべきか最後まで迷ったんですよね…というのも映画としては凄く地味で重い内容ですし、非常にセンシティブな題材を扱っていることから紹介する人間の人権意識みたいなものを問われるような作品にもなってて。
実際にとある日本の映画監督の方が自身のブログでこの映画に関する物凄~く的外れな評を書いてしまったところ、批判が殺到して炎上みたいな話もありましたしね。でも、『ラストナイト・イン・ソーホー』を上位に入れてこれを入れないのはやっぱり違うなってことでこの順位に入れさせていただきました。
この物語は600年以上前のフランスで実際に行われた「決闘裁判」を基に強姦被害を訴えた女性とその夫、そして被告の3人を描いた作品です。
「決闘裁判」って何?って話をすると、訴えた原告と被告の証言が食い違って証拠も出てこないとなった時、決闘をすれば神が正しい方を勝利させてくれるはず、という当時の信仰に基づいたとんでもない制度なんですが…タイトルに「最後の」とあるようにこの事件以降決闘裁判は行われなかったそうなんですね。
何故これ以降に決闘裁判が行われなかったのかというとこの事件が歴史上で未だにダメな裁判の例として挙げられるほど真実が不明瞭で真相が分からない事件だったからですね。
この物語、原作のノンフィクション小説では実は女性側が被告を嵌めようとしたんじゃないか、冤罪だったんじゃないかという視点もあるみたいなんですが、今作では被害女性の夫、被告、女性の3人の視点を1章2章3章という3幕構成に編集して一つの真実を描くという構成になっています。
こういったミステリーだと普通はそれぞれの視点ごとに言っていることが全然違うという描き方が普通ですよね。その方が観客は一体誰の言っていることが真実なんだ?と惑わされますし興味が持続しますから。
しかしこの映画では起こる出来事は同じだけど、それぞれの立場や心情によって受け取り方は違うという描かれ方をしているんですよね。同じ場面を繰り返し描いてるのに、何かが違うと。
印象的なシーンとしては、やはり劇中2回繰り返して映される強姦シーンですかね…こちらも『ラストナイト・イン・ソーホー』と同じくPG12とは思えないくらい生々しくて胸糞が悪いシーンなので非常に閲覧注意なんですが、この描き方が凄まじかったですね。
男性視点ではその前に行ったパーティーで趣味の話で盛り上がったし、何ならあっちもそんなに抵抗してなかったし大丈夫だろ!みたいな描かれ方なんですが女性視点で見るとパーティーの段階で男の悪い噂を耳にしてて警戒してるのにグイグイ来て凄い怖がってるのが分かるし、問題のシーンでも何度も声を上げて抵抗してるのに無理やり襲われてるのがハッキリと描かれてるんですよね。
今作はそんな、人間の「自分に都合の良いことだけを切り取ってしまう歪んだ認知」に関するミステリーとして前のめりに見られましたし、何というか裁判ってこういう証言の食い違いを擦り合わせて真実を証明するためにあるんだな…と改めて思わされましたね。同じシーンを繰り返し描くことから上映時間が長いとか退屈という意見も観るんですが、自分はこれが正しい描き方かなと思いました。
これだけ聞くとただただ胸糞が悪い冗長な話と思われる方もいるかもしれません。実際上映時間2時間半のうち殆どは先ほど書いたような同じ場面の繰り返しですからね。
ただそこは巨匠リドリースコット監督、ラストに見せ場を用意していてそれがまさしく決闘裁判の場面ですね。
ラストの決闘裁判では夫のカルージュと被告のル・グリが闘うんですが、もし夫が負けてしまったら妻のマルグリット諸共罪人として火あぶりの刑を受けることになるという…とんでもなく理不尽な決闘なんですね。これまでの経緯を観ていた観客は否が応でも手に汗を握って夫を応援せざるを得ないわけです。
ラストでどちらが勝つかはここでは言いませんが…「これで本当に良いのか?」という非常に考えさせられる結末が待っています。
この手の作品、少し間違えれば偏ったメッセージを発信しかねないわけですがそこはリドリー・スコット監督、徹底した俯瞰目線で作品をコントロールし切っています。
劇中で常に強調されるのは男性社会の異常性、というよりそんな社会を構築しているシステムの異常性です。
象徴的なのはマルグリットの義母のキャラクターですね。苦痛に耐えかね裁判を起こしたマルグリットに対して、何だそれくらいで!私だってそれくらいされたことあるけど我慢したんだぞ!と追い詰めるんですね。むしろそれが美学だと思い込んで声を上げる女性を糾弾するわけです。
同性すら味方ではなく、全ての存在がこの異常な社会に加担しているんだと気づいてしまう、絶望的なシーンですよね。
またそんな異常な社会が構築されている要因の一つに当時の宗教問題も絡んでくるんですね。分かりやすいところだと「聖職者特権」という言葉も出てきます。組織ぐるみで聖職者の性加害を隠蔽していることが示唆されるような描写もあると。
またマルグリットと夫の間には中々子供が産まれなかったという背景があるんですが、当時は女性がオーガズムに達しないと子供が産まれないということが信じられてたらしいんですね。現代を生きる僕たちにとってはそんなバカなことあるかよっていう話ですが、劇中でも裁判中「夫との性交中はオーガズムに達していましたか?」みたいなことを根掘り葉掘り聞かれてしまうというとんでもない胸糞シーンがあるんですね。
要は浮気を疑われてるんですが、そういった女性の性被害によるセカンドレイプの問題も描いていると。
リドリー・スコット監督、調べてみるとキャリアの初期にはまさにこういった決闘を男性の目線から描いた『デュエリスト/決闘者』という映画を撮られているんですが、ちゃんと価値観を2021年の現代にアップデートして今作を撮っているというのが凄まじいですね。御年84歳にして、未だこのバランス感覚を保てているのか!という。
個人的にはラストカットの切れ味が凄いなと思いましたね。最初は二人の騎士の名誉を賭けた戦いに見えた決闘が、最後にはとてつもなくバカバカしい儀式にしか見えなくなるという…。
ということで非常に地味かつ実際興行的にも失敗してしまった映画ではあるんですが…役者陣の演技に唸り、現代にも通じる問題に考えさせられ、そして最後には手に汗握りスクリーンに食いついてしまう文句なしの傑作映画でした。
先ほど紹介した『ラストナイト・イン・ソーホー』は個人的にエンタメとしての完成度は申し分ないと思いつつも、女性映画としては女性が男性から受ける目線の恐怖をホラー的な恐怖と一括りにしてしまっていいのか?という疑問が残る作品でしたので、精神に余裕がある時に2作セットで観ていただいて、好きな方を選んでいただくというのがオススメの見方かなと思います!
第7位 『街の上で』
続いて第7位はこちら!『街の上で』
こちらは若葉竜也さん主演の邦画で、監督は『愛がなんだ』『his』『アイネクライネナハトムジーク』 などで有名な今泉力哉監督でございます。
あらすじは書いてある通りなんですが…まああってないようなものですね!下北沢に住む青年の奇妙な日常を切り取った作品なんですが、この話の規模感で上映時間130分というのにまず驚かされます。130分を通して人が死んだり警察が動いたりするような大きな事件は全く起きないんですが、何故かずっと見ていられるという…不思議な映画体験をさせていただきました。
というのも、各シーンがそれ単体で見ても成立するような、上質なコント、コメディとして成立しているんですね。かといってそれだけの作品かというとそうでもなく…個人的には今泉監督の創作論の片鱗を垣間見た作品でもありました。その辺り監督のキャリアを振り返りつつ話していきたいと思います。
今泉力哉監督、長編映画デビューは2010年ですが何といっても映画ファンが監督の名前を知るキッカケになったのは2019年の『愛がなんだ』ではないでしょうか。
角田光代さん原作の小説を実写化した今作は20代の女性を中心に大きな共感を呼びロングランヒットしていましたね。以降は精力的に新作を発表し続け、2021年だけでも今作を含め『あの頃。』『かそけきサンカヨウ』と3作の商業映画を公開しているというバイタリティですよ。最近ではキングオブコント2021のOP映像なんかも製作してたりと、多方面で活躍されていますよね。お笑い好きの自分としても嬉しいサプライズでした。
そんな今泉力哉監督ですが、とにかく作家性が強い監督として知られています。
作品に通底しているテーマは「好きという感情を肯定する」ということだと思います。男女の恋愛は勿論、年齢や性別、立場や倫理を越えた愛など様々な形の愛を描かせたら右に出るものはいない監督です。
また物語の中で登場人物が成長しない、成長を描かないという作劇上の特徴もありますね。ダメな主人公が何かのキッカケで成長しハッピーエンド、という一般的な作劇とは違う余韻の残る脚本が特徴で、それ故に観た後に誰かと語り合いたくなるような話が多い印象です。
今作は下北沢映画祭というイベントにあたり製作されたもので、全編を東京下北沢の実際にある風景を使ってロケしています。
下北沢と言えば東京の中でも特に古着、演劇、音楽、アートなどサブカルチャーが栄えるおしゃれな街として有名ですよね。バンドマンや劇団員など、夢を追いかける若者達が多く住んでいる街としても知られています。今作はそんな下北沢を舞台にしているだけあって常に創作の影がちらつくんですね。
そもそも今作が映画を作る話というのも示唆的です。映画監督、題材に困ったら映画作る話作りがちという説が自分の中であるんですけども、自分が見たことあるのだと『ニューシネマパラダイス』であったり『カメラを止めるな!』であったり最近だと『映画大好きポンポさん』なんて快作もありましたね。とにかく「映画を作る映画」はそれだけで作り手の映画論、はたまた創作論を作品内に盛り込みやすく、映画向けの題材と言えるわけです。
さてそんな映画を作る映画『街の上で』で今泉監督が伝えたかったことは何かというのを僕なりに解釈すると「世間に否定され、零れ落ちてしまうような存在こそ拾い上げて肯定したい」ということだと思うんですね。
どういうことか。主人公の青は夢を追う若者が住む町下北沢に住んでいながら殆ど客が来ない古着屋の店番をしながら取るに足らない日々を過ごしています。
そんな青が映画学校に通う町子という女性に声をかけられ自主映画の製作に関わり始めるのですが、結論から言いますと青の出演シーンは全てカットされてしまいます。そりゃそうですよね、演技経験もないド素人が突然映画に出演しても観客からすれば違和感しかないでしょう。
ですが、この青の演技がカットされてしまったことに対してとあるキャラクターが「これは存在の否定だ」と言って町子と対立するシーンがあるんですね。僕はここにこそ今泉監督のメッセージが詰まっているのではないかと感じました。
この映画、冒頭からして青が付き合っていた彼女に突然別れを告げられるところから始まるのですが、これが未練たらたらでどうにも歯切れの悪く情けないものなんですね。ドラマのようにかっこいい別れじゃないんです。
あと、この映画は全編を通して何か事件が起こりそうだなーお話が動きそうだなーと思っても次のシーンでは何事もなく日常に戻っていたりして、全く事件が起こらないんですよね。
ライブハウスで初対面の女性にタバコの火を貸してあげた…けど何も起こらないとか、劇団員の女の子と飲み会を抜け出して家に行く…けど過去の恋バナだけして終わったり…といったように、とにかく主人公の青は徹底的に「事件が起こらない人物」「普通の映画ならカットされる人物」として描かれるんですが、それって僕らの人生もそうですよね?
映画みたいにかっこよくない、ドラマチックじゃない取るに足らない出来事ばかりだけど、それらがどれほど愛おしいものか、改めて気づかされる、そんな映画なんです。
ここまで聞いて、小難しそう、退屈そうと感じた方もいるかもしれませんがこの作品が素晴らしいところはそんな日常を各シーンがそれ単体で見ても成立するような、上質なコント、コメディとして成立させているところですね。僕は序盤のTシャツを買いにきた男女の件がシュールで大好きですね。
そして終盤ではそれまで出てきた人物達が集合し、文字通り交差する最悪で最高な展開、とにかく笑顔になること間違いなしのラストが待っています。
今泉作品は性質上センシティブな表現に向き合った作品も多数ありますが、今作は大人同士の恋愛を描いていながらベッドシーンはおろかキスシーンすらないというところも全方位向けにオススメできるところです。
この辺り近作の『あの頃。』がアイドルを応援するオタクの話、『カソケキサンカヨウ』が家族愛、そして高校生同士の恋か愛かもわからないようなピュアな恋愛を描いていたのを見るに、作家性が煮詰まっていくにつれてどんどん描く「好き」の種類がプラトニックなものに進化していくのも面白い辺りです。
…余談なんですが今泉監督、めちゃくちゃエゴサーチをする監督としても知られていまして、かくいう自分もTwitterでこの作品の感想を呟いたところ「めちゃくちゃ芯をくったその通りの考察です」とのリプライを頂きまして非常に有難い限りでした…(現在当該ツイートは削除されています)
filmarksを始めたのも確かこれがキッカケだった気がしますし、自分の中で印象深いエピソードでした。だから忖度してこの順位だと思われると困るんですが(笑)
そんなわけで、今泉監督作品入門編としても過去の今泉監督作品ファンにもオススメな全方位向けの作品になっている『街の上で』是非ご覧ください。僕はこの作品に出てくる、中田青渚さん演じる城定イハさんという女性に恋をしてしまいしばらく眠れませんでした。オススメです。
第6位 『空白』
続いて第6位はこちら!『空白』
こちらは古田新太さん主演の邦画ですね。まあ、ほぼ松坂桃李さんとのダブル主演と言ってもいいですけども。監督は『ヒメアノ〜ル』『愛しのアイリーン』などで有名な吉田恵輔監督です。
この映画のテーマを一言で表すとするならば「コミュニケーションの暴力性」ですね。映画の冒頭で登場人物がこの世を去ってしまい、残された者たちは何ができるのか、な「喪失と再生」という普遍的な筋はあるものの、この映画の本質は実はそこではないんですね。その辺り監督のキャリアを振り返りつつ語っていきたいと思います。
吉田恵輔さんという方は自ら脚本の筆を執りコンスタントに新作を発表している凄腕監督ですが、同じ題材の映画を撮らないことで有名な監督でもあります。先ほど紹介した今泉力哉監督のように生涯を懸けて同じテーマを追求し続ける作家性の強い監督もいますが、吉田監督は真逆で一つの題材を撮るとそれで満足してしまうというか。新しい別の撮りたい題材を探し求めていくような方なんですね。
そんな吉田監督ですが、毎回題材が違っても通ずる作風があるとすれば映画のどこかでジャンルがスイッチする瞬間があるということです。
例えば『ヒメアノ~ル』という森田剛さん主演の映画では同僚の恋を応援しているうちに自分がその女性を好きになり三角関係になってしまう、というラブコメ的な入口から、久しぶりに会った学生時代の友達が中盤で猟奇的なサイコキラーだったことが判明する恐ろしいスリラーにスイッチします。
『愛しのアイリーン』という作品ではモテない中年男性がフィリピンで出会った女性とお金を引き換えに結婚することになるドタバタ劇から、最終的にはジェンダー、セクシュアリティ、人種差別などの社会問題にフォーカスし着地します。
このように中盤でジャンルがスイッチするという作劇上の特徴は「人間は多面的な存在である」という、吉田監督の根底にある作家性にも繋がってきます。
『犬猿』は性格も見た目も全く違う二組の兄弟と姉妹にフォーカスしたコメディですが、兄弟姉妹に対する親子とも他人とも違う、特別で裏腹な感情が繊細に、かつ大胆に描かれます。
そして今年公開の『BLUE』では万年負け続きのボクサーが同級生の天才ボクサーと冷やかしでジムに入ってきた新人ボクサーの板挟みになりながらもがく様を厳しくも優しいタッチで描いていました。この作品では一見飄々として見える主人公の瓜田が「ボクシングを続ける意味」をこぼす場面がそれに当たります。あの時登場人物があんなことを考えていたのか、という視点の転換が必ずあるんですね。
同じ監督の作品は一つだけという自分ルールにより今回はランク外とさせていただきましたが、こちらも何か一つのものに人生を捧げたことがある人にとっては『空白』以上に刺さるであろう傑作なので是非観て欲しいですね。
そして今紹介してきた過去の4作品はどれも入口がコメディで中盤からジャンルがスイッチするのに対し、今作は娘が交通事故で亡くなる悲惨な始まりから、これは笑っていいのか…?!という醜悪な人間達の群像劇に変わっていきます。コメディとシリアスのバランスがこれまでと真逆になっているという意味で新機軸に挑戦した一作です。
吉田監督、20年ほど前に実際にあった書店で起きた事件を元にして今回の話を書いたそうなんですね。まさしく劇中と同じように書店で万引きをした高校生が交通事故で亡くなってしまい、メディアに責任を求められた書店側も閉店を余儀なくされてしまったという…そんなニュースを見てどこか釈然としない思いを抱えていた監督が、昨今のネット社会での「何かと善か悪かをハッキリさせようとする二元論的な風潮」とニュースを見た時の感情が合致して、今回の話が生まれた…というようなことをインタビューで語っていました。
実際それも納得するのはこの作品、ポスターや予告から受ける印象として、クレーマー気質のモンスターペアレントの古田新太さんが気弱なスーパー店長の松坂桃李さんを理不尽に追い詰めていくスリラーなのかな?と思う方もいるかもしれません。実際私もそうだったんですが、本編を観てその印象はガラッと変わりました。
店長の青柳だけが一方的にメディアや世間のバッシングを受けるのではなく、それを過剰に追及する添田の側もまた異常だと取り沙汰されて、しまいにはワイドショーで叩かれたり、ネットのミーム化されていくんですね。この辺りメディアの描き方がいかにもステレオタイプで古い!と思われる方もいるかもしれないんですが、僕は正しい描き方であると思いました。
そして前述した吉田監督の作風である「ジャンルの変化」はここでも健在です。事件を捜査していくにつれ、青柳の過去の女子高生への痴漢や暴行といった疑惑が浮上してきて、花音は本当に万引きをしたのか?それとも青柳が性的暴行をしたのか?という謎を巡るミステリーになっていくんですね。
この辺り少しネタバレをしてしまうと、2時間の間にその明確な答えが出ることはありません。犯人捜しをするのではなく、むしろ誰が正義で誰が悪かということを印象だけでレッテル張りして断定する、僕たち観客に対して問題を投げかけるような内容になっているんですね。この辺りの塩梅が見事だと思いました。
また、青柳を追求する添田と対になる人物としてスーパーのパートのおばちゃんの草加部というキャラが出てきてこれを寺島しのぶさんが演じているんですが…このキャラがまあ~鬱陶しいんですね。
傷心の青柳を守るために添田と対立したり、町中でビラを配ったりと、とにかく過剰なまでの正義感を暴走させて事態を更にややこしくさせていくんです。
ここで重要なのは添田のコミュニケーションも草加部のコミュニケーションも、どちらも善か悪か、意識的か無意識的かの違いこそあれど、攻撃的で暴力性に満ちたものには変わりないという描き方です。
そしてそんな加害的なコミュニケーションしか取れなかった人物達が、終盤ある人物が取った行動によって加害的でない「謝罪」であったり「感謝」というコミュニケーションの別の選択肢に気付き始めるところで物語は一つの幕引きを迎えます。
終盤の展開に感動するか困惑するかはそれぞれの感想に任せますが、自分はコミュニケーションというものが本来持つ暴力性の抉り方に納得しかありませんでした。所謂鬱展開のつるべ打ちのような作品なのでメンタルに余裕がある時しかオススメできませんが、是非見て感想を共有してほしい作品です。
第5位 『サイダーのように言葉が湧き上がる』
続いて第5位は「サイダーのように言葉が湧き上がる」です!
監督は『四月は君の嘘』などのイシグロキョウヘイさんでございます。
こちらの作品、私はどうしても自分の人生と切っても切り離せない部分がありまして…というのも、この作品主人公が田舎の団地に住む少年で舞台は田んぼに囲まれた大型ショッピングモールなんですが、まさに僕自身が今年10月に引っ越すまで20数年の人生を団地で過ごした人間でして、この映画を観たのも自宅から車で数分の大型ショッピングモールという(笑)
なので没入感が半端なくて、鑑賞直後は「これは俺の為の青春映画だ!!」なんて鼻息を荒くしてたわけですけども、だからといってこの作品が田舎住みにしか共感できない作品なのかというとそんなことは無い!ということで魅力についてお話しさせて頂こうと思います。
で、まず最初にこの作品何が良いかって、全国規模で公開された商業アニメ映画としては異例のミニマルさですよね。90分というコンパクトな上映時間や田舎のショッピングモールが舞台というのは勿論なんですが、主人公が働くバイト先がショッピングモール内のデイサービスだったりクライマックスが町内のお祭りであったりと、常に良く言えば等身大な、悪く言えばダサい描写が続くんですね。世界の終わりもタイムリープも前世からの運命も無く、描かれるのは気になるあの人のSNSの投稿を心待ちにしたり、いいねが来てドキドキしたりというような現実の僕たちの身近な感情。それらを丁寧に積み重ねていく映画なんです。
じゃあ凄く地味な映画なのか?というとそうではなく、ポスタービジュアルからも分かると思うんですがこの作品非常に色使いがビビッドでカラフルなんですね。最近のトレンドである写実的、リアル志向の風景描写とは真逆の絵作りになっていてこの辺りも目が飽きないポイントです。
アニメならではのビビッドな風景描写と徹底的な現実描写、この二つで所謂細田守、新海誠的映画とは一線を画す作品になっています。
このビビッドな風景描写なんですが、単に画面に彩りを与える要素としてだけでなく作品のテーマとも合致しているように思いました。
この作品、ジャンル分けするとすれば勿論恋愛映画、青春映画ということになるんですが自分はそれ以上に創作を肯定する話、創作賛歌だという風に感じたんですね。
どういうことか。序盤のデイサービスのシーンでこんなセリフがあります。
「攝津の句には不思議と動きがありますよね」「景色に音を付けるとは…いかに」
攝津幸彦という俳人の句をチェリーが評した台詞ですが、日常の何気ない情景や感情に動き、音、色を付ける。これはまさしく俳句の意義でありアニメーションの意義ですよね。音楽の意義と言ってもいいでしょう。
俳句という一見映画向きでない題材を通して、日常を彩る全ての創作を肯定するのが今作のテーマなんです。
それを裏付けるように今作では二人の恋愛と並行してデイサービスの老人が古いレコードを探すという話が描かれるんですが、そこで語られるのは創作と人間の記憶は密接に結びついている、ということなんですね。
音楽を聴けば聴いた時の時間や風景が蘇るように、俳句もまた詠んだ時の感情や記憶を呼び覚ますものとして描かれているんです。
そんな形に残さなければ忘れてしまうような日常の風景を、鮮烈なアニメーションで切り取っているという。これもまた非常にテーマと合致していますよね。
製作のフライングドッグはアニメの映像製作の会社でありながら元々はレコードの販売会社でもあったということで、この辺り音楽、創作へのリスペクトを感じます。
ネタバレにならないよう話すんですが、終盤に出てくるあるアイテムが非常に象徴的ですね!物語の種明かしとしても、カルチャーと時の流れの関係を表しているという意味でも凄く秀逸だと感じました。
ここまでちょっとややこしい話をしてしまったんですが、そんなことを考えなくても主人公二人のキャラクターがとにかく良いので観て欲しいですね!
SNSに自作の俳句を投稿するのが趣味の少年チェリーと、小さい頃から姉妹で配信活動をしている女の子スマイル。
非常に現代的な設定かつ、対照的な二人なんですが二人の共通点として「他者を拒絶している」点が挙げられますよね。
チェリーは「音の出ないヘッドフォン」、スマイルは「コンプレックスの前歯を隠すためのマスク」でそれぞれ他者と距離を置いている二人ですが、そんな二人がコミュニケーションを通じて成長していく話としても凄く甘酸っぱくて切ないしキュンキュンできます。
特に杉咲花さん演じるスマイルがめちゃくちゃ可愛くて…個人的にマスク女子がツボというのもあって凄く刺さってしまいましたね。
2人の恋愛描写だと「集団の中での特別感」を描くのが非常に巧みだなと感じました。最初に言った気になる人からのいいねやフォローにドキドキするという描写は勿論なんですが、個人的にはスマイルの配信を観るチェリーの描写なんかも好きですね。画面上では何万人もいる視聴者の中の一人でしかないけど、確かに繋がっている…という。
極めつけはラストなんですが…もうこれは観てくださいとしか言いようがないですね!
もうとにかく溜めに溜めたエモーションが爆発する最高のシーンなんですが、ここでスマイルとチェリー以外の人物が何を見ているかに注目して欲しいです!集団の中にいながら、確かに二人だけの特別な世界を作りだす…非常に優れた演出だと思いました。とにかく見てくれ!
はい、ということで最後は思わず熱くなってしまいましたが…観た方は間違いなく今後夏になるたびに見たくなる映画リストに入る作品だと思うので是非ご覧ください!never young beachさんが歌唱を務めるテーマソング『サイダーのように言葉が湧き上がる』も最高なんですよね…。
ちなみにYouTube上の「サイコトちゃんねる」というチャンネルで監督のイシグロキョウヘイさん本人が今作の解説をしているので興味のある方はそちらもチェックして頂けるとより作品について深く知ることができると思います。
全三十回という大ボリュームでキャスティングなどの話は勿論、監督本人による絵コンテのコンセプトや音楽的なアプローチの解説など細かい部分にまで踏み込んでいて凄く興味深い内容なので是非そちらもご覧ください。
第4位 『ミッチェル家とマシンの反乱』
続いて第4位はこちら!『ミッチェル家とマシンの反乱』!
というわけで、こちらはNetflix独占配信のアニメ作品となっております。Netflixオリジナルというわけではなく元々は劇場公開される予定だった作品なんですが…このパターン最近多いですよね。
近年ではディズニープラスが『ソウルフルワールド』などの新作を配信限定で公開してたり日本でも『泣きたい私は猫をかぶる』というアニメ作品が延期を重ね、最終的にNetflixが権利を買って独占配信したなんて例もありました。
ともかく配信限定という事で知らなかったという方も多いんじゃないかと思うので紹介させていただきます。
監督はマイク・リアンダさんというこの作品が長編映画デビューの監督なんですけども、プロデューサーにフィルロード&クリストファーミラーというコンビが関わっています。
有名どころだと先日続編の公開も発表されたアニメ史に残る傑作『スパイダーマン スパイダーバース』や『レゴムービー』シリーズを手掛けた新進気鋭のチームなんですが、個人的にこの方々の名前があったらそれだけで絶対観る!というくらい大好きで。
あまり知られてない作品だと初期の『くもりときどきミートボール』や製作総指揮を務めた『コウノトリ大作戦』とかも面白かったです。とにかくハズレがないチームですね。
この製作チームの作風として、小ネタの多さとかオフビートでブラックなギャグのキレの良さやドラッギーな映像の気持ちよさがあるんですが、ただドラッギーな映像というわけではなく、毎回作品のテーマやモチーフに合わせた狂った映像を提供しているんですよね。
『スパイダーバース』ではアメコミ漫画がそのまま飛び出てきたかのような画面に始まり、複数の次元の画風も等身も違うキャラクター達が同時に存在するという難しい設定を見事に映像にしていましたし、『レゴムービー』では全てがレゴで構成された世界を海の波の一つ一つ、ビルが爆発した時の爆風までもをレゴで表現するという狂った拘りっぷりで、全編フルCGでありながらまるでストップモーションアニメかのようにレゴ達が動くという狂った映像を見せてくれました。
そして今作の主人公ケイティは映画が好きすぎて日常のあらゆる場面を脳内で編集して映画にしてしまう変わった女の子ですが、そんな彼女の脳内を見事に狂ったテンポと狂った密度で表現しています。
ギャグ以外の部分、物語についても少し語ります。今作はロボット、AIの反逆や家族の絆などプロットとしては王道中の王道の話なんですよね。
家族構成こそ若干違いますが、夫婦と子供二人、そして犬のロードムービーということで海外版クレヨンしんちゃんっぽいなと思いましたね。これまでの作品であったようなブラックなギャグも抑えめになっていますし。
そんな王道な話×王道なキャラクターが織りなすドタバタ劇、本当に面白いのか?といったところなんですが…これが面白い。単体ではありがちな設定を上手くミックスさせて唯一無二のものにしていると思いましたね。
フィルロード&クリスミラーのコンビ、毎回社会に馴染めない人物がフィーチャーされるのも特徴の一つなんですが、今回フィーチャーされるのは幼い頃から映画好きで自作のショートムービーを動画サイトに投稿している女の子と、それを受け入れられないデジタル嫌いでアウトドアマニアのお父さんという対照的な2人です。まあ、これ自体もよくある設定ですよね。映画の中に登場する映画好きのキャラが映画を否定するキャラと戦うという展開です。
しかしこのよくある設定、展開を家族の絆が復活するまでの物語と見事にマッチさせているんですね。
周りから変人一家と呼ばれているミッチェル家は「理想の家族」を目指して「理想の家族」を演じている家族として描かれています。
劇中でも家族が仲直りするためにカンペを見ながら台詞を読むシーンや、ケイティが本心を隠し、あえて父が喜ぶような嘘をつくシーンがありますが、今作はそんな演技と演出で嘘をついていた家族が本当の家族になるまでを描くんですね。
そしてそんな家族に喜ばれる自分を演じていたケイティがラストで本心を伝えるために選ぶ手段はというと…これもまた映画なんですね。現実で嘘をつき創作で本音を語る主人公。言わずもがな作り手を投影させたキャラクターですが、これ僕たちにも置き換えられますよね。学校や会社では本当の自分を出せていないけど、ネットの世界や趣味の世界でなら自分の気持ちを伝えられると。
単なるクリエイター賛歌、創作賛歌に留まらない非常に普遍的で射程の広いメッセージだと思いましたし、そんなメッセージを全く説教臭くなく、スマートに伝えきる手腕に感服致しました。
個人的に一番の泣きポイントはエンドロールですね!詳しくは言いませんが、彼らそれぞれに創作に世界を救われた瞬間があったんだなと思うとこみ上げるものがありました。
というわけで『ミッチェル家とマシンの反乱』老若男女問わず全方位にオススメしたい傑作アニメ映画でした!
個人的にはとある有名なおもちゃが襲ってくるシーンとか、2000年代を過ごしたオタクなら絶対知ってるとある曲が流れるシーンとか、印象的なギャグも紹介したかったんですがその辺りは是非自分の目で確かめていただければと思います!
第3位 『ベイビーわるきゅーれ』
続いて第3位はこちら!『ベイビーわるきゅーれ』
いやー最高でしたね『ベイビーわるきゅーれ』。
監督は2018年公開の『ファミリー☆ウォーズ』という映画が商業デビュー作の新人監督阪元裕吾さんという方でこの監督の作品を観るのはこれが初めてだったんですが…いやー1996年生まれの自分と同い年なのが恐ろしいくらいですね!
この作品、僕自身はそういう偏見が一切ないという前置きの上で、ただでさえ舐められがちかつ扱いも難しい和製アクション×女性バディモノという一歩間違えれば大事故になりかねない題材ですが、そのハードルを軽々越えてきましたね。実際公開規模も小さめで予算も商業映画にしてはかなり少なかったようなんですが、7月公開ながら都会ではまだ上映してる館もあるくらいのロングランを記録しています。
で、何がそこまで愛される作品になっているかというと、まず一つはキャラクターコンテンツとして優れている点ですね。
阪元監督は所謂バイオレンス映画を得意とする監督なんですが、アニメオタクであることも公言されています。実際今作の主人公であるちさととまひろはアニメ『ガールズ&パンツァー』のカチューシャとノンナというキャラクターをイメージしたそうで面白いですよね。
劇中でも「ひぐらし」(言わずもがな『ひぐらしのなく頃に』)というワードがさりげなく出てきたりまひろが部屋で読んでいる本が『デュラララ!!』だったりとやたらと「この世代のオタク」の解像度が高いんですよね。
冒頭からして面接先のコンビニ店長がTwitterなんかによくある「野原ひろしの嘘名言」を引用しながら説教してきてウザいから殺しちゃった…というところから始まったり、絶妙に嫌なネットあるあるが散りばめられているのも特徴です。
少し話が逸れてしまいましたが、今作は殺し屋稼業という物騒なテーマでありながら、二人の社会に馴染めない女子二人のゆるい日常会話をベースにしているんですね。さながら日常系ほのぼの殺し屋映画とでもいったところでしょうか。「人が20人くらい死ぬあずまんが大王」という方もいらっしゃいますが。
そんなベイビーわるきゅーれですが実写邦画としては非常に珍しい試みもありまして、何と主演二人の歌唱によるキャラクターソングが劇中で流れるんですね。そしてパンフレットには劇中歌に加えて撮りおろしのラジオドラマまで入ったCDが付いてくるという。どこの深夜アニメだという話ですけども。
そんな公式の至れり尽くせりもありましてTwitter上では#ベビ絵というハッシュタグで無数の二次創作が今なお生まれ続けているという…オリジナルの実写邦画としては前代未聞の動きですよね。
とにかくオタクの心情を理解した監督が作るキャラクターコンテンツとしても優秀なわけです。
で、二つ目の魅力は女性主人公の描き方ですね。
近年流行のジャンルにガールズエンパワーメントモノというものがありますよね。僕自身も100%理解できてるわけではないんですがめちゃくちゃザッックリ説明すると女性が経済的・政治的に自立して社会地位を向上させることをテーマにした作品群のことですね。女性映画、フェミニズム映画と分類してもいいかもしれません。
今年公開だと『プロミシングヤングウーマン』や今回紹介した『ラストナイトインソーホー』『最後の決闘裁判』もそうですし、近年ではヒーロー映画やプリンセス映画にもその流れは影響しています。MCUの『ブラックウィドウ』DCでは『ハーレイクインの華麗なる覚醒』ディズニーの『ミラベルと魔法だらけの家』などなど…例を挙げるとキリがない上に僕自身観れていない作品も多いのであまり踏み込みませんが、正直、正直食傷気味なところもありますよね。
勿論今なおそういった性差別や職業差別に苦しむ女性がいることに目をつぶるわけではないですが、人物の挫折を描く関係上どうしても胸糞が悪いシーンが描かれがちですし、扱う問題が問題だけに間違ったメッセージを発信してしまう危険性も孕んでいます。冒頭に一歩間違えれば大事故になりかねない…と言ったのはそういう点もありますね。
阪元監督自身もそんな風潮に疑問を抱いていたようで、今作の公開後の8/13日にこんなツイートをしていますね。少し過激な言葉も使われていますが引用させていただきます。
「なぜ女の悲しみを描くためにレイプシーンばかりが撮られるのか、ヤリチンに捨てられるシーンが必要なのか。そういう疑問があって、たとえ復讐じゃなくても、男に傷つけられた過去がなくても、女の人が戦う映画を撮れるんだという気持ちがありました。」
ということなんですが…この監督の疑問は何もガールズエンパワメントモノに限らず、バイオレンス映画全般にも向けられていますね。公式サイトの宣伝文には「殺し屋の映画」=暗い?殺された妻の復讐?「明るい殺し屋映画」があってもいいじゃないか!といった一文がありますね。これ、劇中の殺し屋会社のシステム含め明らかに「ジョンウィック」シリーズ意識してるだろと思うんですが(笑)
とにかく女性が闘う映画を撮るにあたって必ずしも復讐や挫折を描く必要はない、というメッセージを感じたんですね。
僕はこの映画、劇場での鑑賞と地元の映画祭で行われた舞台挨拶で2回観たんですが、舞台挨拶でも「女の子主役のアクションを作る上で肌の露出をさせない、ダサい服を着せない」というこだわりがあると語ってまして、そういった拘りもキャラクターコンテンツとして愛される要因でもあるなと感じた次第です。
で、三つ目の魅力は…アクションの質ですね。
ここまでの話を聞いて、キャラクターも良いし志も高い作品なのは分かったけど肝心のアクションはどうなんじゃいと思った方いると思うんですが、安心してください。僕が今年観た映画で一二を争うクオリティでした。
それもそのはずで、アクション監督が園村健介さんという『GANTZ』『ディストラクション・ベイビーズ』などの素晴らしいアクションを担当された監督というのもあるんですが、何より主演の一人であるまひろ役の伊澤彩織さんの力が大きいですね!ポスター左のショートカットの方なんですけども、何とこの方『キングダム』『るろうに剣心』などのアクションを担当された現役のスタントウーマンでして、この方のアクションがまー凄かったですね。
流石に予算の関係上大きなアクションシーンは限られてるんですが、特に序盤のコンビニ内の集団戦闘と、クライマックスでのあるキャラクターとのタイマンバトルが凄かったですね…所謂演舞的な、ダンスのような華麗なアクションというよりは目の前の相手を殺すためだけの泥臭いアクションといった感じで思わず息を呑んで見てしまったあたりでございます。
もう一人の主役、ロングヘアーの方のちさと役高石あかりさんも良かったですね。流石に本職の伊澤さんと比べるとアクションのキレは落ちるんですが、その分物語的に美味しい役割が与えられてて、トータルの印象でいうと見劣りしないように上手く配分されてるなと感じました。
何でも舞台版の鬼滅の刃の禰津子役も務められたそうで、劇中でも竹に見立ててちくわを咥えてる場面がチラッと映るファンサービスなんかもありましたけども(笑)とにかくこれからに期待の女優さんですね。
というわけでちょっとややこしい話もしてしまったんですが、ギャグの質、アクションのキレ、キャラクターの魅力、志の高さ、全てにおいてレベルが高く低予算映画と侮ってはいけない大傑作でございました。個人的にはこの座組で何本も続編を観たくなるような本当に魅力的な作品だったので、皆さんも是非ご覧ください。
…と書いていたら丁度先日、続編の製作が発表されたようで!おめでとうございます!
いやー本当に純粋に続編が見たいと思っていたので非常に楽しみですね。ということで今後の展開にも期待な『ベイビーわるきゅーれ』滅茶苦茶オススメです!
第2位 『哀愁しんでれら』
続いて第2位は…『哀愁しんでれら』です!
監督は今作が商業映画デビューの渡辺亮平さんです。
いや〜来ましたね。こちら2月公開ということで上半期の作品なんですが、年末になっても観た時の衝撃が忘れられず、この順位となりました。
この作品はTSUTAYAクリエイターズプログラムという優れた脚本に賞を贈るコンテストがありまして、そちらの2016年度のグランプリ作品が満を辞して映画化されたという経緯がございます。
監督は渡部亮平さんという方で、この方元々『3月のライオン』や『ビブリア古書堂の事件簿』などの実写作品で脚本家として活動されていたんですが、今回TSUTAYAクリエイターズプログラムの受賞を受けてメガホンを取ったということで商業映画の監督はこれが初なんですね。
まだ弱冠32歳ということで、これからに期待が持てる監督だと思います。
というわけで一見順風満帆に見える監督の経歴なんですが…今作は2016年度の受賞から今年2021年の公開まで漕ぎつけるのに非常に苦労した作品なんですね。というのも、内容はとにかく面白い…面白いんですが過激すぎて脚本をそのまま公開するのは難しい、もっと観た人が明るい気持ちになって劇場を出られるラストにできないか、と某大手配給会社に言われたそうなんですね。その後紆余曲折ありクロックワークスさんという、こちらも中々尖った海外作品の配給などを多く手掛けている配給会社さんに拾われて公開が決定したそうなんですが…辛抱強く探し続けて良かったなと思える出来になっていたと思います。
この作品、色々なメディアで言及されていることですがヒロインの土屋太鳳さんが3度オファーを断ったというエピソードが有名ですね。
シナリオを読んだ土屋太鳳さん本人曰く「凄く警戒心を抱いた」そうなんですね。要は、物語終盤に起こる事件とそれまでの流れにどうしても納得できないと。ただ胸糞悪くて意地悪なものを見せてやろうっていう作品なんじゃないかと思って断り続けたらしいんです。
3回も断られたら普通はオファーする側が諦めそうなものですが、監督の渡部亮平さんは土屋さんの真面目過ぎる感じ、例えばInstagramの投稿を一つとっても物凄く長文を書くような異常な真面目さが小春という人物と凄くリンクして見えたようで、この役に合うのは土屋太鳳さんしかいない!っていって根気強くオファーし続けて、4回目に台本を読んだ土屋太鳳さんが「この役が『誰か私を見つけて』って探してるような気がする」と思って覚悟を決めた、という。もうこのエピソードからして監督の審美眼は間違ってなかったなと感じる逸話ですけども。
で、対する田中圭さんはどうかというともうシナリオを読んだ瞬間これは面白い!となって即OKしたらしいんです(笑)
この対照的なエピソードを聞くだけで分かると思うんですが、主演の二人でさえそれくらい真っ二つに意見が分かれるような作品なので、人によってはもう二度と見たくないとかそういう気持ちになる方もいるかもしれません、ただ僕にとってはとんでもなく刺さったし、この作品が描く社会に対する問題意識みたいなものについても納得度が高かったという話を少しさせてください。
渡辺監督、この脚本を書いたキッカケとして二つのエピソードを語っています。
一つは学校にクレームを入れて運動会を中止にさせてしまった親のニュースを見た時の感情から。劇中でも同様のニュース映像を見た小春が「バカな親」と呟くシーンがありましたが、監督は怖いなと感じたと同時に「でも自分は子育てもしたことないしその親子にも何か事情があったのかもしれない」と考え直したそうなんですね。今作ではそんなモンスターペアレントと呼ばれる人たちの目線に立って「僕達も何かの間違いで道を踏み外してしまうかもしれない」と考えさせられるような話になっているんですね。土屋太鳳さんが当初懸念していたような意地悪なだけの作品ではないと。
二つ目は自身の失恋経験から。監督、自分が密かに好きだった女の子が突然知り合って間もない別の男と数カ月で結婚してしまったことがあるそうなんですね。その時に「大丈夫なの?結婚してから実はヤバい人だったらどうするんだろう…」と思ったことからこの企画が生まれたと。
言うまでもなくシンデレラのおとぎ話がモチーフになっている今作ですが、劇中にも「白馬に乗った王子様より外車に乗ったお医者様でしょ」とか「靴のサイズが合っただけで結婚するとか怖くない?」とかシンデレラストーリーを皮肉るような会話があるんですよね。
この映画のファーストカットは学校の教室で青いドレスを着た土屋太鳳さんが逆さまに映るところから始まるんですが、まさにおとぎ話の裏側、その先を見せるような作品になっているわけです。
そしてこの映画、大きく分けて3部構成になっています。
児童相談所で働く貧しい女性に突如として不幸が振り重なりそこに偶然現れた開業医の男性が王子様のように全てを解決していくという第一部。
そして二人は結婚するが、実はその夫と連れ子がとんでもないモラハラ夫と問題児だった…という第二部。ここまでは予告を観たり物語を追っていれば予想できる範囲かもしれません。
ただそこから映画的な飛躍を見せる、そんなところまで行くのかというラスト近くの展開。これが第3部に当たるんですが、もう、ネタバレを避けて何も言わずに見てくださいという感じですね!
この映画、強いて言えばサスペンスになるかなといった感じなんですが、実態はジャンルを行き来するジャンルで括れない系映画。これもまた入口と出口で全く印象が違う系映画ですね。
国内で言えば今回のランキングでも紹介した『空白』『ヒメアノ~ル』の吉田恵輔や『告白』『来る』の中島哲也、海外では『ミッドサマー』『ヘレディタリー』のアリ・アスター、『Us』『ゲット・アウト』のジョーダン・ピールなどなど世界の異能監督達の作品群に引けを取らないジャンルで括れなさだと思います。
勿論その頂点にいるのは『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノということで…実際今作も家族をテーマにした話であることや、豪邸が舞台ということから『パラサイト』っぽいよねという評価もありますが、そんな優れた脚本をオリジナルで、弱冠32歳にして自らの手で監督して仕上げてしまうのですから素晴らしい手腕だと思います。
監督自身影響を受けた作品にポン・ジュノの『殺人の追憶』を挙げているということで作家性の部分でも近いものがあるのではないかと思いました。僕は個人的には今作『パラサイト』でも『殺人の追憶』でもなく『母なる証明』がテーマ的に一番近いと思いましたね。
脱線してしまったんですが、とにかく同じジャンルの映画の傾向から事前に予想するこれぐらいかな?というラインを越え、観客を観たことのない領域まで連れて行ってくれる作品なんです。
で、今並べた作品知っている方はこれだけ聞くと怖い作品なのかな?と思って身構えてしまうかもしれないんですが、確かに怖いです!身の毛がよだつほど恐ろしい作品ですが、ブラックコメディの要素も多いんですね。笑っていいのかな?と思いつつ笑っちゃう、そんなシーンも凄く多いです。
前半、怒涛の不幸が一夜にして起こるという一連の流れの「最悪のピタゴラスイッチ感」も最高ですし、後半のあるシーン、ワンカットで撮られた凄く緊張感のあるシーンなんですが状況と台詞が不釣り合い過ぎて笑ってしまうような場面もございます。
チャップリンの有名な言葉で『人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ』というものがありますがまさにそんな感じですね。
そんな面白くて怖いシーンの数々に後半の展開の布石、伏線が散りばめられているのも面白いところです。
僕は2月に一度劇場で観てから一回も観返してなかったんですが、これを機に最近配信で観返しまして。すると「あ、このシーンがあそこに繋がってるのか」とか「あのキャラ後半で豹変したように見えたけど、実は前半から兆候あったな」みたいな驚きがいっぱいあるんですね。しかもそれらを劇中であえて描き切らず、観客に解釈を投げかけているのも良いですね。考察好きの方にもオススメです。
劇中では答えを明らかにしない今作ですが、渡部監督YouTube上のインタビュー等でかなり作品の裏側について語っているのも面白いので是非そちらも観て欲しいですね。
特にパンフレットが凄いです。劇中最大の謎と言ってもいいある部分についてここまで言い切っちゃっていいの?!というくらいあけすけに語っているんですね。その点を踏まえてまた観直してみると更に発見があり…と、奥が深すぎる作品です。
そんな中で監督、今作で伝えたかったことを3つに分けて語っています。
一つは「自分が理解できない側の視点に立ってみるのは重要じゃないかなということ」二つ目は「家族という関係の不思議さ」そして三つ目が「社会の無意識な重圧」ということなんですが、僕は三つ目の「社会からの無意識な重圧」の部分に共感しましたね。
今作の主人公小春が終盤モンスターのような存在になっていくのは理想を求めているが故に悲しみや孤独を抱えているせいなんですが、その裏には社会に無意識ながら存在するプレッシャーがあるんですね。
例えば、パートナーを見つけ結婚しなければいけないというプレッシャー、子供のために良き親にならなければいけないというプレッシャー、そしてそんな一度手に入れた立場を手放せなくなるというプレッシャー…といった具合にです。
これ何も女性の結婚や子育てに限らず、仕事や夢など別のテーマに置き換えても成立する話ですよね。
監督の商業デビュー前の自主製作映画で『かしこい狗は、吠えずに笑う』という作品があるんですがそちらは家族ではなく親友、同性同士の友情にフォーカスした作品でした。
そちらも今作に繋がるようなモチーフが使われていたり、中盤でジャンルがスイッチするという共通点があって非常に作家性強いなと思いましたが、ともかく今作はそんなモンスターを責める側だったはずの小春が社会の重圧に追い詰められいつしか自分がモンスターになってしまっていた…というミイラ取りがミイラになる話であり、モンスターを見て笑っている僕たち観客に警鐘を鳴らす作品でもあるわけですね。
ここでちょっと自分語りをしてしまうんですが、僕自身が片親というのもありまして、将来もし自分が結婚したいと思える相手に出会えたとしても、親の愛を受けてこなかった自分が親になれるのか?という不安を常に抱えていたところがあったんですね。今作はそんな社会からの重圧に悩む人たちに寄り添ってくれる作品でもあったというか。そこが凄く刺さってしまいましたね。
というわけで少し脱線多めで長々と書いてしまいましたが、今年個人的にハマった、考えていた時間が長かった映画で言えば1位かもしれないくらいの大傑作でした。他にも演技経験0ながら物凄い存在感を見せてくれた子役のCOCOさんの演技であるとか、素晴らしい衣装であるとか、色々語りたいことはあるんですがこの辺にしておこうと思います。
『哀愁しんでれら』人を選ぶ作品ではありますが興味を持った方は是非ご覧ください。
第1位『14歳の栞』
栄えある(?)第一位は……『14歳の栞』!!
まあこれは…正直観た時から決まってました。それくらいに没入しましたし、鑑賞前と後では他人の見え方自体が変わってしまったといいますか…とにかく凄まじいパワーを感じた作品でした。
作品の性質上、どうしても自分語りが多くなってしまうことはご了承いただいた上で紹介させて頂ければと思います。よろしくお願いいたします。
まずこの作品あらすじにもある通り、実在の中学校のクラス35人に密着したドキュメンタリーなんですね。
年間ベストにドキュメンタリー映画を選ぶなんてSWDやってんなぁ!?と思う方もいるかもしれませんが…この作品とにかく作り方が凄くて。所謂ドキュメンタリーと聞いて想像する内容を軽々越えてくるような作品なんですね。
というのもこの作品、2時間を通して全く事件が起きないんです。これは宣伝文などでも言及されているのでネタバレではないんですが…まあ当然と言えば当然なんですよね。中学1年生の1学期や中学3年生の3学期ならまだしも、中学2年生の3学期という始まりでも終わりでもない一番微妙な時期を切り取っているわけですからね。
というか、主人公と呼べるような人物もいません。ストーリーを誘導するようなナレーションもありません。ただただ、35人の生徒の日常とインタビューが繰り返されていくんですね。
ある意味、徹底的に撮影したフィルムに対して中立に徹していると言えるかもしれません。どういうことかというと、クラスの35人全員に密着するわけですから当然素材量も膨大になるわけですよね。上映中もその編集作業を想像するだけでクラクラしてくるわけですが…その何百何千時間とある膨大な素材を均等に35等分して一つの映像にしているんです。意外とありそうでなかったアプローチですよね。
ここでドキュメンタリーそのものの性質について考えてみるんですが…カメラで映像を撮影する以上少なからず編集者の意図は入りますし、撮影される側も撮影されていること、それが作品になって発表されるということを前提に行動するわけですから、真の意味でリアルな映像とは言えないわけです。
今作はそんなドキュメンタリーが本来持っている性質、問題点を極力排除したような作りになっているんですね。
で、そんな作品がどのようにして生まれたかと言いますと…まず企画プロデュースを務めた栗林和明さんという方がこの映画の主題歌にもなっているクリープハイプの『栞』という曲を聴いて、その中の一節に感銘を受けたそうなんですね。
その歌詞が「簡単なあらすじなんかにまとまってたまるか 途中から読んでも意味不明な2人の話」というものなんですが…栗林さん曰くこれを見て「過去に体験した曖昧な感情や関係が蘇ってきた」と。
誰しも経験しているはずのこの曖昧さが最も渦巻いていたのっていつだろう?という疑問をチームメンバーと重ねていくうちに「中学2年生の3学期」というピンポイントなキーワードが浮かんだそうなんですね。
こうして曲のフレーズをモチーフに中2の3学期、クラス全員の日常を切り取るドキュメンタリーは生まれたわけです。
先ほど事件が起きないと言いましたがこれだけの素材を撮っていれば当然「事件らしきこと」は起きるんですね。それは恋愛であったり不登校であったりするわけですが、この作品はそれら全ての「事件らしきこと」に対して徹底して同じ尺で、同じ温度で接しています。少し下品な言葉で言うと「取れ高」が多そうな子も少なそうな子も関係なく撮るし映像にすると。
それ故に我々観客は普段生活していたら関わらない、目に入っていなかったであろう人間の裏側を見せられたような気持ちになるんですね。
正確には文字通り裏側までこの作品は踏み込んでいますね。35人それぞれの下校後の過ごし方や家庭での様子、果てには幼少期の映像まで出てきて途中から、自分は何を見ているんだ?という気持ちにもなってくるんですが。
強調はされないものの勿論実名も出てますし、何より完成したらクラスメイトも観る映像なのにここまであけすけにしてしまっていいのかと観客は混乱するわけです。本当にどうやって許可取りしたのか、どうやって生徒や保護者と信頼関係を築いていったのかを考えだすと頭が痛くなってくるんですね(笑)
ちょっとキモいことを言ってしまうと、僕は昔から夜景とかを観て街行く人々のそれぞれに20歳なら20年、60歳なら60年分の人生があったんだよなと考え始めて気が遠くなることがしばしばあるんですけど、この作品はまさにそれの14年×35人版を2時間に圧縮させたものをぶつけられた感じで、その手があったか!!!と思わされてしまいましたね。
これだけSNSが発達した世の中で凄いことをやっているなと感じるんですが、冒頭とエンドロール後にこんなアナウンスがありますね。「この映画に登場する生徒達はこれからもそれぞれの人生を歩んでいきます。SNS等を通じての個人に対するプライバシーの侵害や、ネガティブな感想、誹謗中傷を発信することはご遠慮ください」と。
近年ではリアリティーショーに出演した女性が誹謗中傷に耐えかねて自ら命を絶ってしまったという痛ましい事件もありましたが、今作はそんな生身の人間の姿を映像で伝えるリスクに対して真正面から向き合っていて正しいなあと思うばかりです。
この構造の凄いところは…皆さんも学生時代思い出してほしいんですけども、クラスで顔や名前は知ってるけど卒業までついぞ話すことは無かったな…って人いると思うんですよね。
この映画ではそんな自分の人生で関わることは無いだろうと思っていた人たちが、学校という公共の空間の外では別の友達と楽しそうに遊んでいたり、恋愛していたり、全然知らない趣味を持ってたり…という映像を次々と見せられていくんですよね。それによって、僕たちが普段見てる友達や同僚の姿って僕らの視点で見ることができる一面でしかなくて、その裏には同じ人間でも凄く多面的な顔を持ってるってことに気付かされるような構造になってると。
つまり、これまでに接してきた人間全員に対して自分は本当の意味で向き合えていたのかな?って遡及的に、遡って考えるキッカケを与えてくれるというか。俺が勝手に俺の視点だけでこの人はこういう人って決めつけて関わってなかっただけで、実は違うんじゃないか?と振り返らざるを得ない作品になってるんですよね。
また取材したクラスも本当に良いのが、35人全員良い子でいじめとかも無いのは勿論なんだけど見事に同じような子がいないというか…これだけ個性がバラけてて観客全員が「あ、この子俺だな」とか「この子俺の友達で言ったらあの子だな」みたいに思えてくるんですよね。
よくこの映画の感想で「2回目の14歳を体験したみたい」とか「2時間で35人同級生が増えた」とかあるんですけどまさに劇場を出る時にはこんなクラスメイト達が自分にもいたような気になってくるという…2時間の映画体験としてはこれ以上ないですよね。
で、こういうことを言うと青春のキラキラした部分だけを押し付けてくる映画なのかな、と思って敬遠する方もいらっしゃるかもしれませんがむしろ逆ですね。
ちゃんと暗い部分も描いてるし、ちゃんと変だし、ちゃんと歪です。このクラスが大好きで、一生このクラスでいい!って子もいれば、卒業したら今の関係全部断ち切って生まれ変わるみたいに言ってる子もいるし、部活や習い事に全力を注いでる子もいれば、ずーっとパソコンを弄ってて遂には自作のドローン作っちゃいましたみたいな子もいて。
むしろ大人視点で見るとこんなにバラバラの子たちが同じ年に同じ地域に生まれたというだけで一つの箱に収められている、学校という空間そのものの異常性みたいなものも感じるような作りだと思いました。
ただそこは変に教育批判的な方向に行くことはなく、お涙頂戴的になることもなく、最後までニュートラルなんですね。その点もドキュメンタリーとしての意地を感じるあたりなんですが。
白状すると自分は中学校入学以降学校という空間がめちゃくちゃ嫌いで、実際に不登校気味になっていた時期もありますし、同窓会は行ったことが無いどころか誘われたことすらないくらい学生時代の人間関係をどこかに置いてきた人間なんですが…そんな自分でも「ああ、もっと他人と向き合ってくれば良かった…」と後悔してしまいました。ある意味危険な映画ですね。
まあとにかく学校という空間が好きだった人も嫌いだった人も何らかの感情が想起される作りになってますし、100人いたら100通りの感想が出てくると思うので機会があれば是非ご覧いただきたいですね。
惜しむらくは、作品の性質上ソフト化や配信が絶望的ということですね…もう一生観れないかもしれない作品をオススメするなって話ですが(笑)
地域限定、1週間限定で再上映みたいな話もまだギリギリ聞いたりもするので地元に来たら絶対に見逃さないでください!!
ということでここまで私の個人的なベスト10を発表してきたんですが…光があれば闇があるようにベストがあればワーストもあるということで、個人的にどうなんだ…?と思ってしまった作品を2作品紹介させて頂きます。
本当はキリよく3作品とかにしたかったんですが、今年はそれくらい傑作が多かったという事で。
ワーストその1 『CUBE 一度入ったら、最後』
2021年の年間ワースト映画、一本目はこちら!
『CUBE 一度入ったら、最後』
ということで…これね。案の定かよって感じですけども(笑)
いやでもね、言い訳させて欲しいんですけど僕は全然原作のCUBEに思い入れなくて今年このリメイクがあるってことで初めて観たくらいなんですよ。で、こういう名作洋画の邦画リメイクとかアニメ、漫画原作の実写化作品とかをバカにしていい風潮みたいなのも本当嫌いですしね。それにCUBEのリメイクって何作もあるんですけど、原作のヴィンチェンゾナタリが監修してるのはこの日本リメイクが初めてなんですよね。なので全然最初からバカにするつもりで観に行ったわけではなくて、むしろ面白そうじゃんくらいの勢いで観たんですけど、まあ、ダメでしたね…。
ダメって言い切るのは誰にでもできるのでどこがダメだったかを言っていくんですけど、僕は大きく分けて三つの問題があると思いましたね。
まず一つ目、キャスティングの問題。
原作のCUBEの良さの一つに、誰がいつ死ぬか分からないから常に緊張感を保って観れるっていうところがあると思ったんですね。
それは原作が低予算で無名俳優しか使えないという制約も勿論あったんですが、間違いなく序盤~終盤にかけて観客を繋ぎとめるフックになっていたわけです。
では今回のリメイクはどうだったかというと…原作が無名俳優だけで誰が死ぬか分からなかったなら、逆に全員有名俳優にしてやればいいんじゃないかといったばかりに全員が実力のある有名俳優を使っているんですね。
それだけなら演技も素晴らしいし興行としても成功するしむしろ最高じゃんといった感じなんですが…残念ながらリメイクでは菅田将暉さんが実質主役みたいな感じでフィーチャーされているせいで、こいつ絶対死なないじゃんと思わざるを得ないんですね。
もうここまで読んでくれている方はどうせ観ない方かネタバレを気にしない方しかいないと思うので言ってしまうんですが、最後まで観客の予想通り菅田将暉さんが命を落とすことは無いですね。
菅田将暉がここで死ぬわけないだろって場面で死んでこそ、観客に衝撃を与えられるのに最後までそれをしなかったらこのキャスティングの意味って何だ?って思ってしまうわけです。
一応原作と同じく冒頭でCUBEに迷い込んだ男がトラップによっていきなり殺されてしまう場面はあったんですけどね。ここ柄本佑さんを贅沢に使ってておっ!となったところだったんですが…残念ながらここがピークでしたね。流石にレーティング無しでサイコロステーキは無理だとなったのか、1ポンドステーキみたいにお腹が抉られるっていう風に改変されててそこは笑ってしまいましたけどね。
二つ目が演技プランの問題ですね。
全員実力のある演技派俳優を揃えておきながら演技がダメだったらいよいよ褒めるところが無くなっちゃうんですが…これは俳優さんの問題というよりは演出の問題だと思います。それぞれの演技プランが細かくリアリティラインを下げ続けていて集中できないんですね。
今時そんな分かりやすいサイコパス演技あるか?という岡田将生さんであるとか、常にコメディかのようなテンションでキレ続ける吉田鋼太郎さんとか。
一番酷いと思ったのは杏さん演じるキャラクターなんですが…無機質なキャラというのは分かるんですがあまりにも無機質すぎる。というか他のキャラクター達はそれぞれ見せ場があるんですが、杏さんのキャラはもう無機質すぎて物語に殆ど絡んでこないですね。何のためにいるんだ?とさえ思えてくる。
流石に何の意味もないわけはなく、ラストに大オチがあるんですがそれも「そりゃそうでしょ…」としか思えないんですよね。
これも言っちゃうと杏さんが実はCUBE側の人間で参加者のフリをして他の5人を監視していたっていうオリジナルの展開なんですが…これがお世辞にも上手くいってるとは思えませんでしたね…。
そもそも一つ一つのやり取りがやたら間延びしてますし、緊張感がない。
一度入ったら最後、と言っておきながら登場人物達が全然焦ってる感じが無いんですね。原作だと登場人物の空腹や排泄の描写があったりしてその辺りも過酷さを表していたんですが、それも無いと。
三つ目はリメイクの意義の問題ですね。
こういう時代を越えたリメイク作品を作るにあたって大きく分けて二つのアプローチがあると思うんですよね。
一つは最新の技術を使って映像面のクオリティを上げる。そしてもう一つは時代性を反映させて現代の物語として作り直す。
日本版CUBEはどうかというと、そのどちらも考えないまま作ってしまったのではないかと思ってしまいましたね。
まず映像面。CG使って頑張ってるところもあります、ありますが…原作を再現するがあまりお粗末なことになってる部分が殆どですね。壁の横から剝き出しの火炎放射器が出てくる有名なシーンとか絶対もっと派手にできたはずなのにまんまやっちゃってますね。今の観客はそれでは驚かないと思いますけどね…。
そして時代性を反映させるアプローチ。これも無いどころか非常に安易ですね。菅田将暉演じる主人公に実は父に虐待されている弟がいて自殺を止められなかった過去があった…というオリジナル展開があるんですが、この描き方も凄くステレオタイプというか…鬱状態の人に頑張れと言ってはいけないみたいなのって現代人にとっては常識に近いと思うんですが…今更?みたいな感じがしちゃうんですね。
しかもそれらの台詞が物凄く説明口調で、あまりにもメッセージを言葉にし過ぎているのも問題です。
原作のCUBEがワンシチュエーションの低予算映画にも関わらずカルト的な人気を博したのは90分という上映時間の短さ、ソリッドさや理不尽な設定を説明せずあえて観客に投げかけた部分だと思うんですが、リメイク版は108分と18分も尺が長くなっているのに加え、前述の間延びした台詞回しやどこかで見たような展開の連続にどんどん興味が薄れていきました。
この映画、あえて一つだけ良いところをあげるとするなら…星野源さんの主題歌『CUBE』ですね。
映画と合っているかとかは関係ないです。実際エンドロールで流れた時は軽快な曲調も相まって物凄い虚無感が押し寄せたんですが、曲単体としては凄く中毒性がある名曲ですね。気になって星野源さんの公式チャンネルに上がってるMVも観たんですが、何なら映画本編より映像のクオリティが高いまであって驚きましたね。
映画を観て108分を無駄にするのは耐えられないという方も、騙されたと思って4分弱で満足感を得られる星野源『CUBE』のMVを観るのはオススメです!
ワーストその2 『竜とそばかすの姫』
2021年ワースト映画、2本目はこちら!『竜とそばかすの姫』!!
はい、こちら細田守監督の大作ということでワーストに入れるのが心苦しいところなんですが…年間通して見た時に入ってきてしまいましたね…。
そもそも僕が細田守作品に対してどういうスタンスかってところから話していきたいんですが、皆さん細田守作品どれくらい見てますか?
僕は細田作品、というか東映アニメを退社してフリーになってからの細田作品ですね。観てないけど何となく苦手だろうなっていう偏見があって意図的に避けてたところがありまして…今年に入るまで『サマーウォーズ』とか『時をかける少女』みたいな有名作品ですらちゃんと見たことなかったんですよね。
その上で東映時代の『劇場版デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』『おジャ魔女どれみドッカーン!』40話「どれみと魔女をやめた魔女」であったり、あとは同じく49話「ずっとずっと、フレンズ」他には『明日のナージャ』のOP演出とか26話「フランシスの向こう側」とかは観たことあってどれも大好きという面倒なオタクなんですけども。
で、今回新作『竜とそばかすの姫』が公開ということで…腹くくって過去作大体観ました!流石にサブスク系で観れないものまでは追えなかったんですがスタジオ地図になってからの作品は全部観ましたね。
その上で細田作品はこういう特徴があったなという点を少し振り返りたいんですが、まずほぼ全ての作品に通底するモチーフが異世界と日常ですね。徹底した日常描写のそばにこの世ならざる世界、異世界への扉があると。『サマーウォーズ』『バケモノの子』などはもろに現実と異世界を行き来する話なので分かりやすいですが、『時をかける少女』や『未来のミライ』なんかもSF的な設定と日常が交互に描かれるという意味ではそうですよね。
で、強いメッセージ性と公共性ですね。監督自身もインタビューなどで『サマーウォーズ』以降自分の映画は夏に公開されて家族や子供もターゲットに入っているのが分かっているから有害なものは作品内に取り入れたくない、公共の利益を追求するようになったと公言しているんですね。
なので最終的には世界そのものを肯定するような話になっていくことが多いんですが、それ故にご都合主義的な部分も多く、賛否が分かれやすいというのが特徴かなと思います。
そんな中、今作では新しい試みとして音楽を前面に出したミュージカル作品に挑戦しているんですね。
主演にシンガーソングライターの中村佳穂さんを迎え、中村さん自身が書き下ろした楽曲が劇中でも重要な役割を果たしていますよね。棒読みとか言ってる人もいますけど、僕はほぼ完璧なキャスティングじゃないかと思いましたけどね。中村さん以外だと、YOASOBIのikuraこと幾田りらさんが良かったですね!特に前情報なく観に行ったのでこの二人の演技力には驚かされました。
で、監督は今作を作るにあたり兼ねてより好きな作品の一つというディズニーの『美女と野獣』をモチーフにしたそうなんですね。『美女と野獣』にあった二面性の部分をインターネットと現実の二面性に重ね合わせ、現代のインターネット版『美女と野獣』を作ってみたらどうなるのかと。
実際すずがUの世界で名乗る名前は『美女と野獣』のヒロインと同じベルですし、竜が隠れている城の造形なんかはモロにオマージュを捧げていますよね。
また今作では現実の世界を手書きアニメーションで、Uの世界をCGアニメーションで表現しているのも特徴ですが、Uの歌姫ベルのキャラクターデザインとして本家ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオで、『アナと雪の女王』『塔の上のラプンツェル』『ベイマックス』『モアナと伝説の海』など数多くのキャラクターデザインを手掛けるジン・キム(Jin Kim)さんという方を起用している等ビジュアル面での気合の入れっぷりは半端ないですね。
そんな細田守監督最新作『竜とそばかすの姫』ですが、良い意味でも悪い意味でも監督の集大成的な作品になっていると思いました。
前述したような作家性はそのままに、良い部分はより強化され、悪い部分は野放しにされているような印象です。これまで細田監督作肯定派だった人は問題なく楽しめて、逆に否定派はより溝が深くなると言いますか(笑)
僕はと言いますと…前述の楽曲面、ビジュアル面での説得力は申し分ないんですが、脚本の粗が気になってしまいどうしても没入できませんでした。
この作品、主人公のすずちゃんがとある事故で母親を亡くしてしまい大好きだった歌が歌えなくなったというところから始まる喪失と再生の話と、Uの世界での竜の正体を巡る話が牽引力になっていくんですが…それ以外の要素の取捨選択ができていないせいで散漫な話に感じられましたね。
特に竜の正体に関する部分なんですが…中盤で竜の正体が父親から虐待を受けている少年だということが判明しますね。
奇しくもCUBEと同じく虐待という題材が出てくるわけですが、これがあまりにも後出しジャンケン的というか…観客は登場人物の中から竜の正体を探しながら映画を観るわけですが、殆どそれまでの流れと関係ないところからその少年が出てきて、僕はこの時点で興味が半分くらい薄れてしまいました。これは作劇にも影響が出ていて、というのも今作はすずちゃんとその幼馴染であるヒロちゃんという女の子が中心の物語なんですが、父親や幼馴染のしのぶ君やクラスメイトのカミシンなど周りの男性キャラの魅力が弱くて殆ど竜の正体のミスリードとしての機能しか果たせていないんですね。
細田作品のよくある批判として女性キャラに対してステレオタイプな役割を押し付けすぎなんじゃないか、というものがありますが、今作はその回答にとしても不十分だと思いました。
虐待という社会問題の矮小化についても見逃せません。
終盤、虐待されている少年を助ける為すずが東京に向かうという展開がありますが、これ普通に危険ですよね?幼い子供、それも自分の息子に躊躇なく手を出すような危険人物の元に女子高生を一人で向かわせるなんてことは絶対あってはならないですし、そもそも子供が虐待を受けている場合親と戦ったり向き合って理解しようとするのではなく、一刻も早く親と子供を引き離して保護しないといけないと思うんですが、この映画では真逆の結論になってしまいます。これは危険ですね。
また、すずと母の話としてもこれでいいのか?と疑問が残ります。
すずは川で溺れた名前も知らない子供を助けようとして死んでしまった母の行動が理解できなかった故に喪失を引きずっているキャラで、そんなすずがどこかで虐待されている名前も知らない少年を助けようとすることで母の気持ちに気付くという展開は確かに物語的な必然を感じるんですが、じゃあ同じ行動をしたはずなのに片や命を落としてしまった母とすずの違いは何なんだろう?って考えてしまうんですね。
最初に細田監督作は話がご都合主義で賛否が分かれやすいって説明したんですが、それは細田監督作のキャラクターが結局選ばれた側の人間でしかないせいなんじゃないの?って思うわけです。
『サマーウォーズ』が良い例ですが一見冴えない男子学生な主人公は数学の天才だし、おばあちゃんも実は凄い人だったし…といった風に結局勝ち組が勝つだけの話じゃんっていうのはこれまでの作品でも言われてきたことですが今作でもその問題点は健在ですね。
この話、すずは周りの人間に恵まれたから主人公になれただけで母はそうじゃなかったの?と思うと胸糞が悪いですし逆にすずも母と同じように虐待父親に返り討ちにあって命を落としていたかもしれないと思うと恐ろしい話にも思えてきます。
後はインターネット描写の雑さも気になりましたね。
今回の主な舞台となる仮想空間Uですけども全世界50億人が登録しているとと劇中で言われてるんですが、実際その中で何ができるかは殆ど描かれないんですね。現実の人間の生活のどの程度をUが占めているのか分からないせいで、全くワクワクしない上、ただの舞台装置になってしまっています。
同じ仮想空間を描いた作品として2018年公開の『レディプレイヤー1』という映画がありました。僕はあの作品のメッセージに関しても色々思うところがあるんですがそれは置いといて、『レディプレイヤー1』アバターの挙動と現実の挙動がどうリンクしているのか細かく描いてましたよね?少なくともディテール部分のツッコミどころは少なかったと。
でも今作はそういったディテール部分のツッコミどころを挙げていくとキリがないんですよね。
Uの世界で追いかけられて高いところから落ちそうになる!危ない!みたいなシーンがあるんですが、え?じゃあ今落ちそうになって焦ってるけど現実ではどうなってんの?とかそういう疑問が当然生まれるわけですよ。ここはアクションシーン全体の緊張感を損ねてしまっているので明確に問題だと思います。
『サマーウォーズ』のOZとかはそういう描写がしっかりあったと思うんですが、もし「『サマーウォーズ』で説明したからいいだろ」と考えて描写を省いたのだとしたら怠慢だと思いますけどね。
あとUのアバターの作成方法に関しても疑問が残りますね。すずのそばかすや後述する竜の正体である人物の傷など、現実の姿がそのままアバターに反映させられるという設定な訳ですが、普通に考えてめちゃくちゃ嫌じゃないですか?
今回はたまたま可愛くてカッコいい感じになったから良かったかもしれないですけど、例えば自分の容姿にコンプレックスがある方とか、もっと言うと障害を抱えている方とかも身体的特徴がそのままキャラクターとして反映されて管理されるんですか?という。ここだけ聞くとディストピアSFのような設定ですよね。
細田監督は自身を「インターネットを肯定し続けてきた監督」と自負していますが、単にディテールに興味が無いか知らないだけでは?と思ってしまいます。
まあ一時が万事そんな感じというか…性質が悪いのはそんな脚本面での粗を補って余りあるくらい音楽の説得力と演出力が高いので大抵の観客は違和感なく見れてしまうというところですかね。
これは何もこの作品を絶賛している人が鈍いとか言っているわけではなく、作品のどこを重視しているかというそれぞれのスタンスにもよると思うんですが…でも僕も色んな人の感想観たけど大抵は肯定派も否定派も良かった部分悪かった部分は一致してるんですよね。
で、今回スタジオ地図の細田作品通して見て、やっぱりその傾向が強くなったのって細田監督が自身で脚本を書くようになった『バケモノの子』以降だよなあ…と。前から言われてることですけど、細田さんは『おおかみこどもの雨と雪』までタッグを組んでいた奥寺佐渡子さんを脚本に呼び戻した方が良いんじゃないですかね…?という感じでした。
色々と不満点を書いてきましたが、脚本以外の部分は概ね素晴らしいと言える?ので、僕のような細田否定派の方もこれらの問題点を踏まえた上で今回の細田はどんなもんじゃい、くらいの感覚で観てみるのがオススメです!
まとめ&あとがき
ということで、ここまで独断と偏見でランキングを紹介してきましたがいかがだったでしょうか?非常に長い内容でしたが、配信やこの記事を見てくれた方は改めてありがとうございました。今年はTOP10以外にも観た人と語りたくなるような傑作映画が多数ありましたので、そちらもまた別の機会で語れればと思っています。
11月頃から作業を開始して、原稿作成や裏取り、スライド作成など含めて結局資料を作り終えたのは12月中旬。想像以上に大変な企画でしたが今回の企画を通じて作品の事をより深く知れましたし、それらを分かりやすく伝える為に試行錯誤するのは楽しかったので、また趣味に全振りした配信も定期的にやろうかなと思っています。
冒頭にも書きましたが、有料設定してあるもののこれより下に特にコンテンツはありません。もし面白いと思ってくれた方やまた同様の企画をやって欲しいという方がいましたら、記事の購入やクリエイターサポートでご支援いただけますと幸いです。
というわけで2022年もたくさん映画を観れるように頑張ります。良いお年を!!
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