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【実践】おへそやさん



Rちゃんの感情爆発!

 11時半を過ぎそろそろご飯の時間が近づいてきた頃、私は保育室から少し離れているホールで仕事をしていた。“なんだか遠くから泣いている声がする…トラブルでもあったかな?”と思いながら仕事を続けていたが、15分経っても全く泣き声の勢いは収まらない。気になって様子を見に行ってみると、4歳児のRちゃんが保育室前のテラスで担任のM先生に見守られながらひっくり返って泣いていた。近くで同じクラスのHくんも困った表情で立っていた。M先生に状況を訊いてみたところ、Hくんと配膳の順番を巡ってトラブルになったようだった。M先生とバトンタッチしてもらい、Rちゃんに関わることにした。
 Rちゃんは3歳児の頃も1か月に1回程、感情を爆発させるかのようにひっくり返って泣くことがあった。こうなってしまうと、周囲の声は全くRちゃんの中には入っていかない。自分でも何故泣いているのか、どのようにこの気持ちを収めたら良いのか、もはや分からなくなっているように感じる。ひたすらに「か~か」と母を呼びながら泣いている。

 Rちゃんは3歳児進級の頃、母の仕事復帰に伴い園で過ごす時間が長くなった。朝は開園時間の7時半から登園することが多く、週の半分程は祖父母の迎えである。週末も祖父母に預けたり、一時預かりを利用したりし、母は仕事や勉強に行くこともあるようだ。環境の変化に伴い様々な気持ちを感じている部分があるのかもしれない。Rちゃんが1か月に1回感情を爆発させることは、心のバランスを図るために必要なことなのかもしれない、 と先生たちとも話してきた。HくんはRちゃんと話をしたかったようだが、そこにHくん がいることがまたRちゃんの気持ちを刺激するようだったので一旦離れてもらった。

それにしても・・・あまりにも周囲を気にせず泣いて暴れているので、危うく置いてあるベンチの足に頭をぶつけるところだった。「Rちゃん、頭ぶつけそうだからそれだけは気を付けて。痛いと思う。」と声をかけると、一瞬私を見た後に、自分でベンチの位置を確認し距離をとってから暴れてみた。これなら声が届きそう!と思い、「Rちゃん、お腹空いた?ご飯食べる?」と訊いてみると、「たべる〜〜」と言った。「どこで食べる?」と訊くと、「ここで〜」とテラスで食べることを希望していた。以前もごはん前にトラブルがあった際、友だちのいる保育室に戻りたがらずテラスで食べたことがある。「そしたら、準備しようか!」と返し、Rちゃんも「うん・・・」と言ったものの、あれ?力が入らず立てないRちゃん。全身の力を使って泣いたからなのか、気持ち的にもう頑張れないのか・・・、大泣きした後は立とうとしてもプルプル震えて生まれたての子鹿のようになってしまう。それでもごはんの支度をしようと何とか膝歩きで動いていた。私もRちゃんとテラスでごはんを食べることにした。テラスでごはんを食べ始める頃にはすっかり調子が戻り、穏やかにおしゃべりしながら食べることができていた。

ごはんを終える頃になり、同じクラスのMちゃんはRちゃんがテラスで食べていることに気づいたよう。

Mちゃん:「なんでここでたべてるの?」
Rちゃん: 「・・・」(冷静になり、感情爆発させていたことが気まづい様子。私の方をみて、助け舟を求めているようだった。)
私   :「今日は涼しいから、テラスが気持ちいいかなっと思って。」
Mちゃん:「そうなんだ。Mちゃんもあしたてらすでたべていい?(Rちゃんに訊いている)
Rちゃん:「いいよ。あしたあつかったら、おへやにしようね。」

 その後も何人かMちゃんと同じことを訊きにきた。その度にRちゃんは「きょうはすずしいからね〜。」と余裕の笑みで対応していた。どうやらその理由は気に入ってくれたようだ。RちゃんとMちゃんが明日テラスでごはんを食べる約束をしたと知った同じクラスのKちゃんは、自分もそうしたい!と思ったようで必死に「Kちゃんもあしたてらすで食べていいよね?」「Kちゃんもやくそくしてるよね?」と2人に訊きまくっていた。

席を巡り・・・

 翌日、ごはん前になりRちゃんとMちゃんが「きょうもてらすでたべよう!」と私を呼びに来てくれた。嬉しくなり早速保育室前のテラスに行ってみると、テラスで食べたい子が沢山いるらしく、席を巡ってトラブルになっていた。4歳児のこどもたちが数名いて、言い合って泣いたり怒ったり色々な声が聞こえてきていた。ここでこども同士で話し合うことも良いかもしれないが、私の中でちょっとしたイタズラ心がむくむく…。そこよりももっと魅力的な席を用意したらどうなるかな?と…。
 テラスでごはんを食べる時は以上児の保育室前が定番となりつつあるが、今回ホール前のテラスで食べてみようと思った。RちゃんとMちゃんに、「私はあそこ(ホール前テラス)で食べたいんだけど、どうかな?」と声を掛けてみると、「いいね~」と言ってくれた。3人で移動し、ごはんの準備をするとそれに気づいた子が数名移動してきた。1つの場所を話し合ってどうするのか考えることも大事だけれど、実は他にも選択肢がある、選択肢を広げていけば良いんだということも知って欲しい。自分のイタズラ心にはそんな意図があったのかも、とこの時に思った。ホール前のテラスに集まったメンバーは、4歳児のRちゃん、Mちゃん、Kちゃん、Hちゃん、Yくん、私の6名!!

台風接近

 ごはんの支度を終え、食べ始めると穏やかに会話が始まった。

Rちゃん「きょうもすずしくて、てらすでたべられてよかったね。」
Hちゃん「あのね、もうすぐたいふうくるって、だからすずしいんだよ。」
私    「台風って、どんななんだろう?」
Yくん 「てれびでみた!」
Hちゃん「あのね、あめがたくさんふって、かみなりもなるかも〜(イタズラ顔)」
Mちゃん「Mちゃん、かみなりやだ〜・・・(もう泣きそう)」
Kちゃん「おへそ、とられちゃうよ!(イタズラ顔でMちゃんに追い打ちをかける)」
Hちゃん「おへそしまえば、だいじょうぶだよ!」

 先日、甲府は大きな雷に襲われた。その記憶が鮮明にこどもたちの中に残っているため、雷に対する恐怖が強くなっているようだ。

先生の告白

私   「やっぱりおへそしまっておいた方が良かったんだね・・・。実は小さい頃おへそ取られちゃって、もうないんだよね・・・。」と呟いてみた。
5人   「・・・(絶句。目線は私のおへそを見ている。)」
私   「おへそないから、お腹つるつるだよ〜」
Mちゃん「おへそないの?どうしてなくなっちゃったの!?」
私   「雷が鳴っていてお母さんがおへそしまいなさいって言ったのに、出したまま寝てたんだよね〜。気付いたらおへそ無くなってた。」
Mちゃん「いたいの?」
私   「全然痛くなかったの。だから最初は気付かなくて、あれ!?ってびっくりしっちゃった〜。」
Mちゃん「そうなんだ〜。かわいそう・・・。」Mちゃんの優しさに胸が痛む・・・
Rちゃん 「じゃあさ、おへそやさんでかってきたら?」
私   「え?おへそやさんってあるの?」
Rちゃん 「あるよ!」
私   「そこにあるの?行きた〜い」
Rちゃん 「Rは知らないんだけどね〜」
Kちゃん 「あのね、ぐんまけんにあるよ!」群馬県はKちゃんが今年家族で旅行に行ったところだ!
私   「群馬県におへそやさんがあるんだね〜」
Kちゃん 「あ!まちがえた!やっぱり〜・・・、あの〜Kちゃん(R5.5に引っ越したお友だち。今も手紙のやり取りが続いている)がひっこしたところ!え〜と・・・」
私   「福岡県?」
Kちゃん 「そう!Kちゃんのふくおかけんにおへそやさんあるよ!」
私   「やった〜!じゃあ行ってみる!おへそはいくらで買えるかな〜?」
Kちゃん 「えっとね〜。600えんでかえるよ!
Rちゃん 「600えん!たか〜い!」
Kちゃん 「100えんでもかえるよ!」
Rちゃん 「100えん!よかった〜!」
Yくん  「Yもね〜、100えんもってるよ!」
Mちゃん「Mちゃん100きんでいっぱいおかねつかうの。」
Kちゃん 「あと2かいねたら、ふくおかけんいってね!おやすみだから!(2回寝ると土曜日、Kちゃんの曜日の感覚すごい!)
私   「みんな、ありがとう。あと2回寝たら福岡県に行っておへそ買ってくるね。楽しみ!おへそ買ってきたらみんなに言うね!」

家庭でも話題に

 Hちゃんの翌日のおたより帳に「M先生(私)のおへそが取られちゃって、おへそやさんに買いに行くことを話してくれて家族で爆笑でした。」と記載があった。飛んだほら吹き先生だ・・・。降園時Hちゃんのお母さんに会った時、「昨日はみんなで笑いました。お父さんが『それは大変だ。おへそは高いんだぞ〜』と言っていました。」と教えてくれた。Hちゃんのお父さん、ありがとう!

週明けのおへそ

 週が明けて、月曜日、私はうっかりおへそのことを忘れてしまっていた。火曜日に気付き、こどもたちに伝えねば!と話しに行った。Rちゃん、Mちゃん、Kちゃんが一緒にいたので、3人に声を掛けてみた。

私   「お休みの日に福岡県に行って、おへそ買ってきたよ!Kちゃんが教えてくれた通り、福岡県にあったよ。ありがとう。」
Mちゃん「よかったね〜。どうやってかったの?」
私   「お店見つけて、おへそ下さいって言ったの。そしたら、お店の人が600円と100円のおへそ、どっちが良いですか?って言ったから、600円でお願いしますって言ったら買えたよ。」
Kちゃん 「ふくおかけん、どうやっていったの?」
私   「飛行機で行ったよ。飛行機降りたら、バスに乗っておへそやさんに行ったの。結構遠かったな。」
Kちゃん 「・・・(引きつった笑顔)」
私   「ここにおへそついてるよ。触ってみる?」
     MちゃんとRちゃんは触るが、Kちゃんは「いい・・・」と断った。
Rちゃん 「ほんとうにおへそがあるね。よかったね。」
Mちゃん「どうやっておへそつけたの?」
私   「お店の人に付け方を教えてもらったんだよ。おへその後ろにシールがついているからそれでぺって貼ったの。(我ながら、さすがに嘘っぽいな〜)」
Mちゃん 「とれない?」
私   「うん。大丈夫そう。」

 Kちゃん、私のおへその辺りを見つめながら困ったような笑顔をずっと浮かべていた。自分の言ったことがまさか本当だったのかも・・・。怖いよね〜、怖がらせてしまっているな〜と反省。その後15分ほど経った時にKちゃんが1人で私のところにやってきた。そして「本当におへそあるの?」と訊いた。「触ってみる?」と訊くと、今度は「うん。」と言いおへそに手を当てた。「ほんとにかったの?ほんとにふくおかけんいったの?」とKちゃん。「Kちゃんが教えてくれたから行けたよ〜」と答えると、「ふ〜ん。そうなんだ〜。」と言い、去っていった。

再び家庭で

翌日、MちゃんとKちゃんのお母さんから声を掛けられた。2人とも降園してから家で、私が福岡県でおへそをかってきた話をしたようだ。Mちゃんのお母さんは、Mちゃんが「ほんとうによかったね。でもおへそはにせものだよね。かったものだから。」と言っていたことを教えてくれた。
Kちゃんのお母さんは、Kちゃんが「ふくおかけんにおへそやさんあるんだって〜。ぐんまけんにもあるかな?」とぶつぶつ呟いていたことを教えてくれた。
MちゃんとKちゃん、本当なのか?まさかそんな訳あるのか?と思いを巡らせている様子が感じられる。あまり嘘をつきすぎるのは良くないな〜と反省しつつ、Kちゃんもこの話に乗ってしまったいわば共犯でもあるよね、という気持ちもある。色々な現実世界のことを分かりつつある4歳児だからこそ、本当か嘘かわからない話に心を揺らしているんだろうなと思う。さて、このネタはいつまで続くのか。自分でも不安半分である。

ある雷の日に

この日の午後、県外から学生と先生が園の見学に来ていた。園庭を副園長が案内していたところ、ゴロゴロと雷が鳴り出した。Hちゃんはすぐに雷に反応し、「かみなり、うたれないでね〜。」と園庭に向かって声を掛けていた。Mちゃん、Rちゃん、Kちゃんはさっとおへそをしまっていた。室内へと戻ってきた見学の方たちにHちゃんは、私のおへそについて説明し始めた。

Hちゃん「あのね〜。このMせんせいはおへそをとられちゃったの、ちいさいときに。それでね〜、ふくおかけんにおへそをかいにいったんです〜。ひこうきでいったの。おとうさんがおへそたかいっていってた。」

それを聞きつけたMちゃんもやってきた。

Mちゃん「おへそはねしーるではるの。ぜんぜんとれないって。でもにせものなんだけど、だんだんほんものになったの。」

私、ちょっと恥ずかしい気持ち・・・。見学の方たちにおへそやさんの経緯を説明した。Hちゃんは他にも、午前中に来園する園見学のご家庭に対し何度もおへそやさんの話をしている。その度に私は経緯を補足して説明している。自分で撒いた種だもの・・・
責任をもってこの設定で話を続けていこうと心に誓っている。

『雷が鳴ったらおへそを隠す』の由来

『雷が鳴ったらおへそを隠すように』という謂れがあるのかということを調べてみた。諸説あるようだが、有名なのは「お腹を冷やさないようにするため」とのこと。雷雨になると急激に気温が下がるため、お腹を冷やして体調を崩さないようにという親心から言われるようになったそう。また、おへそを隠すために屈む姿勢も身を守ることに繋がるとのこと。昔からの言い伝えには、ちゃんとした意味がある。


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