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【短編小説】おじさんと家庭科の思い出。

いつの時代からかは知らないが、令和の義務教育では男子も家庭科をやるらしい。
たまたまリビングに置いてあった、息子が学校から貰ってきたパンフレットを見つけて私は面食らった。
表紙に商品一覧が並んでいる。
裁縫箱ではなく、色とりどりの裁縫バック。スポーツバックと見間違いそうな有名な猛獣マークのものもあれば、アニメのキャラクターものなんかもある。勿論、シンプルなデザインなのもあれば、フリルが散り張られたファンシーなのもある。
ここにも多様性の波が来ているようだ。

裁縫箱と云えば、母親が高級銘菓のアルミ箱に針山や裁ち切りばさみやしつけ糸なんかを押し込んでいた覚えがある。
姉はプラスチックのケースに和柄模様が描かれていた。2段式のケースで、上に針山やハサミ類が納められており、下の段には布切れやボタンが混ざっていた記憶がある。
何故だか、私は令和の裁縫箱ならぬ裁縫バックに興味津々になり、薄っぺらなカタログをペラペラ眺め見た。

「なぁ、お前。裁縫袋何にするんだ?」

リビングのソファに寝っ転がりながら、携帯ゲームに夢中になってる息子に思わず声をかけた。

「別に」

素っ気ない返事に私は少しイラッとした。こういうとき妻だったら、と思ったことを言ってやった。

「そういうこと言うと、母さんが勝手に選んでしまうぞ?」
「それはイヤだ」

イヤだと主張する割には、やる気なさげにゲームに夢中なままだ。そんな息子をほおって、カタログを眺め続けた。

「……最近のはホントに便利そうだな」

バックを開くと目的のモノが取りやすくなっており、なかなか使い勝手が良さげだ。それに持ち歩いても、一瞬それが裁縫袋だと気がつかない。
出勤時、通りすがりの小学生が可愛げなカバンを持ち歩いているのを見かけたが、思えばあれらも教材だったのだろう。

「家庭科かぁ、いいなぁ」
「父さん、やったことないの!?」

息子がゲーム機から私へと目を丸くして向けてきた。

「男は技術科、女は家庭科って別れて授業やってたんだよ。それでもまぁ、一年だけは基礎的な授業はさせられたかな。裁縫道具も姉さん……お前の伯母さんのお下がりだった」

へぇと驚いた顔を息子はちょっとだけ目を光らせた。

「僕ね、ちょっと家庭科楽しみなんだ」

裁縫袋には興味がなかったくせに授業は楽しみだと言った息子に、今度は私が驚いた。家事一切母親や私に任せきりだったから、女みたいなことを嫌がるものだと思っていた。
息子は得意げに家庭科に興味がある理由を言った。

「授業でさ、ちょっとだけ家庭科に似たようなことやってたんだ。モノ作るのってなんだか楽しくって。家庭科だともっといろいろあるんでしょ?」
「とか言いながら、楽しみなのは料理の方じゃないのか?」

息子はペロリと舌を出し、またゲーム機の方へと視線を落とした。
理由はどうあれ、息子が家庭科に興味があったのは嘘ではないようだ。

息子に言ったとおり私の時代の義務教育では、男子は技術科、女子は家庭科に別れて授業した。そのことに違和感は覚えなかった。
だがある時、分かれて授業をする前にクラスの1人の女子が羨ましげに「いいなぁ」と言ってたのを思い出した。
彼女は、「なんか花嫁修業みたいで好きじゃない」と頬をふくらませて家庭科の修行に文句を言っていた。
「今時、大工道具もないよな」と、私もつい彼女の愚痴に思わず付き合ってしまった。彼女は身を乗り出して私に反撃してきた。
「えー、技術科の方が良いよ!だって将来仕事としてモノ作ってお金になるかもしんないんだよ?家庭科なんて家族のためだけにってだけで、結局一銭も入らないじゃん」
彼女は面白いこと言うなと同時に、極端だなと思った私は言い返す。
「ひょっとしたらファッションデザイナーって道だってあるじゃないか」と言い返した。
「そんなの一握りの天才だけじゃない!」と、彼女はますます不機嫌になった。
彼女は渋々とカバンから裁縫箱を取り出し、溜息をついた。本当に家庭科の時間には辟易していたのだろう。あーあ、と溜息の後に私相手にズラズラと話し出す。

「ハンダ付けしてラジオ作ったり、木をデンノコで切ったり釘打ったり。モノ作ってるって感じが楽しそう。男子はホントに羨ましいよ。素人のブラウス作ったって何処で着ろっていうのよ。布と糸の無駄よ」

そうかな、と言い返そうと思ったがまた彼女のご機嫌が損ねるのは勘弁と思い口を噤んだ。
電気ノコギリで曲がって切ってしまうことだってあるし、配線間違えてラジオが鳴らない失敗があることを彼女は知らない。 

そうか、と僕は気づく。
彼女は技術科がやりたいのだ。男だから女だからと振り分けられてるのが、釈然としなかったのだ。
「……僕は」と言ったところで、私は現実に戻された。息子に何度も呼ばれていたのに、ようやく気づいた。
裁縫袋のカタログを握りしめ、ぼんやりと突っ立っていた私が息子には変に思ったのだろう。ソファ越しに一生懸命声をかけていた。

「どうしたんだよ、父さん。そんなに家庭科に興味あるの?」
「あ、いや、そんなことは……」

思わずしどろもどろになり、返事に困った。まさか昔に想いを更けていたとか、言えるわけがない。

「なんて言うか……いい時代になったなぁって、思ってさ」 

私の言葉に息子はますます変な顔をして、「変なの」と呟いた。息子に言われるまでもなく、確かに、私はおかしくなっていた。
何故、今になって家庭科嫌いの彼女のことを思い出したのだろうか。
それ以前に家庭科を習わずにして、いつの間にか家事一般のこのとは出来るようになっていた。今なら彼女の愚痴も分からないではない。しかし、家庭科を習っても一銭にならないの意味が未だに分からない。 
裁縫袋のカタログを元にあった場所に戻し、私は腕まくりをした。

「さて、母さんが帰ってくるまでに夕飯でも用意するかな」



……あの時、彼女の前でなんて言ったか思い出した。
たしか、休み時間のチャイムに掻き消されそうな声で、ぼそりと呟いたのだ。

「僕は、家庭科の方が面白そうだと思うよ」

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