『空中都市アルカディア』5

四、リカヴィトスの丘

シロンたちは十歳になった。

 この年の夏はネオ・アテネの上空にアルカディアが来るオリンピアの祭典がある。

 まだ十歳のシロンたちには関係なかったが、シロンとアイリスとライオスは将来アルカディアを目指していたから三人でリカヴィトスの丘へアルカディアを見に行った。

 青空の中にアルカディアが浮いている。アルカディアの下部にはたくさんの黒い高層ビルが氷柱つららのように下向きに建っている。高層ビルは最高でも五十階建て程度だ。高層ビル群を縫うようにして道が幾重にも交差しているのが見える。その上を自動車が走っていたり、歩行者が歩いていたりするのだとシロンたちは聞いていた。角度によっては、上部の白い神殿のような建物も見える。その上部の神殿のような建物こそ理想郷であるアルカディアの建物であり、その建築群の町として旧世界の古代ギリシャのような世界があるのだという。旧世界の人々はその科学力で空中高くに気圧や気温など気候がほとんど下界と変わらない島を作り上げたのだ。

 白いティシャツと青いジーパンを穿いた少年シロンはアルカディアを見つめて言った。

「あそこにはアカデメイアという大学があるんだ。その入学試験に受かればぼくたちはアルカディア人だ」

金髪で青い瞳の少女アイリスが言った。

「アカデメイアに行くだけではダメよ。それでは永住権は獲得できない。アカデメイアで四年間勉強して卒業してから自由市民になる試験に合格しなければ永住権は取ることができないのよ」

金髪を後ろに縛った背の高い少年ライオスは感心した。

「ふ~ん、そうなのか」

シロンは言った。
「ぼくだってそのくらいは知ってたさ。お父さんに教えてもらった。ぼくのお父さんはアカデメイアに行けなかった人間だ。でも、アイリスのお父さんはアカデメイアに行けたんだろ?」

桃色のティシャツに水色の短パンを穿いて、革のサンダルを履いているアイリスは頷いた。

「うん、でも、自由市民になれず、下界に降りてアクロポリスの役人になってる。アカデメイアを卒業して自由市民の受験資格を得たけど、三十歳までに合格しないと下界へ降ろされるの。わたしのお父さんはそれ」

「じゃあ、アルカディアに生まれた人はどうなるんだろう?」
と背の高いライオスは首をひねった。

アイリスは言った。
「自由市民の子供は自動的にアカデメイアに入学できる。でも、三十歳までに自由市民の試験に合格しなければやっぱり下界へ降ろされる」

ライオスは言った。
「ぼくは親から聞いたんだけど、アルカディアには自由市民だけじゃなくていろんな職業の一流の人たちも住んでいるんだよな」

アイリスは言った。
「一流の専門職の人たちなどの特別居住者は、アルカディアの裏側、下部に住むことになるの。あの高層ビルがニョキニョキ下向きに生えている所。上側つまり上部には自由市民しか居住が許されていない。もっとも、家政婦など自由市民の生活を支える職業の人は上部に住んでいるという話だけどね」

シロンはアルカディアを見て言った。
「ぼくは絶対にアルカディア人になる。空に浮いた島に住んでみたい。空中に浮いた島に住むってどんな感覚なんだろう。ぼくはホバーボードには乗ってるけど空を飛んだことはない。空中列車だけでも乗ってみたい。アルカディアは都市ごと浮いてるんだ、すごいよ。あそこは理想郷なんだよな」

アイリスは言った。
「わたしも絶対、アルカディアに行きたい。この世のものとは思えない美しい楽園を見てみたい。アルカディアの写真を撮って下界に持って来ることは禁じられているから、お父さんはその景色を絵に描いてわたしに見せてくれたの。白亜の建物。パンテオン。円形闘技場。劇場。凱旋門。アゴラ・・・。緑に覆われた古代遺跡のような天空の庭園。そして白いピラミッド・・・。シロンとライオスは学問でアルカディアに行こうと思うの?それとも何か特技で?」

シロンは答えた。
「学問だよ。ぼくにはそれしか考えられない。自由市民になるんだ。それがぼくの志だ」

アイリスは笑顔で言った。
「わたしとおんなじだ。わたしも学問でアカデメイアに入学して学びたいの。わたしのお父さんは残念ながら自由市民にはなれなくて、アクロポリスで働いているけど、わたしは自由市民になりたいの」

背の高いライオスは言った。
「アイリスはお嬢さんだね。父親がアカデメイアを出てるなんて。それに比べたら、ぼくの両親なんか、下界の大学を出た役人だよ」

シロンは言った。
「ライオス、それを言ったらおしまいだろ?ぼくのお父さんもリュケイオン大学を出てる一般の役人だよ」

少女アイリスは言った。
「ねえ、将来、三人でリュケイオン高校を受けてみない?」

「え?」

リュケイオン高校はコロナキ地区の南側にある。

「リュケイオンがアカデメイアへの合格率が一番高いから」
とアイリスは笑顔で言った。

シロンは頷いた。
「ぼくのお父さんもコロナキ中学、リュケイオン高校と進んで、アカデメイアに行けず、リュケイオン大学へ行ってる」

ライオスは言った。
「リュケイオン高校か。難関校だな」

アイリスは言った。
「わたしたちも将来、受けてみようよ。わたしたちなら行けるよ」

「リュケイオンに?」

「アルカディアに!」



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