『空中都市アルカディア』6
第二章 オリンピアの祭典
一、 コロナキ中学
シロン、アイリス、ライオス、カルスの四人はコロナキ中学に入学した。
中学にはクラブ活動があり、シロンとライオスはホバーボード部に入部した。カルスは入部しなかった。アイリスは音楽部に入部した。アイリスはピアノが上手だった。
アイリスの家は一戸建てで芝生の庭がある。広い部屋にグランドピアノがあり、彼女は毎日、古典音楽を演奏していた。シロンとライオスはよく、彼女の家でその演奏を聴いたものだ。
古典音楽とはいえ、それは大変動後の新世界のものだった。大変動前の旧世界の音楽は伝わっていない。伝わっているのはアルカディアにおいてだと言われていた。ちなみに新世界にはレコードという物がない。音を保存する機械は作られていない。ラジオもテレビもない。ついでに言うと、映画もパソコンも電話もない。写真はある。新聞もある。新聞と書物が世界への窓だった。なぜ、それほど旧世界のメディアがなくなったのかは、知られていない。人々はそんな物の存在すら知らない。もっともアルカディアにはあるかもしれなかった。が、アカデメイアで学んだ経験のあるアイリスの父によると、旧世界の楽譜や美術品は博物館に保管されてあるが、それを持ち出すことは固く禁じられていた。ラジオ、テレビ、映画、パソコン、電話、レコードなどは、そもそもその存在を人々が知らないために、「ない」などと言うことすらできなかった。少女アイリスは心が弾んだ。
「旧世界の楽譜を読んでみたい。そして、演奏してみたい。旧世界の美術品を見てみたい」
中学になると、教師たちが校則をうるさく言うようになってきた。
コロナキ中学には、制服というものはなかったが、白のワイシャツ、男子のズボンはスラックス、女子はスカートかスラックス、靴の色は白、などと決まっていた。
シロン、ライオス、アイリスはその規則を守っていたが、カルスは守らなかった。白いワイシャツは着て来たが、シャツの裾はズボンに入れず、ズボンは破れた部分のあるジーンズを穿いて来ていた。そのため、教師にいつも指導されていた。
シロンはカルスに言った。
「なぜ、規則を守らないんだ?」
カルスは笑った。
「なぜ、おまえは規則を守るんだ?大人の言うことを素直に聞くなんてバカみたいじゃないか?」
「規則を破って、いちいち教師に叱られる方がバカみたいだぞ」
「おまえはバカだ」
「それに、アルカディアに行きたかったら、校則は守るべきだぞ。素行面の審査もあるそうだからな。アルカディアは倫理の島だ」
「アルカディアには自由があるのかな?」
「あるだろう、自由市民なんてものがいるくらいだ」
「でも、下界でこんなに不自由なんだから、アルカディアも不自由じゃないのかな」
「じゃあ、おまえはアルカディアに行きたくないのか?」
「行きたい。もちろんホバーボードで。俺にとってアルカディアは栄光そのものだ。でも自由がなければ意味はない」
「アルカディアには自由市民がいるだろう?」
「学問のできない俺には自由市民になれる見込みはない。それに自由市民って本当に自由なのか?倫理ってなんだ?」
「それを学ぶ所が学校じゃないか。学校の規則くらい守れないようじゃアルカディアには行けないぜ」
「だから、俺は自由市民にはならないって言ってるだろ。ホバーボードの実力で金メダルを獲ってやるんだ」
そして、中学二年生から三年生になる夏、ネオ・アテネの上空にアルカディアが来た。つまり、オリンピアの祭典の年だ。十四歳のシロンとライオスとカルスはホバーボードのジュニアの部に出ることが決まっていた。一般の部には十八歳以上の年齢制限がある。ジュニアの部は十四歳以上十八歳未満と年齢制限がある。
各国代表に三人が選ばれた。ジュニアの部ギリシャ代表は、シロン、ライオス、そしてカルス。一般の部では金銀銅のメダルを貰う表彰台に上がればもちろんだが、八位入賞までアルカディアに行くことができる。もちろんジュニアの部では優勝してもアルカディアには行けない。しかし、ジュニアの部でも世界一は世界一だ。優勝すれば自信になるだろう。シロンもライオスも燃えていた。カルスとは小学生時代よくケンカしたものだった。ケンカはたいてい殴り合いだった。体格がほぼ等しいシロンとカルスがケンカをすると互角の力だったが、背の高いライオスは必ずカルスに勝った。その度に、カルスは言ったものだった。
「おまえなんか、ホバークラッシュで勝負したら俺に負けるんだからな」
ライオスは言い返した。
「いつのことだよ」
ホバーボードは先にスピードレースがあり、選手たちが市街地の決められたコースを滑走する。一番早くゴールに辿り着いた者が金メダルだ。
そのレースが終わると、ホバークラッシュがある。これはトリトン海浜公園にあるボードパークの中にある闘技場で行われる。
「俺はホバークラッシュには出ない」
と言ったのはシロンだ。
開会式のときに横にいたライオスは訊いた。
「なぜ?」
シロンは答えた。
「人を踏みつけるのは好きじゃないから」
ジュニアの部ギリシャ代表は、シロン、ライオス、カルスの三人だが、これは予選のトラック十周のタイムで上位三名を選ぶという単純な決め方だった。その結果はシロンが一位、カルスが二位、ライオスが三位だった。この三人が他の国々の代表選手とスピードを競ったあと、ホバークラッシュをやるのだが、シロンはホバークラッシュを棄権すると言う。
それを聞きつけたカルスはシロンを冷やかした。
「踏みつけるのが嫌じゃなくて、踏みつけられるのが嫌なんだろ?臆病者」
「なんとでも言えばいいよ。とにかく俺は出ない」
シロンは頑固だ。
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