見出し画像

【長編小説】『地下世界シャンバラ』18

第四章 ラパタ城
 
一、キトの鞭打ち
 
 ラパタ城は七百人のアガド軍に制圧されていた。ほとんどのラパタ国民は城壁の外に追い出された。
 ラパタ城内東門内側の広場。昼間はこの広場のみ一般のラパタ国民が入ることを許された。
 その広場の真ん中に、十字架が建てられ、キトが全裸で縛られていた。足は縛られ地面についていた。両腕は広げられ十字架の横棒に縛られていた。
 周りにはラパタ国の国民とアガドの兵士が取り囲んでいた。
 人々は囁いた。
「あれが、山賊グルドの娘か。やはり悪いことをすると、結末が悲惨なんだな」
「でも、若いな。なんだかかわいそうだ」
その広場を見下ろす位置にあるバルコニーからアガドは言う。
「さあ、鞭打て、山賊グルドが現れるまでその娘をいたぶるのだ」
鞭を持った兵士はキトの裸体の胸から腹にかけて鞭を打った。
ビシッ。
「ぐ」
キトは耐えた。
 兵士はキトの太ももを鞭打った。
ビシッ。
キトは歯を食いしばった。
「ライ、レン、もしくは親父が助けに来てくれる。それまで我慢だ」
だが、鞭は痛かった。キトの裸体の鞭打たれた部分が紫色になった。
 
 
 ライとレンはシャンバラの出口の洞窟の前にいた。そこにはアガド軍の置いていった見張りがいた。
「誰だ?貴様らは?」
見張りが言うとライはニヤリと笑った。
「俺の名はライ」
レンはライに言った。
「ライ、殺すなよ」
「わかってるよ」
ライは見張りの兵士五人を一気に倒した。
 ふたりは洞窟に入った。
 液体の出入り口を通り洞窟の中でさらに何名もの兵士を倒して地上の世界に出た。地上は曙だった。
 洞窟の出口になっている建物には多くのアガド軍兵士が守備に就いていた。ライとレンが出てくると兵士たちは居眠りから覚めて二人を囲んだ。ライとレンは波動拳で囲みを突破し、槍を躱し、剣を躱して建物の外に出た。
ツォツェ村にいた百人のアガド軍兵士にライとレンは囲まれた。
 ライとレンは百人の兵士と戦いたくなかった。殺したくない。殺されたくない。時間がかかる。七つの峠を越えていくために体力を消耗させたくない。
 ライはそこで震空波を放って脅すことにした。
 ライは百人に取り囲まれている中で右掌を突き出して震空波を放ち、その広場の中央にある、石を積んだ饅頭型の白い仏塔を破壊した。
 その威力に百人の兵士は度肝を抜かれた。
「ライ、仏塔を壊すのはちょっと・・・」
というレンの言葉は聞かず、ライはアガド軍兵士たちに言った。
「これが奥技震空波だ。おまえたちを皆殺しにするなんてわけもないことだ。殺されたくなかったら道を開けろ」
兵士たちは怯えて、ライとレンのために道を開けた。ライとレンは速足でツォツェ村を出た。
 
 
 日が沈むとラパタ城では十字架からキトは解かれ全裸のまま牢に入れられた。これはキトが死なないようにするための措置だった。牢では食事が与えられた。利用できる者は生かして置く、アガドの考えだった。
 牢の中でキトは米とスープだけの食事を摂った。
 すると、向かいの牢からキトを呼ぶ女性の声がした。
「あなたは山賊の娘のキトさんね」
キトはそちらを見た。松明の灯りの中に見えるのはラパタ国王妃だった。
「山賊の娘とはいえ、かわいそうに。わたしにはあなたと同じくらいの娘がいます」
キトは声を出すのも苦しいが、なんとか声を出した。
「ルミカのことか?」
「ルミカをご存じなの?」
「あたしはルミカとライとレンと行動を共にし、一緒にシャンバラへ行ってきた」
王妃は驚いた。
「そう?ルミカはシャンバラに行けたのね?で、あの子は今どうしてるの?」
「シャンバラはアガド軍に荒らされている。ルミカは隠れている」
「ではお姉様は無事なのですか?」
キトの牢の隣の牢から声だけがした。ルミカの弟コタリ王子だ。
 キトは言った。
「あたしが捕まったときにはルミカはレンとシャンバラの学校の二階に隠れていた。そのあとのことは知らない」
すると王妃の隣の牢から男の声がした。
「ルミカは帰って来られるのかね?今、国はこんな状態だ。あの子が帰って来ても迎えることはできない」
それはラパタ国王の声だった。キトはその姿を松明の光のもとに見ることができた。
「王様か。山賊のあたしとは正反対の立場の人だね。これが平時なら、あたしはあなたに囚われて処刑されてもおかしくない」
王は言った。
「王というのは絶対に正しいものだと思っていた。だが、このような状態になって初めて権力というものの恐ろしさを知った。王は正しいから権力があるのではない。権力があるから正しいのだ。今のアガドは正しいか?」
コタリ王子が言った。
「正しくありません、お父様」
「では誰がこの世に王道をもたらしてくれる?正しい者が平和に暮らす世界を」
そう国王が言うとキトが言った。
「闘林寺の僧侶、ライとレンがこの世を救ってくれる。あたしたちの運命はあのふたりに掛かっているんだ」
「ライとレン、ルミカを護衛して旅立ったふたりか。そうか、あのふたりが」
国王は遠くを見つめる眼差しで言った。
 翌朝、再びキトは広場へ連れ出され、十字架に縛られて鞭打たれた。
 若い娘が全裸で縛られ鞭打たれるというこの人間を人間として扱わない非道に、普通なら死にたくなるだろうな、とキト自身は思った。だが、キトには希望があった。ライがいる。レンがいる。父親と山賊の仲間がいる。キトは絶望しなかった。



前へ      次へ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?