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【冒険ファンタジー長編小説】『地下世界シャンバラ』17

五、サティーヤグラハ

 シャンバラに残ったアガド軍二百名は、制圧と称して好き勝手をした。犠牲になったのは若い娘たちだった。アガド軍兵士たちは軍事訓練で鍛え上げられた肉体で、シャンバラの娘たちを次々に強姦していった。
 だが、兵士たちは不満だった。なぜなら、シャンバラの住民がアガド軍のために食事を提供しなくなったからだ。
 ある民家で兵士は言った。
「おまえら、なぜ、料理をしない?殺されたいか?」
シャンバラ人の男性は言った。
「殺しても我々の料理は食べられない」
兵士は鞭でシャンバラ人の男性を打った。
「オラァ。俺たちの言うことが聞けないか?」
シャンバラ人の男性は言った。
「暴力でわたしたちを動かそうなど愚かなことだ」
兵士はシャンバラ人を鞭打った。打たれた男は床に倒れた。打たれた顔は紫になり血が出ていた。他のシャンバラ人もみなこのような「非暴力の抵抗」をした。決して反撃したりはしなかった。
 兵士たちは仕方なく食材を奪い自分たちで調理して食べた。しかし、歓迎会で食べたような美味い野菜料理はシャンバラ人にしか作れなかった。シャンバラ人は自分たちの料理も敢えて粗末なものにし、兵士の略奪を逃れた。
 シャンバラ人は決して、暴力で抵抗しようとはしなかった。兵士に暴力を振るわれても絶対に仕返ししなかった。そして、兵士のために働くこともしなかった。
 シャンバラ人は歓迎館前の広場に何百人も集まって声を上げた。
「アガド軍、出て行け!」
「アガド軍、出て行け!」
「暴力反対!」
「暴力反対!」
アガド軍の兵士のひとりは、歓迎館前に集まったシャンバラ人の先頭にいる男の右頬を鞭打った。そのシャンバラ人は倒れた。しかし、起き上がり、左頬を差し出した。兵士はたじろぎつつも男の左頬を鞭打った。男は倒れた。だが、起き上がった。兵士はその男を蹴飛ばした。
「貴様、死にたいのか?」
地面に倒れた男は立ち上がりながら言った。
「死にたくはない。だが、おまえたちに従いたくないという気持ちのほうがもっと強い」
「従え!従え!死にたくなければ従え!」
「嫌だ!嫌だ!誰もわたしたちを支配できない。自由と平和のシャンバラをおまえたちに変えさせない。出て行け!」
兵士は言った。
「抵抗しなければ、おまえたちは平和に暮らせるのだぞ!」
「暴力に支配された世界に平和はない」
兵士は言った。
「暴力?違うな。権力だ。偉大な権力に統治されてこそ人々の平和はあるのだ」
シャンバラの男は言った。
「違う。シャンバラには政府はない。ひとりひとりの人間が本当に平和を尊重するのならば政府はいらない。警察も軍隊も」
「ふん、そんな夢物語、こんな田舎にしか通用せぬわ。この鞭の痛みで目を覚ませ」
兵士はシャンバラの男を鞭打った。男はまた倒れた。そして、言った。
「おまえはかわいそうな人間だ。おまえたちの世界より優れた世界に来ているというのに、自分たちの劣った世界の常識でシャンバラを見ている。おまえの世界では軍事力がものを言ったかもしれないが、シャンバラは違うぞ」
「俺たちはシャンバラを制圧するよう、アガド将軍に命じられているんだ。命令に従うのが軍人だ」
「ようするに自分で考えることを放棄しているのだろう?間違ったことをしていると思っているのに、命令に従っているだけだと自分をごまかし・・・」
また兵士は男を鞭打った。
周りからシャンバラ人たちが叫んだ。
「やめろ!愚か者!平和なシャンバラに暴力を持ち込むな!おまえたちもシャンバラで暮らしてみろ!暴力の無意味さがわかるはずだ!」
兵士たちは躊躇いながらもシャンバラの人々を弾圧し続けた。
 
 
 ライは闇夜に乗じて山を降りた。葉野菜の畑の中を匍匐前進した。そして、畑から道に出るところで周囲を見た。道に見張りがいないことに気づいた。川を飛び越え、サファリ学長の家に向かったが、アガド軍の見張りはどこにもいなかった。シャンバラ人はアガド軍に対して暴力を振るわないとわかったため、見張る必要はないとアガド軍は手を抜いたのだ。ライは学長の家の戸を開けた。鍵はなかった。学長は眠い目をこすり出て来た。
ライは言った。
「学長、入れてくれ」
「うむ、入りたまえ」
学長はライを木造平屋の家に入れてくれた。ライは言った。
「学長、なぜ、シャンバラの人々は武器を取って立ち上がらないんだ?」
サファリ学長は言った。
「なぜ、武器を取って戦う必要があるのだ」
「だって、物は取られ放題だし、女は犯され放題じゃないか」
「それはそのうちに収まることだ」
「収まるまで耐え忍ぶのか?俺は女じゃないからわからないけど、犯された女の気持ちはどうなるんだ?その悔しさは・・・」
「それを治めるためにシャンバラの教育はあるのだ」
「犯されても抵抗しないための教育か?」
「犯すという行為が悪い。強姦がこの世にあることが罪で、犯した者も犯された者も罪はない」
「それはおかしい。犯された者に罪はないのは当たり前だ。でも犯した者には罪はあるだろう」
「ない」
「なぜ?」
「それは彼らの無知、無明むみょうから来るからだ。無知無明を取り除くことが大切であって、罪があると言って罰することに意味はない」
「でも、あいつらは罪のない女性を犯して快楽を得ているんだぜ。物みたいに女性を扱って、女性のほうは悔しい思いをする」
「あの男たちは快楽を得ていない」
「え?は?」
「快楽ではなく苦しみを得ているのです」
「は?」
 そのとき、引き戸を開ける音がした。
 サファリ学長は戸のほうを見て言った。
「誰だ?」
「僕です。レンです。ルミカもいます。入れてください」
「うむ、入りなさい」
レンとルミカが入って来た。ライは笑顔になった。
「レン、ルミカ!」
「ライ、無事だったか?」
「ああ、キトが攫われた。ラパタ城に連れられて行ったらしい」
レンは答えた。
「ああ、そうらしいな」
ライは言った。
「それにしてもこのシャンバラはひどいと思わないか?誰も抵抗しようとしないんだ」
サファリ学長は言った。
「抵抗はしている。アガド軍のためには協力しないという抵抗だ。暴力も使わない。非暴力抵抗運動、サティーヤグラハだ」
「非暴力?」
レンは言った。
「さすが、仏国土だ」
ライはレンに言った。
「さすが?レンは、これでいいと思うのか?女たちがおもちゃにされてるんだぞ。その悔しさはどうなるんだ?」
ルミカは言った。
「きっと、シャンバラの娘たちはよい教育を受けているのでしょう?」
ライはルミカに言った。
「よい教育?じゃあ、ルミカ。あんただったら自分を強姦した人間を許せるのか?」
ルミカは言った。
「それは・・・たぶん許せない。でもそれはわたしの修行が足りないからです」
ライは言った。
「違うだろ?シャンバラの哲学が間違っているんだ。真実がどうとか俺にはわからない。だけど、現実のひとつひとつの行為にその真実が生きてこなければ意味はない。どう行動するか、それが大事だ」
サファリ学長は言った。
「その行動がサティーヤグラハだ」
ライは言った。
「俺はそんなの認めない。戦うべき時は戦うべきだ。とにかく俺はキトを助けに行く。もちろん武力を使って。学長、文句あっか?」
「それが地上の流儀ならばそうするがいい。だが、真実はシャンバラにある」
ライは言った。
「じゃあ、俺はそんな真実はごめんだ」
サファリ学長は言った。
「では君たちに、ひとつ教えておきたいことがある」
ライは言った。
「教えなんて、俺は嫌だね」
「まあ、聞きなさい。お説教ではない。このシャンバラと地上を結ぶ通路のことだ。あの液体に満たされた空間の歪みに、再び震空波を当てることであの門を閉ざすことができる。ただし、閉ざしたら百年はどんなに強力な震空波を当てても開くことはない」
レンは訊いた。
「なぜ、それを僕たちに?」
「震空波ができるのは君たちだけだ。涅槃寂静をむねとするシャンバラ人には感情を爆発させる震空波はできない。そして、あの門を閉ざして欲しいのだ。アガド軍のような地上の人間たちにはシャンバラはまだ早すぎる。これ以上あのような者たちを侵入させたくない」
「わかりました」
レンは答えた。
ライは言った。
「じゃあ、レン、俺と一緒にキトを救いに行けるか?」
「もちろん」
レンがそう言うと、サファリ学長は言った。
「それから、もうひとつ、グルドがアガドに狙われている理由だが・・・それはグルドがシャンバラの秘宝、黄金のダイヤを盗んで行ったからだ」
「黄金のダイヤ?」
ライは訊いた。
サファリ学長は答えた。
「それを手にした者は地上の支配者になれると言われている物だ。アガドはそれを手にし、世界の帝王になろうとしているようだ。だが、グルドが持って行った物は偽物だ。本物はまだ、シャンバラにある。それに、それを手にしたところで地上の支配者になれるなど迷信なのだ。それだけは伝えておく」
ライは言った。
「シャンバラの秘宝か。俺にとっては、ニルヴァーナより真実っぽいや」
ライはレンのほうを向いて言った。
「じゃあ、行こうぜ、レン」
レンは言った。
「ああ。サファリ学長、ルミカをお願いします。すべてが片付いたら、戻ってきます」
サファリ学長は頷いた。
「うむ。ルミカはしっかり守る。安心しなさい」
 ライとレンは旅の支度をした。迷宮洞窟を通り、ラパタ国まで七つの峠を越えて行かねばならない。しかも、途中、アガド軍の見張りがいるかもしれない。戦いも覚悟しなければならない。
 ルミカはレンとライに言う。
「必ず、キトを助けてください。そして、もしラパタ国が混乱していたら平和を取り戻せるようにしてください」
ライは笑った。
「平和を取り戻すか・・・すげえスケールがでかいな」
レンは言った。
「ルミカ、やれるところまではやる。だけど、僕たちはただの武道家だ。国をどうこうとまではいかないかもしれない。とにかく、キトを連れて戻ってくるよ。そしたら、このシャンバラで修行をしよう」
サファリ学長は言った。
「入り口は閉ざしてくれないのか?」
レンは言った。
「これ以上アガド軍が来られないようにすればいいのでしょう?」
「そんなことができるのか?」
「わかりません。僕としてはできればシャンバラへの入り口は開けておきたい。一度閉めたら百年は開かないなんて、僕らにとっては二度と開かないのと同じ事ですからね」
「うむ、頼んだ。こちらもサティーヤグラハでアガド軍を治めてみせる」
レンは言った。
「じゃあ、また、会いましょう」
ルミカは言った。
「絶対に帰って来てね」
レンは頷いた。
「うん、絶対に」
ライは言った。
「じゃあ、行こうぜ」
 ライとレンは月の出た夜の道を歩き始めた。アガド軍兵士の見張りはいなかった。
 ふたりきりになるとレンは夜空を見上げた。
「あのひときわ大きな星が、このシャンバラの北極星だそうだ。そして、その周りを囲むように円を描いている星々を『北の大円座』っていうらしい」
「ここは俺たちの星からどれだけ離れているのだろうな?地下で繋がるなんて不思議だな」
「ああ」
「今頃キトはこの夜空の星々のどこかに囚われているのか。そう考えると遠い。でも俺たちは地下で繋がっている。キトは待っている」
「無事だといいな」
「早く行こうぜ」
ふたりは足を速めた。



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