『空中都市アルカディア』21

第二章    愚者たちの地球


一、 ユラトン教授

 アカデメイア最初の授業は歴史だった。新入生全員が大講堂に集まって歴史の講義を聴くのだ。大学側からはこの講義は必修で必ず出るようにと固く言われていた。

 大講堂は階段状に学生の席があり、一番下に教壇と黒板があった。

 授業開始のベルと共に老教授が大講堂に入って来た。腰の曲がった灰色の髭を蓄えた老人男性だ。彼は教卓の後ろに立つと言った。

「わたしの名はユラトンと言います。ユラにトンと書いてユラトンと読みます。歴史学者です。今日、初日は大変動の真相から語りたいと思います。地殻の大変動で海に大地が没したと言われています。そこで、人類はアルカディアを空中に浮かべそこに逃れたと言われています。そして、何千年後かに再び大地が現れ、そこに人類は再び降り立ったことになっています。ここまではよろしいでしょうか?」

講堂は静かになっている。

「しかし、これは出鱈目でたらめです。そもそも、地殻の大変動などは起きていません」

「え?」

シロンは驚愕した。今まで自分が信じてきた歴史、その根幹の部分が出鱈目だというのだ。

「地殻の大変動など起きていない?」

講堂内はざわついた。

「お静かに」

ユラトン教授は続けた。

「当時、地球には五百億人の人口がいました。その社会は混沌としていました。大衆、つまり愚者どもが主導権を握る世の中だったのです。政治も文化も多数派の愚者たちのためにあるようになりました。そこで品格高く、高潔で能力の高いギリシャ人を中心とした人格者たちがアルカディアという都市型の宇宙船を浮かべ愚者たちの世界から抜け出しました。ギリシャ人に高潔で能力の高い人格者が多かった理由は、当時ギリシャ・ルネッサンスが起こっていたからです。学問の中心はギリシャでした」

シロンはわけがわからなかった。アルカディアが宇宙船?

 ユラトン教授は続けた。

「賢者たちを乗せた宇宙船アルカディア号は新天地を求め宇宙に旅立ちました。そして、地球にそっくりな星を見つけ、そこに降り立つことにしました。まず、ギリシャ人が多かった賢者たちは首都の場所を選びました。そして、選ばれた場所が現在のネオ・アテネなのです。そのようにして賢者たちは古名を大地に次々と与えていきました。それがみなさんが現在、『地球』と呼んでいるこの惑星です」

シロンは挙手して質問した。

「先生、それではこの地球の他に、もうひとつ地球があるということですか?」

ユラトン教授は答えた。

「落ち着いて聴いてください。そうです、この宇宙にはわたしたちの祖先が捨てて来た愚者たちの地球があるのです」

講堂内はなおもざわざわしていた。ユラトン教授は続けた。

「しかし、わたしたちの祖先にも誤算がありました。それは、新しく選んだ地球にも愚者たちが現れるようになったのです。なぜ、社会は愚者、つまり大衆を生むのでしょう。仕方なく祖先たちは品格のあるものだけが入れる聖域としてアルカディアを世界に君臨させることにしました。しかし、祖先たちの思いもよらなかったことに、アルカディアの住民にも愚者が現れるようになったのです。祖先たちはさらに手を打ち、アルカディアを上部と下部に分け、下部に愚者を追いやり、上部には楽園を保存することにしました。しかし、愚者は次々と現れ、アルカディアの賢者たちは次々にその政治問題を解決する手を打たなければならなかったのです」

 

 

 その夜、シロンは眠れなかった。寮を出て、庭園を歩いた。エンペドクレスの飛び込み台近くに行き、その野原で星空を見上げた。

「この宇宙のどこかに人間の暮らす地球がもうひとつ、愚者たちの地球、俺たちの先祖の故郷があるのか」




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