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大江健三郎さんと陳健一さんの死によって、後期昭和の幸福は完全に終わった。

2023年3月、おふたりはお亡くなりになった。とても感慨深い。ただし、ぼくの気持ちをいったいどうやって伝えたらいいだろう? そもそもふたりにはなんの関係もないじゃないか、と人は言うでしょう。たしかに大江さんはノーベル賞を受賞した現代文学の小説家、他方陳健一さんは麻婆豆腐のおいしさを日本人に広めた四川料理の料理人、ふたりは生まれた時期も20年違う。では、どうしてぼくはおふたりの死を結びつけてしまうのか? それは第二次世界大戦後、後期昭和という時代の思想的歪みをぼくが覚えているからだ。


第二次世界大戦後の後期昭和は、アメリカ主導のGHQによるギルティ・プログラムによって、日本人はみんな「戦争やってごめんなさい、これからは民主主義です。民主主義バンザイ!」と洗脳されたものだった。なお、民主主義は必ずしも左翼と結びつくものではないけれど、ただし、民主主義理解において平等を重んじるときおのずと左翼思想と結びつく。じっさいには社会主義国に幸福があるかどうかたいへん怪しいにもかかわらず。いずれにせよ当時は大江健三郎さんのみならず、朝日新聞も後期昭和の知識人もみんなほぼ例外なく左翼だった。かれらはみんな中国を支持した。中国人たちはみんなで力を合わせて良い国を作ろうとがんばっているのだ、とみんなおもった。もちろん、後にわかることには当時の中国は地獄だったのだけれど。はやいはなしが日本の知識人はみんな中国に騙されたのだった。


他方、陳建民さんの息子さんで日本で生まれ育った中国系日本人の陳健一さんは、料理ビジネスに邁進しながら、いったいどんな気持ちで戦後を生きただろう? ぼくは陳健一さんのお陰で麻婆豆腐を大好きになったし、ぼくは陳親子を敬愛しているけれど、ただし、ぼくにかれらの気持ちをわかるはずもない。



なお、ぼく自身は大江健三郎さんの小説の愛読者というほどではまったくないけれど、それでもぼくは大江さんを通じて文章は何度となく書き直して鍛えてゆくべきものだということを学んだ。また、大江さんは講演の名手で、かれのトークにはなんとも言えないユーモアがあった。また大江さんと奥様の光さんへの愛情がどれだけ多くの人を励ましたか知れない。ついでに言えば、大江さんはご近所に住む所ジョージさんを大好きだった。


おふたりの死によって、ぼくは後期昭和精神の終わりを知る。高度成長期と呼ばれもするあの時代は、しかし、けっしてそれだけではなかった。たしかにたくさんの間違いもあったにせよ、しかし誰もが民主主義を良きものであると信じ、公平な分配を望んだ。当時大江さんは文学界のスターだった。同時に、すばらしくおいいしい麻婆豆腐の作り方を教えてくれる中国系日本人料理人・陳健民・健一さん親子にわれわれ日本人は盛大な拍手を送った。べつに必ずしもかれらを結びつけて語る必要はないにせよ、いずれにせよそんな後期昭和精神をぼくは懐かしむ。なるほどあの時代、日本人はみんなたくさん間違った。しかし、間違っていたからといってなにが悪い。そこにはまったく悪気はなく、ただ善意だけがあった。後から来た(話芸の達者な禿頭の大阪おっちゃんキャラゆえ憎めないとはいえ)百田なにがしごときがいまになって偉そうに当時の大江さんを糾弾することこそが滑稽だ。


大江健三郎さんと陳健一さんのご冥福をお祈りします。


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