3センチの魔法。(服好きのお友達は、お直し屋さん。)

既製服の時代、ここ半世紀というもの、服好きはみんなお直し屋と深い仲。お直し屋さんとのおつきあいなくして、けっしてお洒落はありえない。たとえ1本のジーンズであっても、けっして裾上げだけではなく、むしろ自分好みのシルエットを考え、相談し、具現化する (Clothing alteration)には、お直し屋さんのお力をお借りするほかない。


ジーンズの話をしましょう。あ、いま女たちはデニムと呼んでいますね。いずれにせよ、なにしろ選択肢が多く、Levi’s、Wrangler、Lee、GAP、はたまたEDWIN、BIG JOHN、MUJI(無印良品)、さらにはジーンズマニアならば誰でも贔屓のマイナーブラドを持っていることでしょう。(ぼくだったら新小岩&本八幡のGパン屋サカイが推しているエイト・ジーとかね。)はたまたワークウェア・ショップが扱っているジーンズには、体を使う人のためのジーンズという発想があって、これもまた見逃せません。ブランド好きにはDISEL、DENHAM、桃太郎ジーンズ、Evisu、はたまたA.P.C.、Maison Margiela、BALENCIAGA、PRADA・・などの贅沢な選択もあるでしょう。どのブランドにも個性があり魅力もあって穿き比べてみたい誘惑にかられるけれど、ただし、そんななかもっとも買いやすく、安くて品質の良いブランドはユニクロではないかしらん。


00年代以降ユニクロはどんどんマーケットを大きくしていて、いまやユニクロは日本全国だけでも800店舗もあって、しかも海外でも好調。ユニクロはジーンズに命を賭けている。その情熱の甲斐あって、一説には年間販売数がなんと1,000万本以上、国内ジーンズ市場の1/7がユニクロ、と憶測されるようになってひさしい。ユニクロのジーンズは(創業以来多年にわたる壮大な試行錯誤の結果、近年2015年くらいからは)品質がひじょうに高い。生地は重すぎず軽すぎず、染色も良い、なかにはほど良い色落ちがあらかじめほどこしてあるものもある。たとえばストレッチ・セルヴィッチ・ジーンズには伸縮性が考慮してあって、新品の段階ですでに穿き心地も快適で、動きやすい。裾上げ代金込みで4000円。他社ならばかるく1万円はするでしょう。ありがとう、ユニクロ! すべてスケールメリットあってこその偉業ではあって。


ただし、これだけ大きなマーケットでご商売をなさっているゆえ、どうしてもデザインが多数派ウケを狙うようになる。つまり、いまやユニクロはいわば国民服に近づきつつあって。そもそもファッションとは〈ある集団と同化したい。/連中とは一線を画して目立ちたい〉というふたつの正反対の力が拮抗しているジャンルゆえ、意地でも多数派に属したくない派や、(たとえひかえめであっても)目立ちたい派はユニクロを着ない傾向がある。もっとも、これはいかにももったいないことではあって、ユニクロの下着も、ヒートテックタイツも、あるラインのドレスシャツも、はたまたカシミアセーターも、あれほど良質なものをあの低価格で買える幸福を手放すなんてちょっとありえない。じっさいぼくはUNIQLO Uのサラリーマンコート(キャメル色のいわゆるステンカラー・コート)を愛用しているし、MARNIとコラボしたスカーフも大好きだ。もちろん、裏起毛タイツも下着もユニクロがサイコーだ。


さて、ジーンズマニアにとっては、ユニクロは生地も染めも良いし、履き心地も快適。ただし、近年のほとんどナンセンスなほど、誰もかれもがウルトラストレッチのスキニーを穿くようになったあのブームをリードしたのもユニクロであることの他方で、ユニクロは(ストレートやワイドの)シルエットが大味に-tastelesslyに-感じられる。(邪推するならば、ワイドパンツは生地がスキニーの二倍は必要ながら、しかしだからといって二倍の値つけをするわけにもいかないゆえ、したがってユニクロはワイドパンツを売ることに熱心ではないのかもしれません?)また、ユニクロのジーンズは見るからにLevi’sファンクラブ代表であるとはいえ、ユニクロのLevi’s観にはどくとくのバイアスがかかっています。


もっとも、本家Levi’sにも功罪があって。その罪はまず最初に、Levi'sのジーンズは、旗艦店で売るそれなりの価格帯のものと、他方、ジーンズメイトその他で売るユニクロ価格のものとは品質がまったく違う。(なお、この低価格帯で比較するならば、ユニクロ・ジーンズの圧勝でしょう。)次に、Levi'sを代表する501&505のシルエットを、あろうことかLevi'sは時代に応じて、どんどん細身に寄せていって、もはや型番の意味をなさない。(したがってジーンズマニアはアメリカ製Levi'sの古着をあさることになる。)他方、功罪の功の方は、シルエットの豊富さにあって。たとえば、2000年代に登場した、股上が浅く、スリムとストレートの中間の511はひそかに大人気だし、また、マイナーながら股上が浅く、ボックス型のひかえめにほんの少しだけ細身の506など愛さずにはいられないシルエットもまたある。なお、ぼくは好きなシルエットがいくつかあって、そのなかでボックス型のシルエットは欠かせない。(またバギーパンツなどワイド系もまた好きだけれど、ただし、近年Levi’s がひそかに出しはじめているワイド系‐568~569‐のシルエットはまだまだ途上にあるとはぼくはおもう。)これに対して、日本のジーンズマーケットを熟知しているユニクロはこういうLevi’sのデリケートなシルエットのラインには関心を寄せない。それはそうでしょう、なぜってユニクロはもはやジーンズおたくを相手にするような、そんなマイナーな商売をするポジションにはいません。


では、ジーンズマニアは(かっこつけて)ユニクロジーンズを敬遠すべきですか? いいえ、そんなことはまったくなくて。はやいはなしが、4000円払って自分の体に合ったユニクロのレギュラー・ストレートのジーンズを買って、裾上げをしてもらって、次に、そのジーンズを自分好みのシルエットにすべく、お直し屋さんに相談すればいい。それだけのこと。もっとも、ワイド系の場合は、そうかんたんにゆくかどうかはわからないけれど。


お直し屋さんはどの街にも一軒か二軒はあるものだけれど、ああ見えてあの人たちは服作りのプロフェッショナルたちです。たとえば、ジーンズのシルエットを直すにあたっては、まず最初にジーンズのサイドのステッチ(糸)を解いて、次に依頼されたシルエットに合わせてカットして、ぶ厚いデニム生地を縫える工業用ミシンで、(同じ色と太さの糸を選んで)ステッチがずれないように縫い直す。技術のいる仕事です。したがって、一本のジーンズのお直しに3500円~5500円くらいかかるのは仕方がありません。ユニクロのジーンズの値段と同額を払ってお直しするくらいのことは、服好きの心意気です。



なお、ぼくの経験上おもうことは、ウデのいいお直し職人は高齢者に多い。おもえば日本人が洋服作りに情熱を捧げたその最盛期は20世紀初頭、大正時代から昭和40年(1965年)あたりまで。当時洋服は大枚はたいて仕立てるもので、街に一軒は仕立て屋があったもの。職人たちはみんなそれぞれクライアントの体形に合わせた型紙の取り方に個性があって、自分の美意識と技術に誇りを持っているもの。(喩えるならばそれは画家のデッサンのスタイルが画家ごとに違うようなもの。)もちろん庶民にそんな贅沢はそれこそ「よそゆき」の服に限られる。そこで主婦や未婚女子の多くは雑誌『装苑』や『ミセス』の付録の型紙を使って、見よう見真似で自宅のミシンで家族や自分の服(ふだん着やちょっとした「よそゆき」)をこしらえたもの。むろん、プロの仕立て屋の仕事に比べれば素朴で初歩的なもの。ただし、多くのしろうとたちが自分で服を作った時代だったゆえ、型紙がありがたがられもした。また、服作り人口の裾野が広かった時代ゆえ、ウデのいい仕立て屋はありがたがれ、尊敬されもしたものだ。こういう時代は20世紀初頭から1965年あたりまでのことだった。こうした時代に、高田賢三、山本寛斎、ヨージ・ヤマモト、そして川久保玲が育っていった。



しかし、1960年代に既製服の時代がはじまって、服は工業製品になってゆきます。一方でラグジュアリーブランドが、他方で既製品の低価格服の時代が到来し、結果、仕立て屋は両側から攻められてやむなく消えていった。銀座からさえも仕立て屋が消える時代が来るなんて、誰が想像できたことでしょう。1990年バブル経済が弾けた後もなおカネ持ちは一定数いるもので、30万円払ってイタリアンスーツやブランドのドレスを買う人はそこそこいても、しかし(残念ながら)30万円払って、街の仕立て屋で自分の体に合わせたスーツやドレスを作る人は(芸能人や政治家以外には)ほぼいなくなった。また、きょくたんなはなしいまや趣味さえ捨てればスーツは1万円でも買えるし、古着屋ならば千円で買える。もはやスーツはドレスの輝きを失い(とうていテイラード・ジャケットとは呼べなくなって)公務員やサラリーマンの仕事着になり下がり、同時に、若者から休日のサラリーマン、はたまた老人に至るまで街着は既製品のジーンズになっていった。こうして街から仕立て屋が消え、職人たちの一部はお直し屋さんに転業していった。



したがっていまウデのいいお直し職人さんは(日本人が洋服作りに情熱を捧げた時代を生きた)70代~80代に多い。手仕事とファッション好きがあいまってのことでしょう、みなさん明るく元気で若々しい。なお、みなさんそれぞれ立派なウデとセンスを持ちながら、しかし日々の仕事の大半はジーンズの裾上げである。なんてもったいないことでしょう! 服好きにとってパラダイスがそこにあるというのに。


今回ぼくはユニクロのブラックジーンズ(レギュラー・ストレート)を買い求め、それを近所のお直し屋でLevi’sの506のシルエットに直してもらった。なお、そのお直しにはジーンズの価格4000円とほぼ同じ値段がかかったものの、ただし、ぼくはそれを大好きになった。なお、そのお直しとは前みごろ1.5センチ、後ろみごろ1.5センチ、計3センチを詰めたもの。ぼくは3センチの魔法を知った。


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