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映画『プリシラ』。あどけない16歳の少女が世紀のロックスターに愛されたときから、ジェットコースターな人生がはじまった。

さすがソフィア・コッポラ(b.1971-)、かの映画監督コッポラのお嬢さん、しかも女の子の気持ちがわかってますね~。物語は1959年、西ドイツ、当時24歳のエルヴィス・プレスリーは、デビュー6年目ですでに大スターになって3年を経て、軍役についている。エルヴィスは故郷のメンフィスを恋しがっている。そんなある日、アメリカ人の(まだ16歳にも満たない)ポニーテイルのあどけないハイスクールの女生徒プリシラと出会い、エルヴィスは恋に落ちる。もちろんプリシラはエルヴィスの大ファン。エルヴィスがどうしてわたしに夢中に? プリシラは天にも昇る得意な気分と同時に不安な気持ちもよぎる。ましてや彼女の両親にいたっては大反対。それでもふたりは少しづつ関係を深めてゆく。





エルヴィスはやんちゃなガキ大将みたいな気質を持ちながらも、しかしたいへん紳士的なマナーを身につけていて、けっしてあさましく少女の性をむさぼりはしない。エルヴィスは終始一貫プリシラをレディとして扱う。プリシラは有頂天で、シンデレラガールの階段を一歩一歩昇ってゆく。丸襟の白いブラウスにピンクのカーディ、チェックの膝丈スカートが似合ったあどけない少女は、ロングドレスの似合う大人の女性に少しづつ成長してゆきます。もっとも、エルヴィスによるプリシラの愛し方かわいがり方には、無意識的に、フランス語の aprivoiser (深い関係を築く~飼いならす)のニュアンスが潜んでいて、それがこの映画の不穏な伏線にもなっています。ただし、ふたりともそのことに気づけない。そしてゴージャスな結婚式。プリシラの有頂天なよろこびが伝わってきます。もちろんエルヴィスもまたおおよろこび。


ところが物語の中盤に至ると、エルヴィスの抱え込んだ不安がせりあがってくる。おれはミュージックビジネスに利用されているんじゃないか? おれがほんとうにやりたいのはもっと違うことなんだ。かれを盛大に売り込んだマネージャー、トム・パーカー大佐への不信感も見え隠れする。エルヴィスの睡眠薬はだんだん量が増え、エルヴィスは聖書にすがり、精神世界に救いを求める。あれだけ紳士的だったエルヴィスに情緒不安定が目につくようになり、怒ると手がつけられなくなる。あきらかにエルヴィスの精神は崩壊に向かっています。もちろんプリシラもまた不安にさいなまれる。タブロイド紙はつねにプレスリーと共演女優の恋愛話の記事を掲載する。それでなくてもエルヴィスはハリウッドに入り浸りで、メンフィスの豪邸には帰って来ない。いつのまにかプリシラは籠のなかの小鳥、囚われの身になっていた。映画の緊張感はどんどん高まってゆきます。


しかもあの時代の風俗描写も緻密にして的確で、1950年代~60年代の羽の生えたアメ車、あの時代の女性服のデザイン、果てはベッドサイドのアールデコデザイン置時計に至るまで、あの時代のアメリカのふんいき満載です。もっとも、ハリウッド流儀のシナリオ・ライティング基準においては、あるいはエンディングが弱いという見方もあるかもしれません。しかし、それであってなお、この映画はロックンロールの黎明期、スターの苦悩、セレブと結婚することの光と影をリアルに描いていて、きっとあなたは十分楽しめることでしょう。






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