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〈瓶のなかの森〉。ヒラタケ菌、38日間の旅。

いやぁ、びっくりすた、現代のヒラタケにサイエンス最前線のこだなドラマがあったなんて、おらはちっとも知らねがった。
ーおいおい、スージー、おまえまで山形弁しゃべることないだろ。嫌われるぞ、山形県人に。
ーどうもすみません、かれらの熱烈なヒラタケ愛にぼくにまで伝染しちゃって!


きょうぼくは近所の中華食材店で山形県庄内町の、ヒラタケ 200円、埼玉県産の山東菜(緑ではなく白のチンゲンツァイ)130円、有机花菜(有機農法の華奢で、はかないカリフラワー)130円を買い求めた。ニンニク、生姜、タマネギ、タカノツメはうちに買い置きがあるし、こちらで買った秘密の調味料、招牌拌饭酱(シイタケ風味の辣油)もある。


家に帰ってぼくはまずニンニク、生姜、タマネギを刻み、山東菜を洗ってザク切りにしておく。
花菜(カリフラワー)を洗う。中華鍋を煙が立つほど熱する。そして鍋にオリーヴオイルを落とし、ニンンク、生姜、タマネギ、タカノツメ2本を炒める。次に、山東菜と花菜を投入して塩、胡椒して炒め、それらがやや縮まってきたらヒラタケを投入、招牌拌饭酱(シイタケ風味の辣油)をひとさじ垂らして、炒め合わせて、できあがり。
おいしい! いいですね~、キノコと野菜のマリアージュ♡


もともとヒラタケは森のなかで育つもの。森のなかのキノコの胞子が風に乗って飛ばされたり、動物に付着して移動したり、いずれ土にまじりあってゆく。やがて菌糸は樹の根にびっしり絡みあいながら繁殖し、落葉や木の実、動物の死骸などを養分として育つ。しかし、この現代、他方でキノコは、人智を尽くした徹底管理のもとで栽培されるようにもなった。山形県の菌糸町こと庄内町のヒラタケ栽培はどんなふうかしらん。ぼくは検索をかけてみた。


では、ヒラタケ菌、38日間の旅を見てゆきましょう。まず最初にその旅に先だって、栽培者は菌を育てる培地を作ります。培地は大事なんですよ、菌のおうちですからね。スギやカラマツやブナなどのオガクズか、あるいは稲藁かもしれません。
そこに米ぬか、フスマ、トウモロコシなどを混ぜます。これって言わば森の土壌を作るようなこと。ここにすでに栽培者の苦労があって、
かれらはつぶやくわけですよ、
「ドウモロコスがちょっと多いっけな」とか、
「フスマちょっと増やすべが」とか、
「オガクズの粒子大ぎすぎっず」とかね。
もちろん温度、湿度も適切に管理されます。
なお、培地作りにおいては温度は20度~30度くらいのあいだで適切な温度が定められています。
みなさん山形大学の理学部生物学科などご卒業の立派な科学者たちでしょう。


次に、栽培者はこの培地を瓶に詰め、その瓶は植菌の部屋へ移される。なお、菌株は大事な大事なもので、マイナス20度くらいで凍結保存されていることでしょう。この菌株もあまりにも培養回数が多くなると、育ちがのろくなったり、小さくなったりするそうな。すると栽培者はつぶやきます、「もうこの菌株も劣化すたな。森さ行って、げっきなヒラタケとってぐんべ。」
かれらは森の捜査官です。
人呼んで「キノコ警察、ジョン刑事」なんちゃって。
そしてかれらは元気な菌株を良い状態で保存することに命を賭けます。菌を液体窒素で(瞬間冷凍させて)保存したりもするらしい。

さて、植菌された後、その瓶は培養の部屋(温度は20度、湿度70~80パーセント)でしばらく過ごします。ここで栽培者は瓶をさかさまにして、芽出しの部屋へ移す。(こちらは温度15度、湿度90パーセント)。いよいよ菌がキノコの姿を現してくるわけですよ。さらには発生の部屋(こちらは温度12~13度。)いま、まさに伊福部昭先生の音楽がクレッシェンドで聴こえてきます。こうして瓶のなかのヒラタケ菌は38日間の旅をして、
見事に育ち、全国に出荷され、そして西葛西の中華食材店で、ヒラタケはぼくと出会う。
ぼくはつぶやく、38日まえにきみは姿もなかった。しかし、北国の海沿いの街できみは38日を過ごし、いまかわいらしい姿でパックのなかに収まっている。ぼくはきみを待っていた。必ずきみは現れてくれるはずだと信じていた。そしてきみはちゃんと来てくれた。ありがとう、マドモワゼル・ヒラタケ。
彼女がぼくに囁いてくれた言葉、そしてそこからさらに発展するぼくらの会話はここには書けない。それはふたりだけの秘め事だ。


彼女は〈科学が作り上げた、瓶のなかの森〉で育った。自然と科学のあいだで。きみを育てた栽培者たちはニュートリノとか脳化学とかロケット開発とかワクチン開発などには見向きもせずに、
ただひたすらヒラタケ栽培に情熱を捧げる。
なんて純粋な魂を持った人たちだろう。
ぼくの耳に栽培者たちの声が聞こえてくる、
「おらだはヒラタケ愛すてる。」
わかる。あなたたちのそのおもいは痛いほどわかる。しかし、もしかしたらヒラタケこそがあなたたちの心を誘導して、自分自身のクローンを大量に作らしめているのかもしれない。そのくらいのことはキノコならわけないこと。つまり、もしかしたら純朴な山形県庄内町の町民たちは、ヒラタケに操られているのかもしれません。それはじゅうぶんありうること。世界が人間中心にできているなんて、大間違いもいいことだもの。

英国の生物学者、マーリン・シェルドレイク著
『菌類が世界を救う』(河出書房新社2022年)という本があるそうで、こんな言葉が飛び込んでくる。「あなたがこの文を読むあいだにも、
菌類は十億年以上そうしてきたように生命のありようを変えている。岩石を食べ、土壌をつくり、汚染物質を消化し、植物に養分を与えたり枯らしたりし、宇宙空間で生き、幻覚を起こし、食物になり、薬効成分を産出し、動物の行動を操り、地球の大気組成を変える。菌類は私たちが生きている地球、そして私たちの思考、感覚、行動を理解するためのカギとなる。」
いやぁ、これは読まなくちゃいけませんね。

Eat for health, performance and esthetic
http://tabelog.com/rvwr/000436613/


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