北葛西4丁目で、南インド、ケーララの元TVシェフがエレガントな料理をふるまってくれる。

きっとあなたは夢を見るでしょう。美しい湖、寺院、優しくて親切な人々が暮らし、最高のビーチが、霧のかかったコーヒー農園が、そしてあなたの体と心を癒してくれるアーユルヴェーダ施設がある古都、トリッシュール(Thrissur)に暮らす大金持ちになった夢を。


いやぁ、どこに名店があるかわからないものですね~、だって北葛西の住宅地ですからね。そう、コッチヨ ハラール多国籍料理のことですよ。もっとも、こちらは事実上、南インド、ケーララ料理店で料理はホテルスタイルでなんともgracefulでキラキラ~ン☆って輝いてる。ハラールって記載されているのは経営者がムスリムだからですね。もっとも、自称カレー王さんが大絶讃ゆえ、ぼくはあらかじめ名店と知っての訪問でした。住宅地の瀟洒なビストロといった趣。内装は木材とコンクリを併用していて。1階5卓20席。2階20席。厨房はほぼ専任料理人1人、給仕兼料理人1人、そして知的な風貌のシャミール・アハメド(SHAMEER AHAMED)さんを含め、経営陣はIT関係者4人というフォーメーション。


さて、ぼくはランチタイムにヴェジ・ターリ・ミールス1050円をバスマティライスで(+150円)注文。待つこと数分、来た来た来た来た来ましたよ。ステンレスの丸盆(ターリ)の上にバスマティライスが盛られ、その上にパパドが乗り、そのまわりにステンレスの小鉢が円周上に並びます。いかにもサンバルらしい香りをたてるサンバル。艶やかに輝き透明感にあふれ、トマトとタマリンドの綺麗な酸味のなかに黒胡椒のキックをひそませたラッサム。優しく煮込まれ豆、その黄色が美しいクートゥ。キャベツとニンジンのひかえめにスパイシーな炒めもの(ポリヤル)。冷菜のパッチャリ(ヨーグルトベースにマッチ棒状にカットされた冬瓜入り)。奥深い酸味をそなえたフレッシュマンゴーのアチャール。そしてデザートのお米のパヤサムである。全体に漂うココナツのほのかな甘い香り。ゼッタイおいしい。やばいっしょ♡


まずはすべての小鉢を丸盆の外へ出し、パパドを砕きごはんの上にかけ、そしてそのパパドまじりのごはんに一方からラッサムを他方からサンバルをかけて、混ぜ混ぜして食べてゆきます。おいしいなぁ。めちゃめちゃおいしい。ケーララらしいおいしさ。料理の美しさと色彩の華やかな振り分け、優美な香り、けっして過剰さを狙わない品格あるスパイス使い、的確な野菜のカット、正確な加熱、そしてこのミールスにおいては冷菜のパッチャリが一品混じることによってミールス全体の気品はさらにいっそう高まる。この料理人さん、ゼッタイめちゃめちゃ育ちが良い。ケーララ料理の貴公子ですよ。しかもこれだけ品位ある料理を厨房2人で仕上げていることもまた驚くべきこと。


そんなぼくの心のときめきをかれは察したかしらん、料理人はぼくのテーブルに様子を見に来た。ぼくは料理を絶讃し、そして訊ねた。「どこのホテルレストランで仕事をしてらしたのですか?」するとかれは答えた、「もう25年料理人やってるからね。わたしが働いていたのはChennai のSheratonとそしてChola hotel。その後ケーララ、フランス、シンガポールで働いて、日本へ来ました。」ぼくはおもった、やっぱりね。 星つきホテルの厨房にはたくさんの料理人が働いていて、厳しい競争社会です。そこで生き残り出世するには、あらゆる調理技術を高く身に着け、仲間たちに「あいつはすごいッ」っておもわせるオーラを放つ存在になる必要があります。


こちらのメニューは、ミールス、各種ビリヤニ、ポロッタ+カレーのセット、各種ドーサ、ウタパムセット、はたまた桃の実スタイルの(?)2種のカレーあいがけカレーライスもあります。ムスリムによるレストランゆえ、アルコールの提供はなし。そのかわりマンゴーミルク、グラブジャルハット、アヴォカドミルク、ロイヤルデーツエリクサーなどエキゾティックな飲み物が揃っています。なお、ぼくはアヴォカドミルク(430円)に挑戦してみたもの。アヴォカドとミルクの配合は1:1くらいかしらん。ほの甘さがあって、給仕が言うには、その甘さは白砂糖じゃないよ、だそうな。

ふたつ心配なことがある。(なるほど江戸川区はインド人が5000人暮らす場所とはいえ、インド人が外食をするのはおおよそ週末と祝日に限られています。したがって平日の売り上げは日本人客をあてにすることになる。)さて、まず第一にこちらコッチヨは場所がいささか微妙なんですよ。葛西の住宅地ですからね。東京江戸川区、葛西と西葛西の中間地点。どっちの駅からも1km(歩いて15分ほど)。近くにあるのは華屋与兵衛と郵便局とドン・キホーテくらい。東西線の高架を背に、中央通りを船堀方面に進んで、メルセデス・ベンツ江戸川のある中葛西1丁目交差点(葛西橋通り)を越えてひとつめの信号、すぐ左手です。なお、葛西駅から都バス秋21に乗れば、ふたつめの江戸川操車場前下車3分。船堀駅からは都バス24なぎさニュータウン行きに乗って、葛西郵便局下車1分です。


ふたつめの心配はコッチヨの料理が(ミールスに顕著なように)値つけは格安でありながら、しかしふるまっているのはいわゆるケーララ高級料理であること。普通の値段でおいしさは高級なんだからみんなおおよろこびじゃないか、とみなさんはおおもいになるかもしれません。しかし、実は必ずしもそうではなくて。売りやすいのはむしろ屋台料理だったり、定食屋料理だったりするもの。じっさい東京では沿線駅の立ち食い蕎麦が繁盛し、ラーメン二郎が絶大な人気と売り上げを誇っている。焼肉屋は相対的に客単価が高く、良い肉を仕入れる見識さえあれば、調理の手間もほぼなく、比較的人気店になりやすい。それに対して、ミシュランを狙うようなレストランは調理行程がたいへん多いにもかかわらず、しかし回転率は悪く、経営コストを回収し利益を上げるのにたいへんな苦労をします。(もしも商売だけを考えるならば、駅近でカレーライス屋をやる方がよほど儲かるでしょう。)しかし、この世の中、ただひたすら儲けることだけを生き甲斐とする人たちばかりではありません。最高の料理を提供し、お客を幸福にいざなうことにプライドを満足させ、そこによろこびを感じる人たちもまたいるのだ。こちらのレストランは、南インド人のIT関係者たちが、自分たちにとって最高の料理を食べたいという目的で作られたもの。ただし、それであってなお、もしも十分な集客がなければ、レストランを続けることは難しい。


ぼくは祈る、コッチヨの料理がふさわしく賞讃され、立派に繁盛し、長きにわたって延命しますように! だって、万が一にもこういう名店が潰れるようなことがあったなら、東京のインド料理マニアはみんな千年の悔いを残すでしょう。そのとき泣いて悔やんでももう遅い。そんなことがあってはいけません。われわれの底力を見せるとき、それはいまです。もしもあなたが南インド料理を愛しているならば、たとえ交通費をいくら使ってもそれに見合う悦楽を手に入れることができるでしょう。急げ、北葛西4丁目へ。


【追記】ぼくはコッチヨを再訪して知ったことには、「ケララの厨房の貴公子」と呼ぶべきシェフのお名前はPrasanth(プラサンス)さん。かつて若かった頃はケーララのテレビ局Media One でTVシェフを務めてらしたそうな。また、相棒の給仕兼料理人もまた生まれ故郷タミルを振り出しに、諸外国で立派な経歴を持ち、来日後は錦糸町カレーリーフで料理長を務めたKhan Rafitさん。かれは日本人の奥様を持ち、日本語も達者です。やっぱりね、コッチョ・ハラールの料理には、華があるもの。


コッチヨ ハラール多国籍料理(KOCHIYO Haral Multi Cuisine)


03-6674-2717

東京都江戸川区北葛西4-22-14

営業時間:11:00~15:00(L.O.14:30)
17:00~22:00(L.O.21:30)

定休日:火曜日


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