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『故郷に沈む』

ジャンル▷3本話
キーワード▷ 花冠/ニシキヘビ/春霞

 錦を纏って着飾る女は蛇のような眼を持っていた。
 タンポポを宝石に閉じ込めたかのような不思議なその目は、春の霞に薄ぼんやりとその姿を眩ませる故郷に向けられている。
 女は故郷に向けてシロツメクサの花冠を両手で掲げ、“まるで花の額縁みたいですね”だなんて言って目を細めて笑った。
 あと数ヶ月後にはダム底に沈む故郷を、せめて記憶の中でくらい水ではなく花の中にでも閉じ込めたいのだろうか。
「君は既に沈んだというのにね」
 私はそう女に告げると、女の口元は弧を描き、その目と同じく三日月を作るのだ。

蛇足の舞台背景
 いつもとは違う物語の作り方をしたお話。いつもはワードを見て、脳内にある湖にパッと映った情景から前後を追う感じで想像してるけど、今回は指定ワードたちから「錦を飾る」「竜頭蛇尾」「シロツメクサの花言葉/約束」「曖昧模糊」という言葉を更に連想して、その言葉に合わせてつくったお話。

 舞台背景としては、女は自殺した後に有名になった画家だった。作中で話してる女は男の幻想であるため、鉤括弧で表現されるセリフはない。彼女の遺書に書いてあった「私のことを文字にして残して欲しい」という彼女との一方的な最後の約束のために、男は暫く置いていた筆を再び手に取り、最後を結ぶために思い出の故郷へと赴いた。
 彼女が死んだこの故郷を訪れ、その体験で締めをくくった本はこのあとほんの僅かな間有名になるが、線香の煙ほどの噂はすぐに消えた。この後、男がどうなったのかは誰も知る由はない。

 竜頭蛇尾は故郷についてを指している。ダム底で沈む故郷は、昔はそこそこ栄えていたものの少子高齢化が進み衰退していった。
 曖昧模糊は男の精神状態や故郷を指している。かつてここに住んでた人たちは、水に沈んだこの土地を、思い出を、いつしか遠い記憶の片隅へと追いやって忘れてしまうだろう。

 男が女へと放った言葉には「身を沈める」という言葉にかけている。女が死んだことにも、その時の彼女が失意の境遇に陥っていたことも表している。

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