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浜口内閣の失敗を繰り返さず、この社会の土台を守るために

兵庫県知事選と「既成エリート」不信

2024年11月17日の兵庫県知事選挙で斉藤元彦氏が当選したことを受けて、私は眠れない夜を過ごしました。
衆院選での国民民主党、都知事選での石丸伸二氏の躍進、そしてトランプ氏の米大統領返り咲きなどなど、最近の動きの根っこは全て同じでしょう。インフレで実質賃金が低下し、生活水準を下げざるを得なくなった多くの「普通の人々」が、「既成勢力」ないし「エリート」(「既成エリート」と呼びます)とみなされる人々への不信を募らせているのです。「既成エリート」とは具体的には、公務員・マスメディアの社員・大学教員、そして政治家の一部などを指します。かれらはもっともらしいが分かりにくい言葉で話し、結局は「既得権益」を守ることにばかり熱心で、「普通の人々」の生活を良くしようとはしない、と。誰か、この状況を打開するだけの突破力がありそうな人に賭けてみたい、と。

政党政治を終わらせた世界恐慌・昭和恐慌

同じような状況が、1930年代の初め、世界恐慌(日本では昭和恐慌)の時期にもありました。不況の中、規制政党の政治に対する不満が高まり、ドイツではヒトラーのナチ党が第1党となり、日本では五・一五事件で政党政治が終わりました。五・一五事件は海軍・陸軍の青年将校たちが首相官邸・銀行・政党本部などを襲い、犬養毅首相らを殺害した事件ですが、人々が立憲政友会・立憲民政党の二大政党に失望し、軍を清新な政治勢力とみなすようになってきていたことが背景にあります。

浜口内閣の失敗

世界恐慌・昭和恐慌が発生した時の日本の首相は、立憲民政党の浜口雄幸でした。東大法科を出て大蔵官僚になった、まさにエリートと言われるような人物です。浜口内閣には経済・財政・外交をめぐる一貫した理念と政策がありました。政策の中心は金輸出解禁、つまり国際金本位制への復帰です。円相場を高い水準で安定させ、世界貿易を容易にする。その過程で、競争力の弱い企業は淘汰し、日本経済を強靭化する。財政緊縮を行い、その一環として軍事費を削減し、中国大陸における軍事行動は自制する。意図的に不況に導くために国民に痛みを強いることにはなるが、国際協調的で、長期的な見通しを持った、理性的な政策だとみなされていましたし、選挙で国民の支持を得ていました。
浜口内閣がこのような政策を推し進めていた矢先、アメリカを震源に世界恐慌が発生します。それでも浜口内閣は政策転換を行いませんでした。政府は不況に対して有効な対策を取ることができず、特に農村の不況(農業恐慌)は、若い女性の身売りが横行するような悲惨なものとなります。浜口は狙撃されて退陣を余儀なくされ、首相は同じく民政党の若槻礼次郎に交替、その後立憲政友会の犬養毅内閣へと政権交代しましたが、五・一五事件で犬養は殺され、政党政治そのものが否定されることになるのです。
結果が分かった現在からあえてジャッジするなら、金輸出解禁政策が当時どんなに理性的に見えていたとしても、世界恐慌が発生した時点で中止するべきでした。まずは生活難にあえぐ国民を救うことを最優先すべきでした。国際協調、為替安定、財政再建といった従来の政課題については、金輸出解禁政策の中止を前提に、次善の策を考えるべきだったと思います。

人命と人権を軽視する政治の恐ろしさ

「普通の人々」が「既成エリート」の体制を否定する政治潮流、つまりポピュリズムというのは、かなり幅広い内容を持ちうるもので、ナチスだの五・一五事件だのを持ち出すのはあまりに恣意的だというご批判があるかもしれません。それでも私がこれらを想起せざるを得ないのは、最近の政治的な動きとの共通項として、「人命と人権の軽視」があるからです。ナチスや戦時期の日本が人命・人権を著しく軽視したことは言うまでもありません。今、国民民主党は「現役世代」の金銭的負担軽減という文脈で、「尊厳死」なるものの法制化を掲げています(これはまた別の記事にしたいと思います)。また自ら兵庫県知事選に立候補して斎藤氏を応援しその勝利に大きく貢献した立花孝志氏は、百条委員会委員長の自宅前で演説と言う名の恫喝を行い、「これ以上脅して自死しても困るのでこれくらいにしておく」と述べました。斉藤氏自身も、公益通報者を保護するための最低限のルールを破り、それが最悪の結果に繋がったことは明らかなのに、反省している様子はありません。
エリート・反エリート以前の問題で、人命と人権を軽んじる人たちに権力を持たせてはいけません。

浜口内閣の失敗を繰り返さない

歴史の文脈は、その時、その地域によって異なるので、歴史がそっくりそのまま繰り返されることはありません。しかし人間の社会が試行錯誤を繰り返している以上、過去と似ている状況に遭遇することはありますし、歴史から学ぶことは有益です。
人命と人権を重んじるというのは最も大事な規範であり、この社会の土台です。戦後の日本社会は、人命と人権をより良く守ることを目指して、時々の後退はあっても、大きく見れば少しずつ前進してきました。この価値観を共有できる政治家のみなさん、特に最大野党である立憲民主党の方にぜひともお願いしたいのは、浜口内閣の失敗を繰り返さないでくださいということです。
具体的には、消費税減税は財政再建を遠のかせるからダメだ、といった「良識」はいったん曲げて、今、人々の生活を救うべきです。税収を補填するためには大企業にかかる法人税率を上げたり、財産税を導入したりするのが良いと私は考えますが、その辺りの調整がついてから消費税を下げるというのではおそらく間に合いません。
この社会が本当に壊れてしまう瀬戸際まで、すでに来ていると思います。


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