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化けられた男

ボタンを押して、二歩後退する。
壁と天井のへりを見上げながら、思う。
「最近、目がかすむなあ」
大理石風の壁をじっと見つめていると、ようやくピントが合ったようだ。
横を向いたたぬきのような模様ができている。
 

それにしても最近寒い。
ポケットに手を入れ、スマホを握るように持っていると、ぶるっと震えた。
画面の表示を見ると、18:28
その下に、通知がひとつ。
「新着メッセージがあります」
マスクを片耳だけ外してロックを解除しようとしたとき、目の前の扉が開いた。
呼び出していたエレベーターが来たようだ。
中から、思わず目を覆ってしまうほど眩しい光が差す。
 

誰かが降りてくる気配がしたので、避けようとすると、思いっきり額をぶつけた。
どうやら、先方も避けるつもりだったようだ。
手にしていたスマホが、わたしより先にするっと乗り込む。
「すみません……」
「こちらこそ……」
小さく謝罪を交わしたのち、先乗りのスマホを拾い上げる。


画面をタップすると、通知がない。
よく似たケースだったので、わたしのものと勘違いしたようだ。
閉まりかけたドアを急いで開けて、
「あの……」
もう、姿はない。
スマホのホーム画面は信楽焼。
ああ、新着メッセージは誰からだったんだろう。
わたしは疲れた体を揺らして追いかける。

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