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初めて珈琲が飲めるようになった日のこと

小さい頃、珈琲が飲めなかった。これは私に限らず、ほとんどの人が子供の頃は珈琲が飲めなかったものだと思う。苦くて真っ黒で、こんな飲み物をなぜ大人は「おいしい」と飲むのだろうと思っていた。

それなのにふと気付けば、自分も毎朝起き抜けに珈琲を入れて飲んでいる。いつからこうなったんだっけ、と記憶を巡らせてみる。

大学生の頃、友達と遊ぶ時はカフェによく行った。新しくてお洒落なカフェから、カフェというより喫茶店といった感じの古いお店まで、カフェ巡りをするのが女子大生の遊び方だった。

だけどいつも私は紅茶を頼んでいた。元々紅茶が好きだったし、珈琲が飲めなかったので選択肢は絞られ、自然と紅茶を選んでいた。

そんなある日、先輩と一緒にカフェ巡りをしていた。「何か飲みたいね、次はどのお店に行こうか」と歩いていると、小さなお店を見つけた。

その看板にはこう書いてある。
「コーヒーと本とレコードの店」

中に入ってみると、本棚に本がずらりと並んでいた。そして店内に広がる珈琲の香り。席に座ってメニューを見てみると、様々な種類の珈琲がある。

その日は7月半ばで暑かった。喉が渇いていた私は、冷たい飲み物が飲みたかった。だけど何を飲むか決める時、珍しく私は紅茶を選ばなかった。なぜなら頭の中でこんなことをぐるぐると考えていたからである。

「コーヒーと本とレコードの店」と謳っているお店に入ったのに、珈琲を飲まないのはいかがなものか?ここの店主さんはコーヒーに自信があるのに、ここまで来ておいて紅茶を頼むなんてつまらないではないか?

そう考えた私は、アイスコーヒーを頼んでみることにした。せっかくの先輩とのお出かけだから、何かいつもと違う飲みものを飲んでみたかったのだった。

豆の種類なんて聞かれても分からなくて、適当に飲みやすそうなものを頼んだ。

そうして私の前に置かれた初めてのアイスコーヒー。喉がカラカラだったので、ストローを咥えてゴクゴクと飲む。そしてストローから口を離すと、ふわっと珈琲豆の香りが鼻を抜ける。その感覚は今まで味わったことがなく、心地よかった。

「え!おいしい!」と思わず声が出た。そしてあっという間に飲み干してしまった。

家でインスタントコーヒーを飲んでみた時は、ただ苦くて黒い飲みにくい飲み物だった。それなのに、その"コーヒーと本とレコードの店"で飲んだアイスコーヒーは、「苦っ!」という飲みにくさが無く、1口飲むたびに豆の香りが広がった。豆の種類なんて1つも知らない私でも、「おいしい!」「いい香り!」と感動した。

その日から私の中で珈琲は「苦くて黒いまずい飲み物」から「良い香りのする奥の深い飲み物」になった。飲めなかったはずのインスタントコーヒーも飲めるようになったし、カフェに行くとブラックコーヒーを注文することも増えた。

気付けば毎朝、自ら進んで珈琲を飲んでいる。飲めなかったものが飲めるようになるという体験は、ちょっと不思議なものだ。

苦手だと思っていたものが、とても良いものや高級なものに触れることによって、苦手ではなくなることはよくある。私にとって珈琲は典型的なその例の1つ。苦手だったものが好きになるという特別な経験をさせてくれたあの"コーヒーと本とレコードの店"での思い出は今でも消えない。あのお店に行ったのはその1度だけだが、久しぶりにまた行ってみたいなぁと思う。

自分の書いた言葉を本にするのがずっと夢です。