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芹沢怜司の怪談蔵書「29.老婆の晩酌」

 ヒィヒィと息を乱しながら図書館まで歩いた。いくら運動不足でも二十分歩いたぐらいで疲れるはずがない――と思っていたのだが、予想以上に坂道が多くて体力を削られてしまったのだ。
 入口の傍にあるベンチに座って息を整える。帰りも坂を上ったり下ったりするのかと考えるとずっとここにいたくなる。

 少し汗が引いたところで図書館に入り、カウンター周辺で目的の怪談コーナーを探すも見つからず、司書に聞いてみると図書館の一番奥にありますよと案内された。普通はカウンターの近くにあるものだが、怖い表紙が多いから奥の方に移されたのだろうか。それとも常設だから宣伝するまでもないと判断したのか。図書館の事情は分からないので想像でしかないが。

 怪談コーナーでは特集が組まれていた。今月の特集はドッペルゲンガーのようだ。ドッペルゲンガーが出てくる怪談本をまとめてあるのだが、小説に関してはネタバレにならないだろうかと、妙な心配をしてしまう。

 何冊か立ち読みして、気になった本をいくつか借りることにした。知人から渡された図書カードを使ったが、他人のカードを使用するのはドキドキする。バレやしないか。バレて、事件に巻き込まれたらどうしよう。しかしそんな妄想は実現することなく、あっさりと借りられた。

 最近は不安になってばかりいる。

 毎日のように怪談話をしているせいだろうか。

 最初に立ち塞がる坂道を前に足が止まる。違う道を通ってみようか。もしかしたら坂が緩くなるかもしれない。

 そう思ったのが間違いだった。

「参ったね……」

 つい呟いてしまう。道に迷ったのだ。途中からまた考え事をしてしまったのも悪い。全く知らない道をこれ以上進む気はない。戻ろう。

「おお」

 周囲を見渡すと、外壁が見えないほどお札が貼られた家に囲まれていた。お札は何かを封じ込めるものだ。剥がさなければ問題ないけど、こうもたくさん貼られていると不安が募る。

 できるだけ周りは見ないよう戻ろう。しかし私を引き留める本が一冊。懐に入れていた元・白紙の本が何か話せと主張している……そんな気がする。

 仕方ない。来た道を戻る前に怪談話をしよう。早く帰りたいから短い話だ。

【老婆の晩酌】

 ギィギィと木の軋んだ音が聞こえる。音の出どころは今は誰も住んでいない家からだ。

 おいでおいで

 老婆と思しき招き声が聞こえる。

 美味しいお酒があるよ

「未成年だから」

 アルコールは入ってないよ

 美味しいよ

「味は?」

 血の味さ

 ギィイイィィィと耳をつんざくような音が鳴って扉が開く。皺だらけの手が伸びてくる。
 腕を掴まれる寸前、ギリギリのところでその手から逃れる。扉から出てくる老婆の姿を見たくなくて走り出す。

 自分の家まで走って「ただいま!」と声を上げて扉を開ける。

 おかえり

 腕を掴まれ、錆びた臭いが鼻の奥に入り込んできた。

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