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芹沢怜司の怪談蔵書「2.揺れない旗」

 散歩していると道に手袋や長靴などが落ちていることがある。どうしてこんなところに落ちてるんだ? 落とし主は困らないのか? と考えてしまう。親切心で拾いはしないが。

 私は誰の物か不明な落とし物には触れないようにしている。目の前を歩いている人が落としたら拾って渡すが、何が憑いているか分からない代物を触るのは遠慮したいのだ。

 しかし外で気を付けなければならない物は落とし物だけではない。長らくそこにあるもの……例えば電柱、看板、そして交通安全の旗。

 交通安全の旗にまつわる話が一つある。此度はそれを紹介しよう。


【揺れない旗】

 児童の安全を考慮して各地に立てられた交通安全の旗。私が住む町の旗はシンプルに「交通安全」と書かれており、色は景観に馴染む気がないほど黄色い。まあ極一般的な旗だ。

 この旗は一切揺れることはない。どんな強風でも揺れているところを目撃した人はいないとされている。風がなくても揺れる旗は怪談の定番だ。それに逆らうかのように揺れる気がない旗は反骨精神に溢れている。

 旗がいつからそこにあるのか――正確に知る者はいない。誰もが「気付いたらあった」と口を揃えて言うのだ。警察署や市役所にも話を聞いてみたが同じ回答だった。
 設置者不明の旗を撤去する気はないのかと聞いてみると、何度か話が持ち上がったがいつの間にか有耶無耶になり今日まで放置されているそうだ。上の許可なく撤去するわけにはいかないし、何より不気味だから率先して実行する人もいない。そのおかげで私は『揺れない旗』を拝見できたわけだ。

 ある日、旅行中の若者が台風のさなか件の交通安全の旗を見にきた。わざわざ台風の日に来たのは本当に揺れないか確かめるためだ。若者の期待通り旗は一切揺れていなかった。
 どうしてピタリと止まっているのか? 平均的な身長の成人男性であれば容易に届く高さだ。好奇心の塊である若者は旗に顔を近づけた。

 瞬間、顔を撫でつけていた風の感触が消え、オオォォオオオォオと風の音なのか唸り声なのか判別がつかない音が聞こえてきた。音の正体を考えていると、不意に旗が顔をめがけて動き出した。

 まさか動くとは!

 一人だったら旗に巻かれて窒息していたことだろう。若者は後方に待機していた知人に引っ張られて間一髪のところで助けられた。

 揺れない旗の正体――それは単なる物ではなく、一種の生物なのかもしれない。旗に擬態して近づいてきた獲物を狙っているのだ。なぜ擬態対象に交通安全の旗を選んだのかは旗に聞いてみないとわからないが、それはきっと人間には理解できないものなのだろう。

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