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芹沢怜司の怪談蔵書「20.シャワーの赤い水」

「怜司さん無事にホテルまで戻ってきましたよー」

 儀式の調査をしていた知人から連絡が入った。相変わらずの暢気な声に呆れる。

「いやぁ、僕より体格がよくて健康的って感じの人がいて助かりましたよ。彼の仲間もなかなかの体つきで、運動嫌いの僕と比べたら天と地ほどの差がありまして。スポーツでもやっていたんですかね? 村人たちの視線を集めていましたよ。おかげで僕は狙われずに済みましたから感謝しないといけませんね」
「君は本当に豪運だね……」
「運の良さなら誰にも負ける気はしませんね。ところで僕の話は良いんです。儀式はお話通りでしたし。怜司さんの家はどうなりました? こっちの方が不確かなことが多くて気になります」
「それなんだけど……ちょっと困ったことがあってね」

 前回のスキマ女は目論見通り使われていない部屋に出没した。どこからか視線を感じたから床か……あるいは天井に潜んでいるのだろう。立て続けに部屋に入らなければ問題ない。入る気もさらさらない。

 問題となったのは風呂場だ。

「浴槽からとても魅力的な手が生えてきたんだ」
「それは……海に手招いているあの手ですか?」
「おそらくそうだね」

 見た人を海に引きずり込む魔性の手。それが浴槽から生えてきていたのだ。お湯を張り終えたときはいなかったから、着替えを取りに行っている短い時間で現れたのだろう。

「油断していたから誘われそうになってしまったよ。風呂場で溺死はしたくないから本当に危なかった。足元に石鹸があって良かったよ」

 たまたま床に放置していた石鹸が足に当たったおかげで我に返れた。あの石鹸がなかったらと思うとゾッとする。

「もうお風呂に入れないじゃないですか。どうするんです?」
「銭湯通いになるね。このままだと住めなくなるから、怪談話の収集が終わったらなんとか除霊したいよ」
「いっそのこと本物の幽霊屋敷を目指してみてはどうですか。何体もの幽霊が住み着いている物件はここだけ! ってオカルトマニアに宣伝したら売れますよ。僕も買いたいです」
「買うのは君だけじゃないかな……しかし本格的な幽霊屋敷化はいいね。ここまできたら住めなくなるのも時間の問題だし。よし、せっかくだから風呂場にもう一つ怪談を追加しよう」

【シャワーの赤い水】

 赤い水を見たことがありますか?

 水道管の錆が原因で赤い水が出てくることはありますが、この水はただ赤いだけではないのです。

 触れたら溶けるのです。

 まるで酸に触れたみたいにジュッと音を立てて皮膚を溶かしていくんです。1滴でもかかれば骨まで溶ける。もちろん人体に限らず床でも同じように溶けていきます。

 そんな危険な水がどうして長い間話題にならなかったのか――。

 理由は一つです。赤い水が出てくるのは、とあるアパートのシャワーだけだからです。
 アパートの部屋は狭く、2人以上住むには窮屈でした。ほぼ一人暮らし専用となっているアパート……シャワーの使用者は必然的に住民一人に絞られます。

 1滴でも浴びれば骨まで溶けてしまうシャワーは有名ではありません。何も知らない住民がシャワーを使う――彼、彼女たちは悲鳴を上げる間もなく亡くなってしまうのです。
 多くの犠牲者を出しました。あのアパートは住んだら風呂場で死ぬぞと噂されるようになりました。
 当然経営はうまくいかなくなりました。今はもうそのアパートはありませんが、時が経ち、人々の記憶は風化していきました。現在、建物の土台が建設されています。完成後は犠牲者が出るでしょう。

 赤い水は手を変え品を変えまたわたしたちの前に姿を現します。蛇口を捻るときは水が跳ねないように距離を置くのがいいでしょう。

 赤い水が出てくる原因ですか?

 昔々……あの場所で何者かに酸をかけられて亡くなった人がいました。その人は恨み深い質で、怨霊と化して酸の水を生み出したと伝えられています。

 しかし真相はわかりません。すべて「伝えらえている」だけですので。
 
 人の手によるものではない。

 これしかハッキリと言えることがないのです。

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