芹沢怜司の怪談蔵書「31.13月1日」
「霧が出てきたね。もう外には出れない」
徐々に霧が深くなってくる。今はまだコンビニがハッキリと見えるが、数分後にはぼんやりとした明かりしか見えなくなるだろう。
「あっ、僕が引き込まれそうになった旗がありますね!」
外を眺めていた知人がはしゃいだ声を上げている。ついに旗もやってきたようだ。
この家で話した怪談はほとんど集まっている。まだ見かけていないのは――お手伝いさんと家事代行サービスと儀式か? 火の玉は電話越しだったな。あれは知人が話した場所で出現したのだろうか。
最初の方に話した怪異は来る日が読めない。しかし確認されていないだけでどこかにいるのかもしれない――どうも薄ら寒さを感じる。
「怜司さん、まだお昼ですしもう一つ話しませんか?」
知人は明るく次の話を催促してきた。考え事は止めて、今は本に怪談を聞かせようか。
「時間あるから三話ぐらいはいけると思うよ。それじゃあ、久しぶりにここの本から選ぼうか」
【13月1日】
十一月に入ると、翌年のカレンダーを買おうとする人が増える。可愛い犬猫、アイドル、アニメ……多種多様なカレンダーをただ見ているだけでも楽しい。
カレンダーはお店で買うだけじゃなく、新聞社や車の販売店などからも送られてくる。僕の家は毎年新聞社から送られてくるカレンダーを使用しているのだが、今回はそれに加えて謎の日めくりカレンダーも送られてきた。
企業から送られてくるカレンダーには社名が書かれている。しかしこの日めくりカレンダーは一切わからない。特徴のない、どこでも売ってそうな普通のカレンダーだ。
社名も書かれていないカレンダーに、僕は気味の悪さを感じていた。間違えて送られてきたのなら良いけど、こんな普通の日めくりカレンダーを送る人はいるのだろうか。ポストにねじ込まれていたからプレゼントではないと思う。いったい、何のために入れたのか……。
「いらないなら貰っていくぞ?」
「あっ」
「ダメだったか?」
「いや、そんなんじゃないけど……」
「歯切れが悪いな。物は大切にせんといかんよ」
急に祖父が部屋に入ってきた。
父に用事があって家に来ていた祖父は、どんな物でも大切に扱い、最後まできっちり世話をする人だ。きっとこのカレンダーも最後の日まで捲り続けてくれるだろうけど……。
「おじいさーん、帰りますよー」
玄関から祖母の声が聞こえてきた。祖父は返事をして「じゃあ貰っていくぞ」と持っていってしまった。
ここでもっと強く駄目だと言えたらどんなに良かったことか。しかし祖父は怖い。何度怒られたか、もう覚えていない。僕は内気で、人の怒鳴り声が苦手だ。でも今回ばかりは怒られてもカレンダーを渡すべきではなかった。
次に祖父と対面したのは翌年の1月1日。祖父は白目を剥いて倒れていたところを祖母に発見されて病院に運ばれ、死亡が確認された。
遺品の整理をするために祖父の部屋へ行くと、壁に掛けられた日めくりカレンダーが目に入った。
家族全員が凝視する。
『13月1日』
カレンダーは存在しない月を表していた。
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