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芹沢怜司の怪談蔵書「22.鐘の音」

 廃墟で怪談を語り終えた帰り道、頭を占めるのは無事に帰宅できるかどうかだ。現状何も起きていないが、梅雨の時期みたいにジメッとしている。

 カランカランカラン

 神社の前を通り過ぎると鐘の音が聞こえてきた。段々と近付いてくる音……この怪異は知っている。

 なるほど。

 今までの本の所有者はこの鐘の音のせいで亡くなったのかもしれない。

 本当に存在する怪談を話した後にやってくる鐘の音――私は怪異に対抗するために声を出した。

【鐘の音】

「今年はお神籤を引いています」

 鐘の音が止まる。

 実在する怪談を口にしたとき、稀に鐘の音が聞こえてくる。この音が耳元で鳴ると魂を吸い取られてしまうとされている。

 対処手順に沿って追い返すと以後は何度怪談を話しても二度と訪れることはない。しかしその方法はあまり知られていない。最初に生還を果たした人――その人が遺した手記にしか対処法が書かれていないからだ。

 カランカランカラン

 先ほどより少しだけ音が遠ざかった。

「お賽銭を入れました」

 すぐさま次の言葉を紡ぐ。

 私は懸命に今年の初詣を思い出していた。この怪異は初詣時の行動を伝えると去っていく。手記によると三つ話したら鐘の音は聞こえなくなったらしい。
 手記を書いた人がどうして初詣時のエピソードを話したのかはわからない。たまたま初詣のことを思い出していたのだろうか。

 カランカランカラン

 うっかり聞き逃してしまいそうな小さな鐘の音が聞こえてきた。おそらくこれが最後だ。

「手水をしました」

 初詣での行動を話すときは思い出した順で良い。手記にも適当だったと書いてあったので大丈夫だろう。

 …………

 一分間隔で鳴っていた鐘の音が聞こえない。脅威が去ったのは良いが、いまだにこの怪異の正体は不明のままだ。
 さらに懸念事項がある。神社の前で本に読み聞かせてしまったのだ。鐘の音は縛り付けられてしまうだろうか。ランダムに出没されるよりマシだが、もし神社近辺に出没するようになったら、神社と近隣住民には陳謝するほかない。


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