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芹沢怜司の怪談蔵書「28.恨みのお触書」

 真夜中の町を歩いていると、別の世界に迷い込んだような錯覚に陥る。

 化物に見つかったら喰われてしまうのでは?

 もう自分は目をつけられているのでは?

 そう考えると一刻も早く帰ってしまいたくなる。

「怜司さん」

 隣を歩く知人に話しかけられてビクッと肩が僅かに跳ねる。囁くような声で話しかけないでほしい。

「……どうしたんだい」
「いえ、なんかボーっとしてるなぁって思いまして。慣れない環境で疲れました?」
「そうだね。最近は近所しか出歩かなかったし、見知らぬ町に来て思った以上に疲労が溜まっているみたいだ。もう帰って寝たいよ。ネガティブなことばかり考えてしまうし」
「普段は本に囲まれた生活をしていますからね。運動も全然してないでしょう?」

 たしかに年齢を言い訳にして運動から目を逸らしてきた。足腰の筋力がなくなってきているから余計に疲労が溜まるのだろう。

「少しは運動するかな……」
「まずは軽い運動から始めるのがいいですよ。散歩とか」
「しかし目的がないと外に出ることすら億劫なんだ。うーん……近くに図書館はあるかい?」
「アパートから二十分ほど歩いたらありますよ。町に怪異が多発してるせいか、怪談コーナーが常設されてるんです。もしかしたら怜司さんが所蔵していない本もあるかもしれません」
「ははぁ。それは楽しみだ」

 かなりの本を読んできたけど、未だに新しい出会いがあるのは良いことだ。生きている間に全てを読み切るのは不可能だけれど、尽きることがないから一生楽しめる。

「うん、図書館があるなら外出する気になってきた。そうと決まればすぐに帰って明日に備え……おや」
「どうし……ああ、怪異がいますね」

 数メートル先に古臭いお触書がある。本当に怪異というものは人目を盗むのが得意。

「まったく……この町は怪異が多いね。よく住民は平気な顔して暮らせるよ。せっかくだしこの場であのお触書について話そうか。ここに根付かせてしまおう」

【恨みのお触書】

 あのお触書が書かれたのは江戸時代中期だ。お城勤めの役人が書いたもので、荒い筆跡から相当な恨みが込められていると思われる。

 お触書にはこんなことが書かれている。

『一つ、殺害を犯した者は江戸の町にいる。二つ、その者は髪に簪をさし、刀を持ち歩き、甲高い声で喋る。三つ、特徴が一つでも一致していたら首を刎ねよ』

 すぐに気付くだろう。このお触書には殺害した人の性別が書かれていない。それどころかほぼ全ての人に当てはまるような内容だ。
 簪は女性、刀は男性、甲高い声は子供といった具合にね。

 もちろんこんなお触書、信じる方がおかしい。でもおかしい人はどの時代にもいてね、本気にした一部の人が該当する人を殺害し始めたんだ。自分は当てはまらないようにして。

 さて、このお触書を書いた役人なんだけど彼もおかしな人物らしく、どうやら人間に対して恨みを抱いていたようなんだ。
 彼はお触書を信じた一部の人間に、他の人間を殺害してもらおうと画策していた……そう伝わっている。
 曖昧なのは許してほしい。残された記録は役人の知り合いから見たものばかりなんだ。本人の気持ちはどこにも残されていない。

 お触書が世に出て数日、役人は処分された。かなりの被害が出たから、問答無用だったみたいだね。

 それで問題のお触書だけど……いつの間にかなくなっていたんだ。長らく誰かが撤去してくれたんだろうと思っていたけど、度々姿を現して頭がアレな人の前に出てくるようになった。

 ……ん? ということは私たちは頭のおかしい人間として認識されたということか。まあ怪異を集めているのだからそう見えるのも仕方ない。
 しかし昔と違って今は簪や刀を身に着けている人はいない。注意すべきは甲高い声だけなんだ。とはいえ日本は少子化傾向だし、家の中で遊ぶ子供も多い。犠牲になる子供の数は減ってきているんだ。

 だからお触書を読んで凶行に走る人はいないと言っていい。信じてしまうほどの人はお触書が現れる前に罪を犯しているというのもある。

 今となってはほとんど無害だ。怪異も時代に合わせて内容を変えないとね。

 

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