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芹沢怜司の怪談蔵書「21.降り注ぐバラバラ死体」

「聞こえるかい?」
「ジュワジュワ言ってますね」
「きっと赤い水が流れているんだ。床が完全に溶けきったらどうなるか、ちょっと気になるところだね」

 とはいえこのままだと家が倒壊するだろう。本棚や屋根に挟まれて死ぬ最期は望んでいないので、ホテルなどで長期滞在をするしかないが――。

「滞在先で怪談を話したらどうなるんだろうね」
「試してみます? 怜司さんもたまには外に出た方が良いですよ。確か近くに不良すらも寄り付かない廃墟があったでしょう」
「あそこは足場が悪いからあまり行きたくないんだけどね……まあ仕方がないか」
「それじゃあ僕は用事があるのでこの辺で。結果報告待ってますね」
「ああ、気を付けるんだよ」

 家の鍵と本を持って外に出る。道中、パラパラと元・白紙の本をめくる。全44ページ。もう20もの怪談話が書き込まれている。
 この本を所持していた人は全員亡くなっている。彼らが本を完成させたという話は聞いていないから、途中で予期せぬ事態が起こったのだろう。それが何かはわからない。もしかしたら今の私みたいに外に出たタイミングで事故に巻き込まれたのかもしれない。

 そんな心配をしているうちに廃墟に到着した。まずは無事に到着してホッとする。
 この廃墟は元は普通の家で、何十年も前に強い台風が上陸した際にほとんどが吹き飛ばされてしまった。この家に住んでいた老夫婦は避難していたので無事だったが、県外に住んでいた息子に誘われて引っ越していってしまった。それからずっと放置されているのだ。
 家をそのままにしていて良いのか? という疑問はあるが、学校やホテルなども放っておかれて廃墟になるのはよくあることなので、世の中いい加減である。

 さて、せっかくだから廃墟にまつわる話をしよう。人が訪れない廃墟であればこの怪異を呼び寄せても大丈夫なはずだ。私の家に現れたら早急にホテルを取らなければならないが。

【降り注ぐバラバラ死体】

 怪異に吞み込まれた人がどうなるかご存知だろうか。そのまま行方知らずになるということもあるが、大抵はしっかり戻ってくる。

 もちろん死んでいる。

 体は五体満足で、外傷は特になしであるのが大半だけど、この怪異は呑み込んだ人の体をバラバラに切り裂いてから戻してくるのだ。

 怪異が現れた場所――そこは切り裂き魔が亡くなった場所だ。
 その切り裂き魔は、かの有名なジャック・ザ・リッパーに憧れていた。自宅には切り裂きジャックに関する本や映像などがたくさん収められていた。なんとファンレターまで発見されたのだ。

 切り裂き魔は憧れのあまり犯罪に手を染めた。しかし事はそう簡単にはいかず、年取った両親を殺害し、逃亡先の元工場の廃墟で発砲されて死んだ。

 警察官が発砲したことで多少話題になったが、1週間もしないうちに忘れさられた。切り裂き魔はさぞ世間を憎んだだろう。

 廃墟で行方不明になる人が続出した。切り裂き魔が死んだ廃墟は肝試しとして人気のスポットだった。訪れた人が次々と行方不明になる廃墟――当然立ち入り禁止のロープが張られる。

 しかし廃墟に来るのは若いカップルや学生ばかり。ロープなんてあってないようなものだ。

 60歳ほどの年齢の警備員が配備された。人手不足の影響だろうけど、体力のある人がいいだろうに。
 警備員がいてもなお廃墟に入る若者は後を絶たない。
 ある日、白昼堂々と廃墟に侵入する若者を追いかけた。もちろん速さでは叶うはずもなく、若者は廃墟に入っていってしまった。

 廃墟の中は血生臭かった。腐臭が鼻の奥をツンとさせる。不快さに眉を顰めていると、

 ボタッ

 と、目の前で何かが落ちた。

 足だ。紺色のジーパンには見覚えがある。
 先ほど廃墟に入っていった若者が紺のジーパンだったはずだ。

 つまりこの足は――。

 ボタボタボタ!

 再び目の前に何かが落ちてくる。
 もう予想はついていた。

 若者の体はバラバラに切り裂かれていた。

 若者を追いかけてから五分も経っていない。短い時間で若者は殺されてしまったのだ。

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