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芹沢怜司の怪談蔵書「43.白紙の本」

「あれ? 怜司さん、文字が……」

 真っ白な紙に黒い、墨のような文字が滲み始めた。じわじわと現れる文字。そこにはこう書かれていた。

『白紙の本』

 これは題名だ。どの怪談話にも必ず一番上に書かれている。

「白紙の本ってこの本のことですよね。どういうことでしょう」
「そうだね、まだ二話も残っている。もしかして私たちはどこかで間違えたのだろうか」
「とりあえず読んでみましょう。理由が書いてあるかもしれません」

【白紙の本】

 四十三の怪談話をありがとう。ここに記された話は全て本物だ。

 今までは偽の怪談話ばかりで、本の完成は叶わぬことかと諦めていた。本当に感謝している。

 もうあなたに用はない。本物を提供してくれたお礼として、記された怪談は全て持っていってやろう。

さて、最後、四十四話目の話はこの本の誕生経緯だ。完成させた者しか読めない話だ。光栄に思え。

 ――始まり――

 本が出来たのは最近だ。2004年の秋、とある怪談本の印刷ミスが原因だ。驚いたことに全ページ真っ白だった。1ページだけならまだ理解できるだろう? 何がどうなって全部白紙になってしまったのか……。

 もちろん出版なんて不可能。本は廃棄されることになった。しかし手を上げる従業員がいた。

「せっかく何も書かれていないんだから日記帳にしますよ」と、若い男が本を引き取ったのだ。

 この時点ではただの白紙の本だった。

 
 ――事故――

 従業員は君と同じように怪談が好きな人物だった。調査した怪談をメモ用紙に書き留めていたのだが、ちょうどきれていたので廃棄される本は渡りに船、処分されるくらいなら有効活用しようと思ったのだ。

 休日、男はさっそく本を携えて怪談の調査に向かった。しかし不幸が起こった。

 男は死んでしまった。怪異が原因ではない。ただの事故だ。男は登山経験がなく、完全に舐め切っていた。山を軽装で登ってしまったのだ。
 当初の目的は山に現れる凶悪な怪異を調査。しかし怪異に遭遇する前に滑落し、打ち所が悪くて死んでしまった。

 結局本は一文字も書かれず誰も足を踏み入れない山に置き去りにされた。このまま骨になっていく男と共にボロボロに朽ち果てていくのか――しかしここは怪異が現れる山。何も作用しないわけがなかった。


 ――誕生――

 男の未練は宙を漂っていた。怪異に巻き込まれて死ねたのなら本望だっただろう。事故死してしまったせいで未練が残ってしまったのだ。このままだと怨霊化はほぼ確実。

 男の願いは本に怪談を記すこと。

 偽の怪談はいらない。そんな話を載せるやつは殺してしまえ。集めた怪談は後でじっくり堪能しよう。

 男の魂は本に宿った。まずは山からの脱出だ。山の近くにいた人間を引き込むことにした。今の本なら造作もないことだ。地元の登山家を呼び寄せることに成功した後、怪談話を集めてくれそうな人間に譲渡するよう仕向けた。

 その後は君が知っている通り。偽の怪談話ばかりだったり、怪異に殺されたりして完成できなかった。
 君に出会えたのは幸運だった。家も元通りにしよう。ただ……人はどうにもならない。そこは諦めてもらおう。

 最後に、ここに山の怪異は記されていない。一体どんな怪異だったのか――気になったのなら調査してみてくれないか。


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