芹沢怜司の怪談蔵書「10.人形のお客様」
「怜司さん! 壁の唸り声聞いてきましたよ!」
町に到着した知人はさっそく壁の中から聞こえる声の調査をし、朝早くから嬉々と報告してきた。
「成果はどう?」
「全然! 壊してみれば何かわかるかもしれませんが、アパートですしそう簡単に「じゃあ壊してみます!」とはなりませんね。一応提案はしておきましたけど」
「管理人の様子は?」
「迷ってる感じですね。まあ結論は数日内に出ますよ。放っておいても入居してくれないし。とはいえ工事を始めるから今すぐ退去してくださいとは言えないから、時間をかけて現在部屋を借りている人を説得。それから退去時に発生する色々な手続きを済ませて、ようやく工事の手配ですかね」
「真相がわかるのは早くても一年後かな」
「始まるのが楽しみですね。いったい何が出土するかな?」
この様子だと工事が始まったら毎日見に行きそうだ。
「あんまり迷惑をかけないようにね」
「当り前じゃないですか。邪魔をしたら作業が滞ってしまいますよ」
「わかってるようでなにより。さて、次の話なんだけど……」
「そうだ。あの話に出てきた人形送りますよ。骨董品屋で見つけたんです。タダで良いって言われたので貰っちゃいました」
「へぇ……実在してたんだ。じゃあその話を読み聞かせよう」
【人形のお客様】
タクシーに乗ったら先客がいた。
見目麗しい日本人形だ。
彼女は私を見てニコッと微笑んだ……と思う。表情が変わらないからなんとなく、雰囲気で、笑ったような気がした。
運転手に「この人形は?」と問うのは躊躇われた。放っておくのが一番だと感じたのだ。
私はそこそこ直感力が高いと自負している。それで何度も助けられてきた。今回も直感を信じて普段通り振舞うつもりだ。
目的地に到着するまで、車内は沈黙に包まれていた。人形は微動だにしない。彼女はいったいどこに行くのか。何を目的としているのか。知りたい欲が顔を覗かせてくる。しかし触らぬ神に祟りなしとはよく言ったもので、不可思議なものに迂闊に触れると命を落としかねない。
私の直感では、降りるまでこの状態を維持し続けていれば何事もなく終わる。人形に対してアクションを起こせば命の保証はないと告げている。いっそのこと軽く寝てしまおう。寝相は悪くないし、目的地の駅まで三十分以上ある。
私は瞼を閉じた。最初から人形なんていませんよと考えながら。
「お客さん着きましたよ」
運転手に声をかけられて起きる。ぼんやりとした頭を懸命に起こし、代金を支払う。この時まで人形の存在をすっかり忘れていた。
私と入れ違いにタクシーに乗った男性が声を張り上げて、ようやく人形のことを思い出したのだ。
「なんだよこの気味悪い人形!」
大きな声に振り返った瞬間、鮮血が宙を舞った。
男性は運転手にナイフで首筋を切られていた。周囲の人が悲鳴を上げる。
そんな大混乱の最中、私は冷静に人形の行方を追った。
人形は騒ぎに目もくれず、成人女性並みの歩行速度で別のタクシーに乗っていった。そのタクシーの運転手は騒ぎの様子を見ていたけど、人形が乗ってすぐ無表情になりハンドルを握った。
人形を乗せたタクシーが走り出した後、男性を襲った運転手はその場に崩れ落ちた。胸が上下に動いているから死んではいない。気を失ったのだろう。
人形の行方は気になる。だけどこれ以上関わるべきではない。
私は気持ちを切り替えるために人命救助にあたることにした。
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