芹沢怜司の怪談蔵書「39.あなたをみていたの」
「ちょっと怜司さん! どこに行くんですか!」
「この家に入るんだよ」
外壁がまったく見えないほどお札が貼られている家の前に立つ。表札がないから誰の家かは知らないけど、きっとここには強大な怪異が封印されているのだろう。家の持ち主はどうなったのか――考えたくもない。
「……こんなお札だらけの家、危険じゃないですか? 危ないところに自ら入っていくなんて、怜司さんらしくありませんよ」
「お札で埋め尽くされているから入るのさ。中途半端に貼られているのなら絶対に入らないよ。でも、壁も屋根も水道メーターさえもお札で覆われている。周囲のどの家よりも安全な場所だよ。さ、入ろうか」
お邪魔しますとは言わない。声をかける行為は誰かがいる前提で成り立つものだ。
「さあ、話そうか。今回は家に現れる怪異だ」
【あなたをみていたの】
コンコンコン
ノックの音が聞こえたから玄関のドアを開けようとした。しかしちょっと待てよと、ドアノブを握ったまま違和感について考え始める。
なぜ来訪者はインターホンを鳴らさない? たまたま玄関にいたからノック音に気付けたけど、他の部屋にいたら聞こえない。用があるならインターホンを鳴らすべきじゃないか。
さては空き巣狙いの不審者か? 人がいるかどうか確かめているのだろうか。いや、それこそノックの意味がわからない。留守を確認するならピンポンダッシュでもすればいいじゃないか。
ドアスコープから視線を感じる。まだそこにいる。そうだ、姿を見て通報してやろう。さっさと逃げれば良かったと後悔させてやる。
「あれ……?」
こちらもドアスコープを覗く。驚いて逃げ出すと思っていたのだが、そもそも誰もいない。気のせいだったのか? 視線も消えている。ノックの音はカラスが石ころを屋根に落とした音だった?
いやいや確実にドアを叩く音だった。コンコンコンとドアを叩いてみると聞いた音と全く同じ音が返ってくる。不思議に思ってドアを開ける。やはり誰もいない。
※ ※ ※
それから数時間後、再び視線を感じた。どこからだろう。家の中からだ。
少しだけ開いたタンス。余所行き用の服が仕舞ってあるタンスから視線を感じる。少しばかり一人暮らしを後悔した。兄弟か友人がいたら心強いのに。急に呼び出すのも気が引ける。ここは自分で対処するしかない。
壊れるんじゃないかと思うぐらい勢いよくタンスを開ける。やはり誰もいない。視線は消えた。気のせいなのか……?
※ ※ ※
夜。もう寝ないと明日の仕事に支障が出る。月曜日から怒られるのはごめんだ。
目を閉じる。また視線を感じる。視線の場所は……目の前?
パチリと目を開ける。どうせ今回も誰もいないだろう。
目と目が合う。ドキリと心臓が跳ねた。
あなたヲみていたノ
女のような男のような声を聞いた瞬間、ぐわんと頭が揺れた。
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