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芹沢怜司の怪談蔵書「24.座敷童の供物」

「どうやら電話越しでも大丈夫みたいだよ」

 本には知人の怪談話が書かれていた。電話越しでも認識されるとは……聞かせる手段は何でもいいようだ。

「それじゃあ私は宿に行くよ。呻き声を聞いて眠れるわけないしね。あの寂れた宿なら空いてるだろうし」
「あそこは今年で閉店するんでしたっけ」
「急に来ても泊めてくれる素晴らしい宿だったから残念だけどね。個人経営な上にもう年だから仕方ない。そうだ、あの宿にも怪異があったね。せっかくだからその怪異をこの家に招いてしまおうか」
「そういえばありましたね。でもそんなに危険でしたっけ」
「怒らせなければ大丈夫だけど、過去にやらかした人がいてね。彼はまだ入院してるはずだよ。意識も戻ってない」

【座敷童の供物】

 座敷童は有名な怪異だから聞いたことがないという人はほとんどいないだろう。いるだけでその家に利益をもたらせてくれる、人々から求められる珍しい怪異だ。

 座敷童の姿は赤い着物におかっぱ頭の五歳前後の女の子だ。私がこれから泊まる宿――桃月亭に出没する座敷童も同様の姿をしている。

 桃月亭の座敷童は気に入った人の前に姿を現す、かなり人懐っこい性格をしている。実は私も出会ったことがあってね、ニッコリと可愛らしい笑顔を見せてくれたよ。

 彼女はいつもニコニコしているから宿泊客に人気だったんだ。あんなに人気な幽霊他にいないだろう。一目見たくて客が訪れる、桃月亭にお金が入る――さらに座敷童に貢ぎ物をする人も出てきた。

 素晴らしい好循環だった。

 しかし夢のような瞬間はあっさり終わりを告げた。

 有名になればなるほどマナーがなっていない輩が現れる。もちろん桃月亭にも現れた。

 桃月亭には座敷童に貢がれた物を保管する専用の部屋が作られていた。座敷童もその部屋に住んでいて、姿を見るために部屋の前では貢ぎ物を捧げる宿泊客が列をなしていた。

 その列にある男が並んでいた。その手には高価なネックレスと指輪が握られていた。後からニュースで知ったのだけれど、彼は数日前深夜に宝石店に押し入って貴金属を盗んでいったコソ泥だった。
 おそらく座敷童に貢いでさらなる利益を得ようと考えたのだろう。座敷童を見ると幸運になると言われているからね。事前に宿を予約しているあたり、かなり用意周到な男だと思う。

 やがて男の番がやってきた。男は何もない空間にネックレスと指輪を捧げた。普通ならここで座敷童が姿を現し、貢物を受け取ってくれるはずだが……男の前には現れなかった。

 男は憤慨した。

 警察の手を逃れてここまでやってきたのに、姿を見せてくれなければ運が尽きて俺は逮捕されてしまうではないか! などと喚きだした。

 部屋の中で暴れる男。下手に止めようとすれば痛手を負うだろう。他の宿泊客は男を遠巻きに見ていることしかできなかった。

 数人の従業員が警察に通報したり、抑え込もうと作戦を練っていたりしていた。もっと早く男を取り押さえられればあんなことは起きなかっただろう。

 暴れる男は座敷童に捧げられた供物を壊したのだ。偶然当たったわけじゃない。わざと、たまたま目についた掛け軸を破いたのだ。

 紙の破れる音が消えると同時に、部屋中から怒気を孕んだ視線が暴れる男に向けられた。遠くからでもわかる殺気に、宿泊客と従業員は立ち竦んだ。

 男は自分に向けられる殺気に怖気づき、本能的に『殺される』と勘づいて、部屋から逃げ出そうとした。

 しかしそれは叶わず、男は頭を抱えて絶叫し、うつ伏せに倒れてしまった。
 やがてパトカーと救急車が到着し、男は病院に搬送されて従業員と宿泊客は事情聴取を受けた。

 この事件があってから、座敷童に会おうという人はめっきり少なくなった。わざと物を壊すような真似はしないが、いつ、何が座敷童を怒らせるかわからない。

 桃月亭の主人はそれでもめげずに呼び込み等をしたが、成果は芳しくない。泊まりに来るのは私や知人のような物好きぐらいだろう。

 さて、最後になるであろう座敷童への供物は何にしようか。

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