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芹沢怜司の怪談蔵書 「1.拾ったベルト」

 私――芹沢怜司は子供の頃から怪談の虜だ。
 隙間風を全身に浴び、身を震わせながら読む恐ろしい話はなんとも心地が良い。この家を譲ってくれた親友に感謝しないとな。夏になったら和菓子を持っていってやろう。きっと喜ぶ。

 さて、私がいる部屋にはたくさんの蔵書が眠っている。もちろんどれも怪談本だ。今からその中の一つを読み上げよう。

【拾ったベルト】

 装着した者を死ぬまで絞めつけるベルトを知っていますか?

 異様な死体の発見者は犬の散歩をしていた女性。愛犬が長らく放置されていた廃屋に向かって吠え出したのがきっかけでした。普段はそんなところ見向きもしないのに、なぜ急に警戒するように吠えたのか……女性は怖いもの見たさで廃屋を覗き込んだのです。

 初めに見えたのは足。天井に向かってピンと伸びた指先、そして骨ばった作りから男性が倒れていると思いました。さらによく見ようとつま先立ちをし、前傾姿勢になったところで全容が見えてきました。

 男性の体は腰の部分だけ脊椎の太さにまで細められていたのです。3センチ幅のベルトで締め付けられたように見えました。女性は最近耳にしたある噂を思い出しました。

『死ぬまで腰を絞めつけるベルト』

 噂の発端は小学生の甥っ子で、彼が通う小学校ではこのベルトの話題で持ちきりでした。この頃はオカルトブームでどの小学校でも怖い話がありました。甥っ子の学校も例にもれず怖い話がいくつもあったのです。死ぬまで腰を絞めつけるベルトは数ある怪談話の一つでした。
 甥っ子から話を聞いたときは微笑ましく思ったものでしたが、女性は現実味を帯びる出来事に遭遇して怖気立ちました。

 いやいやまさか、そんなことあるわけない!

 女性は言い聞かせながら急ぎ足で廃屋から出て警察に電話をしました。その後のニュースで被害者はホームレスの男性だと分かりましたが、どうしてあんな……腰が脊椎ほどの細さになっていたのかは判明しませんでした。
 警察は他殺とみて捜査していますが、あれが人の手によるものとは到底思えません。じきに捜査は打ち切られることでしょう。

 女性は死体を発見したその日から家のベルトを全て捨て、今後一切ベルトを買わなくなりました。

 男性を殺したベルトは次の獲物を求めて夜な夜な彷徨っているのではないか……。

 女性はこの先ベルトを見るたびに噂を思い出すようになりました。みんなが忘れても女性だけは死ぬまで忘れない――これもある種の呪いと言って良いでしょうね。

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