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芹沢怜司の怪談蔵書「40.人間の肉塊」

「終わりが近いね。残りは私の家で話そう」

 話さなければならない怪談話は五つ。残りの話は私が特に記憶に残っているものを話すつもりだ。ああ、今日は徹夜だ。何十年ぶりだろう。

 家に入ると勝手に明かりが点いた。家事代行サービスの怪異もこの家にやってきたらしい。
 そういえば呪いの配達人は来ているだろうか。しかしあれがやってくるのは配達するものがなくなったと判断した後かもしれない。書斎から出たくないから物が関係する怪異はやめよう。あちらからやってくる怪異……まずはあれにしようか。

【人間の肉塊】

 冷蔵庫を開けて驚愕した。

 どうしてこんなものが冷蔵庫に入っているのか。いくら自問自答しても一向に答えは出てこない。寝ぼけているのか? 顔は洗ったばかりだ。目は覚めている。

 肉だ。動物の肉。何が不可解かって、肉を買った覚えがないのだ。最後に買い物に行ったのは二日前。その日は野菜しか買っていない……はずだ。無意識に肉を掴んでしまったのか?

 僕は今ダイエットをしている。十人中九人は不快になるほど太った体。最近やる気が再熱したので、食事量を減らしてヘルシーなメニューを考えるようになっていた。
 肉不足――体が肉を求めて無意識に買ってしまったのだろうか。いやでもそんなはずはない。買い物かごに入れたとしても会計前に気づく。二十代、ボケるには早すぎる。

 しかし全くないとは言い切れない。働き盛りの若者が発症する認知症――確か若年性認知症といったか。それを発症してしまった可能性もある。信じたくはないが……事実、目の前に肉がある。
 認めたくない、認めたくはないが、買ってしまったのだろう。一人暮らしで他人が肉を買うのはありえない。ちなみに貰った覚えもない。在宅勤務だから人に会う機会がそうそうないのだ。友人と会ったのは一ヶ月以上前だし、やはりどう考えても自分が買ったのだろう。

 改めて肉をまじまじと見る。だだっ広い冷蔵庫に大きな肉だけが鎮座しているのは妙な光景だ。ああ、今日は野菜を買わないと。

「ん……? 値札がない?」

 ラッピングされた肉を回して値札シールを探してみるも見つからない。冷蔵庫に入れる前に剥がしてしまったのだろうか。そんな面倒なことをするか? 今までしたことない。

 これでは肉の正体もわからない。鶏、豚、牛……どれでもない気がするが、なんだろうとても美味しそうだ。

 食べてしまおうか。

 魔が差した。得体の知れない肉を食べるなんて普通は考えられない。肉から溢れる魅力に取り憑かれてしまったように思える。後に彼はそう語る。

 肉をまな板の上に置き、少しだけ切る。ダイエットを始める前の自分ならぺろりと丸々食べてしまっただろう。ちょっとだけ、ちょっとだけだからと心の中で言い訳をしながら、一口サイズに五つほど切り分ける。

 フライパンに油をひいて焼く。匂いは悪くない。味付けはシンプルに塩コショウだけで良いだろう。
 肉と炊き立てのご飯をよそい、テレビをつける。「いただきます」と声に出し、肉を口に含む。豚肉のような牛肉のような味だ。得体の知れない肉にしてはかなり美味しいじゃないか。

「速報です」

 アナウンサーの言葉で顔を上げる。速報と聞くと何が起きたのかと、ついテレビを見てしまう。ニュースが流れる。どうやら近くで殺人事件が起きたらしい。殺人なんてほぼ毎日起きている。速報にするほどのことだろうか。

 ニュースの詳細を知ったのは夕方になってからだ。

 見つかった死体は肉を全てそぎ落とされていた。そして被害に遭った人の名前を見て驚いた。今日は朝から驚いてばかりだ。

 殺人事件の被害者――それは一ヶ月前に会った友人だった。

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