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【小説】幸せな家庭【1291文字】

いつも通り深夜に帰宅した夫は
今日もかなり酔っているようで
リビングで大声で叫んでいる。

隣で寝ている子供達を確認してから
台所に行き、コップに水をそそぐ
震える手で夫に持っていく。

電話は不倫相手のようだ。

ゆっくりと近付きコップを差し出す。

こちらに気づくと無言で受け取り
一気に水を飲み干すと
乱暴にコップが返された。

台所でコップを洗い終え
リビングに戻ると
ソファで、大きなイビキをかいて
寝ている夫。

もういやだ
限界だった。


いつからか夫は
私にも子供にも
暴力をふるようになった。

郊外の一軒家
他人から見れば幸せな家庭。
他の家からは距離がある為
私達の悲鳴は、聞こえないようだった。

夫は、近所の人々には愛想良く
評判も良かった。
仕事熱心な働き者な夫
お気楽専業主婦な妻
小学生と幼稚園児の兄弟。
外から見たら幸せな家庭に
見えているのだろう。


夫へ別れてほしいと何度もお願いしたが
世間体が悪い、
会社での評価が下がる
と怒鳴られ手をあげられた。

私から涙が溢れただけで、
話し合いは
何の解決にもならなかった。

暴力をふるわれるようになってから
すぐに夫が不倫していることに気づいた。

隠す必要もなかったのだろう
私がいても堂々と
不倫相手の電話にでる夫。

家庭内暴力
経済的暴力
もういやだ
逃げたい
もう耐えられない
私は限界だった。

震える手で肩にかけていた
カーデガンを外すと
自分の頭から顔覆う
涙が零れてきた。

もういやだ
もういやだ
もういやだ
両目を押さえると
カーデガンに水滴がにじんだ。

しばらくすると
大きなイビキの音量が下がり
ドクドクとうるさく鳴っていた
夫の心臓は静かになった。

カーディガンを握る手は、
まだ震えていた。



***


大きな庭には
子供達の為の遊具で
あふれかえっている。

エプロンを汚しながら
庭で作業している私に
子供たちが近付く

「まま!コイン投げしたい!」
兄がいうと
「したい!」
と弟も叫ぶ。

ポケットから小銭を取り出し
一枚づつ手渡す。

キャッキャと楽しそうに
庭を走り回る。

夏休みの宿題で
[朝顔の観察日記]
をつけるために
学校からもらってきた種を
花壇に植える事にした。


去年作った大きな花壇。
肥料をたっぷりと混ぜ合わせた
土が広がっている。

後で調べると肥料は広げて
天日干ししてからでないと
うまく土に分解されないようだった。

やっぱり焦らずに
きちんと干してから
埋めればよかった。
肥料の脂分が多かったために
去年はひまわりを植えたのに
全く育たなかった。

今年は店員さんオススメの土と肥料を
買ってきてきた。
今年はうまくいくといいな。

花壇にオススメされた土と
肥料を混ぜ合わせる。

子供達を呼んで、
自分達でプレートに名前を書かせる。
自分の名前を幼い字で
一生懸命に書いている姿が可愛かった。
私も一緒にプレートに名前を書く。

土に指を入れ穴を作り
朝顔の種を1粒づつ
丁寧に埋めていくように教える。

子供達は、小さな指で
丁寧に1粒づつ
穴の中へ種を埋める。

私も指を入れて穴を作る。
去年埋めた夫の結婚指輪が
指先にコツンと当たった。

穴の奥に指輪を埋め直すと
上から朝顔の種を植えた。
土をかぶせると
夫の名前のプレートを立てた。


近所では、きっと私達は
夫が失踪してしまった
可哀想な母子家庭に見えるだろう。

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