【小説】病院ねこのヘンナちゃん③(プロローグ)
これまでのお話:生後2週間で捨てられたアタシは、小学生のユウキ君に拾われ、漢方クリニックのヒヨコ先生に保護された。瀕死の状態だったけれど、なんとか息を吹き返し、みんなに可愛がられてすくすく成長中。だけどまだ名前がないの。・・・それは、飼い主が決まっていないから。私はこれからどうなるのかしら。
それは突然やってきた。
アタシはいつものように、クリニックの待合室で、学校帰りのユウキ君と遊んでいた。
ユウキ君の膝から頭へ駆け上る、シンプルだけど楽しい遊び。
体を反らせたり、手を使ったりして、アタシを阻止しようとするユウキ君と、それを巧みにかわしてよじ登るアタシ。
ユウキ君の頭はふわんと日向の匂いがする。
髪の毛に鼻先を突っ込んでスリスリするのが、たまらなく好き。
そんなアタシが落下しないよう、ユウキ君は笑いながら手を伸ばした。
その手がむんずと掴まれた。
「なにやってるのよ!」
いきなり頭上から降ってきた金切り声。
アタシはびっくりして固まってしまったけれど、それはユウキ君も同じだった。
「どうかしましたか?」
受付にいた瀬那さんが飛んできた。
白い手袋をはめた女の人が、力任せにユウキ君を引っ張って立たせる。
アタシはコロコロと転がり落ちてしまった。
でも大丈夫、怪我なんかしない。小さくたってネコなんだもん。
ミャア・・・。そう伝えようとしたけれど、ユウキ君はもうアタシを見ていない。
体を硬直させ、俯いている。
「あの・・・」
心配そうにのぞきこんでくる瀬那さんに、女の人は吐き捨てるように言った。
「ユウキの母です。ご迷惑をおかけしました!」
ユウキ君のお母さん?なら、アタシもご挨拶しなくちゃ。
アタシは改めて女の人を見上げた。
痩せ型で手足も細く、髪をひとつに束ねている。
あら、尻尾みたいね。
お洋服や帽子やスカーフや手袋でよく見えないんだけど、とても色白・・・じゃないのかな?
ネコにはね、人間に見えないものも見えるんだけど、ユウキ君のお母さんからはトゲトゲした敵意みたいなオーラが、ミサイルみたいに打ち出されている。
アレの直撃を受けたら、けっこうしんどいかも。
「ユウキ、帰るわよ!」
お母さんはユウキ君の手をぐいっと引っ張った。
そんなに強く引っ張ったら、腕が抜けちゃうよ。
なのにユウキ君は電池が切れたロボットみたいに、突っ立っている。
不穏な空気。
アタシはたまらずユウキ君の脚にすがりついて、鳴いた。
ミャオミャオミャオ。
「なによ、このネコ・・・」
お母さんがアタシを蹴っ飛ばそうとした時、診察室のドアが開いた。
「あら、あら、あら~~~、どうしちゃったの~~~?」
この場にそぐわない妙に明るいヒヨコ先生の声。
その空気の読めなさ、救われるわ・・・。
ニコニコしながら近づいてきて、
「こんにちは~~~。漢方医のヒヨコです。」と暢気に自己紹介。
気勢を削がれたお母さんも、思わずという感じで名乗っちゃった。
「ユウキの母の荒井美祈です。」
「あらいみのりさん。はじめまして。ようこそいらっしゃいました。外は寒かったでしょ?」
ほんとにヒヨコ先生には調子狂っちゃうわよね。
「・・・いえ、息子が毎日、お邪魔しているようで、ご迷惑をおかけしました。」
あ、美祈さんのトーンが少しダウンした。
「全然、迷惑じゃないんですよ~~。ここは、いつ誰が来てもいいクリニックですから。人間だけじゃなくて、動物もね。」
固唾を飲んで成り行きを見守っていた瀬那さんも、ヒヨコ先生が出てきて、ほっとした顔をしている。
「せっかくだから、お茶でも飲んでってちょうだい。私のお茶は美味しいって定評があるのよ。」
「あ、いえ、でも・・・。」
「そうですね、こちらへどうぞ。さあ。」
抵抗する美祈さんを、ヒヨコ先生と瀬那さんが、2人がかりで、さあ、さあとカウンセリングルームに誘導する。
見事な連携だ。
残されたのはアタシとユウキ君。
ユウキ君・・・?
ミーミーミー?
ユウキ君は、いきなりしゃがんでアタシを抱きしめた。
息ができないくらいぎゅうっと。
「ネコちゃん、・・・ぼくもう、ここに来れなくなっちゃう。一緒に遊べなくなっちゃう。」
ユウキ君は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「僕のママ、最近、すごく厳しいんだ。いつも怒ってる。ネコちゃんを飼いたいなんて、とても言い出せないよ。毎日、ここに寄り道していることがバレたら、きっと叱られる…。」
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