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切手はどこへゆく【第三話】

もうすっかり暗くなったころに、部活は終わった。

頭の片隅に進路希望書のことはあったけど、体を動かしていると、もやもやがいなくなったような気もした。過去最高のスリーポイントを決めたあとに、どうにかなるっしょ、と思えたから、わたしって単純だ。ボールを片づけて床をモップで掃いている時に、横から声が聞こえた。

「なあ、稲村。ひま?」
「片付けしてる人が、暇そうに見える?」

声の聞こえた方を見ると、古谷だった。体育館半分ずつ使っているんだから、男子だって片付けしてよ、という皮肉を込めているが、この能天気に伝わるんだろうか。

「……そういうことじゃねえんだけどなあ」
「じゃあなに?」
「あとで、話したい事あるから、片づけ終わったら待ってて。」

言いにくそうな顔をしながら言った古谷は、わたしの文句を聞く前に横からいなくなった。逃げ足が速いやつめ、と内心毒づきながらモップを掃いた。

「おう、おつかれ。」

部室を出て駐輪場に到着すると、やっぱりあいつの声が聞こえてきた。古谷は通せんぼするかのように、自転車を通路に置いていた。通せんぼをしないといけないくらい、私は信用がないのだろうか。

「古谷くんおつかれ~」

一緒に歩いていた部長は、そう古谷に声をかけて、古谷の前で立ち止まった。二人が話しているのを横目に、わたしは自分の自転車のカギを開けた。自転車のカギを開けて、通路に出たわたしを見て、古谷は何か言いたげな顔をしていた。言いたいことの予想はついているので、古谷がこちらに話をする前に、わたしから口を開いた。

「どうせ翠のことでしょ。なんかあったの?」
「え、なになに、古谷くん、高塚さんと進展あったの?」

楽しそうに古谷に話しかける部長と、焦る古谷の対比が面白かった。やっぱりみんな恋バナ好きなんだな、とやけに冷静に二人を見つめているわたしがいた。わたしはそのまま自転車の向きを校門方面に向けて、ライトをつけて動き出した。その様子を見て、古谷は自転車のスタンドを思いっきり蹴った。
がちゃん、という大きな音が、古谷の焦りを表現しているようでなんだか面白かった。部長はわくわくした顔をしながら、わたしと古谷の間に入って歩き出した。

「進展あったっていうか、高塚、どこいったの?」
「どこって、転校だよ。」
「それはわかってるよ。俺は場所の話してるの。」
「……さあ?」

わざとらしくとぼけるわたしを見て、古谷はやっぱり怒った顔をした。部長も古谷の怒った顔を見て笑っていた。

「遥夏、かわいそうだから教えてあげてよ。」

笑いながらそういう部長も大概だな、と思いながらもわたしは話続けた。

「翠、山梨に転校したって。翠パパの仕事の都合らしいよ。」
「……山梨かあ。」

ぼそっとつぶやいた古谷は、そこから黙り込んでしまった。古谷は、なんでそんなことを聞いてきたんだ。翠の連絡先知っているんだから、自分で聞けばいいのに。そんな疑問が頭を巡る間、校門までの道のりは3人分の足音と、自転車のチェーンが回る音だけになった。

「……山梨なんだ、…ちょっと遠いね。」

部長は間に耐えられなくなったのか、そうつぶやいた。古谷は黙ってうなづいていた。

「古谷くん、高塚さんに告白しなかったの?」

部長は急に核心をついた質問をした。古谷は一瞬固まって、また自転車を押し始めた。

「……してない。というか、できなかった。」

古谷はこちらを見ずにつぶやいた。深刻な気配を感じ取ったわたしと部長は、黙ってしまった。校門について、レールの上を自転車のタイヤが通った。またがちゃん、と音がした。

さっきとは打って変わって、静かで、どこか寂しそうな音だった。


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