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切手はどこへゆく【第八話】

わたしも部長も、顧問の表情から何かを察したのか、少し沈黙が流れた。
うっすらと、息苦しさを感じた経験した記憶はあるが、顧問のそれとは計り知れないだろう。

「部長、全員揃いました!」
後輩からの声掛けで、わたしたちの沈黙は終わった。顧問は、わたし達のはっとした様子を見て、微笑んだ。

「そんなに気にしないで。今日も部活頑張ってね。」
顧問はそう言って、他の部員の方へ向かった。

「…ありがと!じゃあ今日も始めるぞ~!」
部長は一呼吸おいてから、いつも通りの声色で部員に呼びかけた。

ぱらぱらとみんなが集まってくる様子をぼんやりと見つめていると、隣から部長がわたしにしか聞こえない声量で話しかけてきた。

「あんな顔してたらさ、気になっちゃうよね」
「……うん。」

部長も、どうやらわたしと同じ気持ちだったらしい。なんとなく顧問の表情を見ないようにしながら、部活が始まった。部活はいつも通り、あたりが暗くなったころに終わった。

わたしは、遠くでみんなの楽しそうな話し声を聞きながら、体育館の床をモップで掃いていた。この床を掃く時間が、わたしは割と好きだった。

その日の練習を振り返ってみたり、次の試合に向けて何を練習するか考えたりと、頭の整理をする時間になっていた。わたしの頭は整理されて、ちょっとは綺麗になるけど、体育館の床は、こんな年季の入ったモップで、綺麗になっているのだろうか。

そんなどうでもいいことを考えていると、遠くから顧問が談笑する声が聞こえてきた。
ふと、部活が始まる前の事を思い出した。

わたしが、当時の顧問と同じような状況になっていたら、どうなっていたのだろう。悔しんだり、怒って文句を言って、終わらせてしまうような気もする。少なくとも、わたしの知ってる言葉と感情では、顧問の気持ちは、表現できないような気もする。

「遥夏先輩!モップ代わります!」
横から後輩がばたばたと足音を立てて、わたしのところにやってきた。

「……ああ、ありがとう。」
わたしの思考は、後輩の優しさで遮られた。

まあ、今日に限っては、良かったのかもしれない。きっと、床を端から端まで掃いていても、わたしの頭は、ちっとも綺麗にならなかっただろう。考えるのを止めて、帰り支度を始めた。

「…あのさ、遥夏、ちょっと」
部長がわたしを呼んだ。手を動かして、こっちへ来いと誘導しているようだった。

「なに?」
近寄りながら話しかけると、部長はわたしに耳打ちをするようにしてきた。

「これからモップかけるのあんまりしないようにして。後輩にやらせるから。1年生も入ってくるし。」
「ええ……」

「流石に、3年生がやってたら、変じゃない?うちらの先輩だって、3年生の時やってなかったじゃん。」
「そっか……わかった。」

しぶしぶ返事をした。なんだか納得しない理由だけど、わたしの床を掃きたい理由だって、部長は納得しないだろう。わたしは明日から、どうやって頭の整理をしようか。

なんとなく綺麗になった気がする床を見ながら、明日のことを考え始めた。

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