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観念(正義)が暴走すると、とんでもないことに:読書録「独ソ戦」

・独ソ戦 絶滅戦争の惨禍
著者:大木毅
出版:岩波新書

「戦争は女の顔をしていない」(コミック版)を読んで、背景となる「独ソ戦」のことが気になって、積読本の中から引き出して来て読みました。
いやぁ、ほんと気が重くなるような、スケールの大きな「歴史的事実」。
文化大革命とかもそうだけど、独裁者の観念が暴走すると、歯止めが効かないと言うか…。


本書のポイントは、
「なんでここに至るまで戦争を止めることが出来なかったのか」。
戦死者の人数は、
ソ連2,700万人(当時の人口1億9千万人の14%)
ドイツ800万人(人口7000万人の11%)*独ソ戦以外の戦線も含む
日本は戦死者300万人で当時の人口が7000万人だから、4%。
まさに「桁違い」。


ソ連側の被害が大きくなっているキッカケは「スターリンの粛清」らしい。
有能な軍人将校・将軍を次々粛清してしまったために、独ソ戦が始まる段階ではソ連軍は相当に弱体化してた模様。
そのことを認識してたスターリンは「ドイツは攻めてこない」と妄信してしまい、結果、不意打ちにあってしまった…。


この電撃戦があまりにも上手くいってしまったため、浮かれて相手を軽く身過ぎてしまったのがドイツ/ヒトラー。
その結果、ザルのような戦略を立ててしまい、体制を立て直して来たソ連軍に太刀打ちできなかった…と。
戦略方針の錯綜(資源を獲得するか、政治的成果を優先するか等)なんかもあります。


軍事的に見過ごせないのは、立ち直ってからのソ連の「作戦術」の見事さ。
日露戦争への反省から研究されて組み上げられた連続縦深打撃理論が、独ソ戦の後半で威力を発揮します。
この作戦術は満州国進撃にも活かされた…ってのに複雑な気持ちにもなりますが…。
(ベトナム戦争後の反省から米国が参考にした…って話もあるくらいです)


そうした軍事的側面に加え、本書ではその背景にある「思想的」「観念的」側面にも深く言及しています。
勝敗とは別に、「独ソ戦」において、両軍が通常戦争を大きく逸脱した残虐行為を行ったこと、ドイツがベルリン陥落まで降伏しなかった(そのため被害も大きくなった)ことの要因を作者はここに見ています。


ドイツ側ではヒトラーの持つ「人種主義」に根差した「世界観」が根本にあります。
そこに第一次大戦後の社会情勢を踏まえた「収奪戦争」(国内の資源・資本を酷使せず、国外から収奪する)のスタンスが加わり、それを享受するドイツ国民の支持のもと、「世界観戦争」=「絶滅戦争」に踏み込んでいった…と。
ここでは単なる「ヒトラー/ナチス」の罪におさまらない、「ドイツ国民の罪」が指摘されています。(その点を現在のドイツ国家も認識しているとのこと)


ソ連側ではドイツの侵略を契機とする「スターリン体制」の強化があるでしょう。
共産主義のイデオロギーとナショナリズムを混合させ、掻き立てることで国民を奮起させ、体制に組み込んでいくと言う流れです。(ここら辺、「戦争は女の顔をしていない」でも垣間見ることができます)
その根本には「復讐心」がありますから、自ずと相手に対する残虐性が発揮される。イデオロギーを掲げるものの「正義」が、残虐行為の免罪符になったという側面もあるのかもしれません。
戦後国際政治を見据えたスターリンの功名心が戦局の無理につながり、戦禍を広げた側面もあるでしょう。


いずれにせよ、両国とも「独裁者の横暴」だけで片付けられるものではなく、国民の支持と積極的なコミットメントがあって、それ故にここまでの惨禍になってしまった…という構図は見過ごせないと思います。


日本の場合は「聖断」が大きかったと言えるんでしょうか。
ここまでの徹底した「観念」を持ち得なかった…ということなのかもしれませんが。


いずれにしろ、本書を読むことで、現時点での「ドイツ」と「ロシア」(ソ連)のスタンスも朧げながら感じることができます。
第二次大戦への反省をふまえ、ヨーロッパ共同体の維持に力を注ぐ「ドイツ」
第二次大戦の結果と成果を誇りとし、国際情勢においても、その立場を手放さない「ロシア」
…北方領土返還。
そんな簡単な話じゃないし、東アジアと日本の関係も、ドイツのスタンスと比較すると…。


なんとなくヨーロッパ戦線というと、僕は「イギリス」中心で考えちゃうんですが、この「独ソ戦」を抜きにして、第二次世界大戦は論じられないんだなぁ、と改めて。
入門書としては素晴らしい作品だと思います。
…重いけどね。


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