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生成AIが社会に実装された時の<人>のあり方を示唆してるかも:読書録「いまだ成らず 羽生善治の譜」

・いまだ成らず 羽生善治の譜
著者:鈴木忠平
出版:文藝春秋(Kindle版)

「嫌われた監督」の作者・鈴木忠平さんが羽生善治についてまとめた作品。
羽生善治さんがA級から陥落し、それでもランク戦を戦い続けながらタイトル戦で藤井聡太さんの挑戦者になる。
…と言う「現在進行形」の流れを追いながら、羽生善治さんに影響を受けた棋士たちを取り上げて、彼らの目から「羽生善治」と言う存在を見ることによって、羽生善治さんが目指しているものを考えると言う構成の作品です


本人への取材をメインにするんじゃなくて、周りの人間を取り上げることによって本人のあり方を浮き上がらせる。
…と言うスタイルは「嫌われた監督」でも取られていましたね。
回想から回想に流れると言う構成はフィクションだと禁じてですけど、ノンフィクションなんでかろうじて許容範囲かな。
僕はちょっと苦手ではあります。

各章とそこで主に取り上げられる人物は以下。

第1章 時代の声  毎日新聞記者・山村英樹
第2章 土曜日の少年  将棋道場主・八木下征男
第3章 人が生み出すもの  棋士・豊島将之
第4章 夜明けの一手  棋士・谷川浩司
第5章 王将の座  棋士・森内俊之
第6章 マルクスの長考  棋士・佐藤康光
第7章 天が与えしもの  棋士・深浦康市
第8章 敗北の意味  棋士・渡辺明



A級から陥落して、引退してもおかしくないのに、ランク戦を戦い続け、
50歳を超えたにもかかわらず、タイトル戦の挑戦者となり、藤井聡太8冠に挑む
何を求めて羽生善治はここまで戦い続けているのか


本作のテーマはまぁこれでしょう。
と同時に、
AIソフトが将棋界に登場している中で、人間としての棋士はどのようにして戦い続けていくのか
と言うテーマも背景にはあると思います。


かつてインターネットが将棋界に与えたインパクトについて「高速道路」のアナロジーが使われたことがありました。
棋譜データ化からインターネットの活用の時代を象徴していたのが「羽生善治」で、彼の登場でそれまでの将棋界にあった「人間力で勝負する」(盤外戦含めた)みたいな風潮は一掃されたように思います。
もっとも羽生さん自身は、
「最後に指すのは人間」
と言う点において、「人間力」をずっと信じて来ているように思います。
盤外戦のような「人間力」じゃなくて、あくまでも盤上の戦いにおいて一手の選択に顕れる「人間力」ではありますが。


それ故に、羽生さんは今も戦い続け、その「人間力」を追い続けために、AIソフトの研究にも自ら踏み込んでいる。
だからこそ50歳を超えて今もタイトルを窺う存在たり得ている。


しかしまあなんちゅう険しい道なのか。
本書では藤井聡太さんに棋王を奪われた渡辺明さんの姿にそれが描かれています。


<敗戦の後の足取りは重かった。それでも渡辺は次の一歩を踏み出さなければならなかった。そんなとき、ふと脳裏に浮かぶ光景があった。藤井と王将戦を戦って敗れた羽生の姿である。  
盤面を見ていれば、五十二歳の挑戦者がどんな研究をどれほどしているのかは推察できた。それは決して諦観の境地に足を踏み入れた者の将棋ではなかった。羽生は明らかに最新型を取り入れ、そのさらに奥深くへ進もうとしていた。  
かつての将棋界は五十歳にさしかかれば、第一線から退き、立会人や解説を務めながら師として振る舞うのが一般的だった。だが、羽生は違った。今なお、まだ何も成し遂げていないかのように戦っていた。その姿が脳裏に焼き付いていた。  
敗北の後、渡辺はいつものようにひとり足早に日光を去った。そして東京の自宅に戻ると研究室の扉を開けた。藤井との次の戦いに備えるためだった。>




GPT4oが出てきて、一気に生成AIの進化が議論されるようになってきていますが、個人的にはビジネスユースがどうなるかについてはまだまだハードルがあるんじゃないかとは思っています。(とは言え5 、6年かな)
でもまぁその先には生成AIをツールとして使いこなして、そこに何らかの「人間力」を加えていくことが求められるようになるでしょう。
…とすると絶え間なく成長し続けるAIとの、終わりのない研鑽がこの先には求められることになります。
そんなことに耐えられるのか、
そこから降りてしまった人間はどうしていけばいいのか


なんだか、ちょっと、呆然としちゃいます。
いやまあ、
「羽生善治、すげぇ!」
ってことで、みんながそんな風になれるわけないんだけど。
でもホント、その先には何があるんだろうなぁ…

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